第8話 SCO剣技大会
雪夜たちEGOISTSが剣姫と戦っていた頃、SCOでは一大イベントが行われていた。
それは、剣技大会。
SCOプレイヤーの多くが、目玉としていると言っても過言ではない、高額賞金が出る大会である。
ただし、賞金を得られるのは上位100名なので、プレイ人口を考えれば途轍もなく狭き門。
参加人数が多過ぎる為、運営が予選クエストを用意しており、その成績上位16名が、最終トーナメントに進むことが可能。
優勝賞金は他のタイトルと比べても破格で、2位と3位もかなり多く、ベスト4からベスト16も馬鹿に出来ない。
それ以下は大きく下がるものの、やはり狙っている者は数え切れないほどいる。
七剣星が上位を独占してしまう為、今までは実質8位から100位の奪い合いだった。
しかし、ロランとイヴ、アルドとカインの脱落を受けて、他のプレイヤーたちはやる気を滾らせている。
生存戦争に関しては不安に思う者も多いが、それはそれ、これはこれ。
だからこそプレイヤーは課金を繰り返し、少しでも強くなろうと必死になっていた。
そうして、期間を設けて行われていた大会も、いよいよ大詰め。
たった今、決勝戦前の3位決定戦が終わった。
「お疲れ様、アリエッタちゃん」
「あ、フレン様! 有難うございます、なんとか勝てました!」
勝利したアリエッタが、フレンの元に駆け寄る。
そんな彼女に、現地にいた観客も配信で観ていた観客も関係なく、大きな拍手を送った。
それを受けたアリエッタは笑顔で手を振り、フレンは苦笑を浮かべている。
ちなみに、彼女たちは『レジェンドソード』の力を使っておらず、純粋な剣技のみで大会に臨んでいた。
それゆえに、他のプレイヤーからも素直に称賛されており、憧れの的となっている。
すると、フレンはアリエッタをジッと見据え、どことなく感心した様子で口を開いた。
「それにしても、強くなったね。 前回とは比べ物にならないよ」
「え、そうですか?」
「うん。 準決勝で戦ったときも、今回は何度も危ない場面があった。 何か、特別な訓練でもしているのかい?」
「いやー、そんなことはないんですけどねー。 あ、でも、心構えは少し変わったかもです」
「心構え?」
「はい! リアルの話になるんですけど、絶対に守りたい人がいるんです。 だから、もっと強くならないとって」
アリエッタ――つまり朱里が言っているのは、当然ながら雪夜のことだ。
ガルフォードの策略を防ぐだけではなく、女性と言う魔の手(?)から彼を守るべく、強くなりたいと思っている。
その思考はどこかズレている気もするが、事実として彼女は強くなっていた。
アリエッタの説明を聞いても、フレンは要領を得なかったが、共感出来ることもある。
「守りたい人の為に強くなりたいのは、僕も同じだよ。 だから、アリエッタちゃんの気持ちも、少しはわかる気がする」
「フレン様の守りたい人!? まさか彼女ですか!?」
「え!? ち、違うよ! 僕にそう言う人はいない!」
