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第9話 苦い思い

 敗北したとは言え、大健闘したフレンを観客たちは称賛し、拍手を惜しまなかった。

 しかし、フレンがそれに応えることはなく、すぐに会場をあとにする。

 コロシアムを出るべく、石畳の通路を進みながら、彼は声をこぼした。


「……くそ」


 わかってはいた。

 自分では、ガルフォードに勝てないことを。

 奥歯を食い縛ったフレンは、壁を力任せに殴った。

 復活能力云々の問題ではない。

 最初から全力でラグナロクを使われていれば、どちらにせよフレンが勝つのは難しかっただろう。

 観客たちは惜しかったと言ってくれているが、そこには絶対的な差があった。

 自分の力不足を嘆いたフレンは、暫く立ち竦んでいたが、足音が聞こえて咄嗟に顔を振り上げる。

 そこには、太陽のように輝く笑みを湛えた、アリエッタが立っていた。

 フレンは彼女に何を言うべきかわからず、目を背けそうになる。

 ところが、彼女はその前に接近して、フレンの頬に両手を沿えて、自分に向かせた。

 突然のことにフレンは目を見開き、言葉を失っているが、アリエッタは笑みを深めて言い放つ。


「お疲れ様でした、フレン様! すっごく格好良かったですよ!」

「アリエッタちゃん……。 でも、僕は……」

「負けたのが悔しいのは、わかります。 けど、恥じることなんてないです! フレン様は、最後まで立派に戦ってました!」

「だが、奴には復活能力がある。 何度倒したところで……」


 アリエッタに慰められても、フレンはどうしても納得出来なかった。

 それに対してアリエッタは、彼の頬から手を放して腕を組み、難しそうな顔で言葉を紡ぐ。


「うーん、そこなんですよねー」

「そこ……?」

「はい。 あたしは端から見てたから気付けたんだと思うんですけど、不死身だって言う割には、最後の方は必死だったんですよ」

「必死? ガルフォードがかい?」

「ですです。 笑ってはいたんですけど、明らかに余裕はなかったです。 もしかしたら、復活能力には何か秘密があるのかも……?」


 可愛らしく小首を傾げたアリエッタの考察を聞いて、フレンも思考を回転させる。

 確かに、無条件に復活し続ける能力など、流石にGENESISが認めるとは思えない。

 そうなると、復活する為の条件があるか、あるいは回数制限があるか。

 いずれにせよ、本当の意味で不死身ではないと確信したフレンだが、ハッとして頭を振った。


「アリエッタちゃん、ガルフォードを倒したいのはわかるけど、大会が終わった以上は味方だ。 奴の弱点を探すのは、ひとまずやめにしよう」


 このセリフはフレンの本心ではあるが、自分に言い聞かせている側面が強い。

 そして、アリエッタならわかってくれると、彼は考えていたが――


「フレン様、やっぱりわたしはガルフォードを許せません」


 毅然とした眼差しを注いで来るアリエッタに、フレンは息を飲んだ。

 しかし、すぐに立ち直って宥めるように口を開く。


「どうしたんだい? ロランさんとイヴさんのことは残念だけど、それに関してはもう話し合っただろう?」

「違います。 そのことも納得出来た訳じゃないですけど、わたしが許せないのは別のことです」

「別のこと……?」

「……人に聞かれると困るので、わたしの家に来てくれませんか?」

「……わかった」


 いつもなら遠慮するフレンだが、アリエッタのただならぬ様子を前に、了承の意を返した。

 それを確認した彼女はウィンドウを操作して、彼とともにテレポートする。

 アリエッタほどのプレイヤーなら、居城を構えることも充分可能だが、彼女はそれを好まない。

 その代わりにこじんまりとした家を購入し、休憩するときなどに使っていた。

 辺りに花畑がある、穏やかな雰囲気。

 天気は常に晴れに設定しており、いつでも太陽の光を浴びることが出来る。

 絵本に出て来そうな家で、フレンは思わず微笑を浮かべていたが、すぐに表情を引き締めた。

 アリエッタに案内された彼は家に入り、リビングの椅子を勧められる。

 大人しく座った彼にアリエッタは、キッチンに向かいながら声を投げた。


「コーヒーと紅茶とジュース、何が良いですか?」

「あ、お構いなく」

「駄目ですよ! 折角フレン様が来てくれたんですから、しっかりおもてなしさせて下さい!」

「あの、アリエッタちゃん……? 真剣な話じゃなかったのかな……?」

「真剣ですよ! でも、あたしにとっては、こっちも大事なことなんです!」

「じ、じゃあ、コーヒーで……」

「はーい! あ、ミルクと砂糖はどうしますか?」

「なしで良いよ」

「わかりました!」


 鼻歌交じりに用意しているアリエッタを見て、フレンは毒気が抜かれる思いだ。

 この家の雰囲気も相まって、すっかり殺伐とした気持ちが和らいでいる。

 しばしするとアリエッタは、2人分の飲み物を持って帰って来た。

 テーブルの上に置いて、フレンと対面の席に座る。

 ニコニコと笑っており、心底楽しそうだ。

 ちなみに、アリエッタの飲み物はオレンジジュース。

 苦笑を浮かべたフレンはコーヒーに口を付け、思わず目を丸くした。


「美味しい……」

「あ! わかってくれましたか!? これ、良い豆を使ってるんですよ!」

「そうだったんだ。 何か悪いね」

「いえいえ! いつかフレン様を、お招きしたときの為に買ってたんで、むしろ良かったです!」

「そ、そうだったんだ」


 テーブルに身を乗り出して、瞳をキラキラさせているアリエッタを、フレンは持て余している。

 だが、なんとか立ち直ると咳払いして、その場を仕切り直した。


「それでアリエッタちゃん、そろそろ話を聞かせてくれるかな?」

「……はい。 ただ、これはリアルに関わることなんで、他の人には内緒にして下さい」

「リアルに……。 構わないけど、アリエッタちゃんは大丈夫なのかい? 僕にリアルのことを話して」

「わたしなら、大丈夫です。 フレン様とは、いつかリアルでも会いたいと思ってるくらいですから」

「そ、そうなんだ……」


 フレンとしては、どう反応すれば良いかわからない。

 しかし彼は、渾身の力で奮い立ち、話を前に進める。


「取り敢えず、聞かせてもらおうか。 キミが、どうしてそこまで、ガルフォードを許せないのかを」

「……わかりました。 実は――」


 そうしてアリエッタは、自分と雪夜の関係やガルフォードの策略などを、フレンに打ち明けた。

 それを聞いたフレンは驚きに目を見張り、次第に表情が険しくなって行く。

 やがてアリエッタが全てを話し終えて暫くは、2人を静寂が包んでいたが、自分を落ち着けるようにコーヒーを口に含んだフレンが、大きく息をついて口を開いた。


「何から言えば良いかわからないけど……何より驚いたのは、キミと雪夜くんの関係だね」

「すみません……。 CBO……敵と仲良しなのって、どうなのかと思って……言い出せませんでした……」

「いや、それは別に良いと思うよ。 そう言うプレイヤーは、意外と多いと思う。 それにしても……妙な巡り合わせだ」

「巡り合わせ?」

「うん。 実は、僕も雪夜くんとはリアルで知り合いなんだよ。 たぶん、だけど」

「え!? そうなんですか!? もしかして同じ学校とか!? だとしたら、あたしとも校舎ですれ違ってるかも!?」

「お、落ち着いて!? 学校は違うよ! そ、そんなことより、今は彼の安全の話をしよう!」


 うっかり口を滑らせたフレンに、アリエッタは怒涛の勢いで詰め寄ったが、彼は必死に話題転換を図った。

 対するアリエッタはもっと話を聞きたいと思いつつ、雪夜の安全には代えられない。

 大人しく椅子に座り直した彼女を見て、ホッと息をついたフレンは、真面目なトーンで声を発する。


「アリエッタちゃんの言っていることが本当なら、雪夜くんが危険だ。 だが、だからと言って現時点で警察に相談したところで、相手にしてもらえるとは思えない」

「ですよね……。 だから、あたしが守らないと!」

「いや、それもやめた方が良い」

「え!? どうしてですか!?」

「こう言うことを聞くのは、マナー違反だけど……アリエッタちゃんは女の子だろう? アルドとカインは、恐らく若い男だ。 最悪、何があるかわからない」

「けど、それじゃあセツ兄が!」

「落ち着いて。 何もするなと言ってる訳じゃない。 ただ、直接どうこうしようとしないで欲しい。 大変だろうけど、今まで通り警戒は続けて、何かあったらすぐに助けを求めるんだ」

「でも、助けを待ってる間に、セツ兄が何かされたら……」

「絶対に大丈夫とは言えないけど、そこまで手荒なことはしないはずだ。 ガルフォードも、少し脅すだけだと言っていたんだろう?」

「だからって、ただ助けを待つだけなんて……!」

「こう言うことを言うと怒られるかもしれないけど……僕にとっては、雪夜くんよりアリエッタちゃんの方が大事だ。 彼を守る為にキミが危険な目に遭うことを、許容する訳には行かない」

「フレン様……」


 フレンに本気で心配されたアリエッタは、正直なところ嬉しかったが、だからと言って雪夜を危険に曝したくはない。

 だからこそ葛藤しており、どうしても首を縦に振ることが出来なかった。

 そんな彼女に内心で苦笑したフレンは、少し悪戯っぽく言い放つ。


「それに僕の見立てだと、アルドやカインの方が心配だよ」

「へ?」

「下手に雪夜くんに手を出して、無事で済むかどうか。 彼に本気で挑むなら、骨の1本や2本は覚悟しないとね」

「……あはは、確かにそうかもです。 セツ兄は、ホントに凄いですからねー」

「うん、詳しいことは知らないけど、僕もそう思う。 それにしても、アリエッタちゃんは本当に雪夜くんが好きなんだね」

「え!? そ、そりゃ、大好きですけど……でも! 男の人として1番好きなのは、フレン様ですから!」

「あ、えっと……有難う」


 アリエッタから想いをぶつけられたフレンは、顔を赤くして顔を背けた。

 あまりにも真っ直ぐな彼女の気持ちに、どう応えるべきか迷ったが、今は他に考えることがある。

 意識を切り替えたフレンは、厳しい顔付きで言葉をこぼした。


「しかし、ガルフォード……どこまで汚いんだ。 ゲーム内で不正を繰り返すだけじゃなく、リアルに手を出すなんて……」

「はい……。 あたしが動揺せず、きちんと記録出来ていれば良かったんですけど……」

「それは仕方ないよ。 それに、録画や撮影をしようとすれば音が鳴るから、気付かれただろうしね」

「確かに……そうですね」

「どちらにせよ、もう済んだことだ。 悔やんでも仕方がない。 それより、今後のことを考えよう」

「……あたしは、やっぱりガルフォードを倒したいです。 お願いですフレン様、協力してくれませんか?」


 このときアリエッタは、問い掛けの形を取ってはいたが、彼ならきっと了承してくれると思っていた。

 ところが――


「……申し訳ないが、それは出来ない」

「え……? ど、どうしてですか?」

「悔しいが、奴は強い。 元のラグナロクだけでも手を焼くのに、復活能力まで得た今、2対1でも勝てるかわからない」

「そ、そんなことありません! あたしとフレン様が手を組めば、必ず勝てます!」

「そうかもしれない。 だが、奴にはレーヴァテインとティルヴィングを与えた、新たな側近がいる。 その2人も一緒に相手をするとなれば、戦いはより一層厳しくなるだろう」


 フレンの言う通り、ガルフォードは鷺沼を利用して回収したレーヴァテインとティルヴィングを、自分の息が掛かったプレイヤーに譲渡している。

 その2人が今回の大会の4位と5位であり、3位決定戦で勝利したアリエッタも、『レジェンドソード』の力は改めて痛感した。

 実力的にはアルドとカインより下とは言え、『レジェンドソード』を持っているだけで、相当な脅威となる。

 それでも諦め切れないアリエッタは、フレンを説得しようとしたが、その前に彼が言葉を続けた。


「何より、奴らを倒したら……七剣星は僕たちだけになる。 その状態で、他の4大タイトルと渡り合えるとは思えない」

「それは、そうかもしれませんけど……」

「ごめん、アリエッタちゃん。 僕には、どうしてもSCOが必要なんだ。 その為なら、ガルフォードだろうが何だろうが、使えるものは使う覚悟でいる」

「……あれだけ不正を繰り返して、セツ兄まで傷付けようとしてるのに?」

「……すまない」

「……わかりました、もう頼みません。 話を聞いてくれて、有難うございました」


 そう言い残して立ち上がったアリエッタは、別れの挨拶もせずにログアウトした。

 その際、彼女の目尻に光るものがあったのを、フレンは正確に認識している。

 辛そうに顔を歪ませた彼は、すっかり温くなったコーヒーに口を付け――


「……苦いな」


 更に顔を顰めた。

ここまで有難うございます。

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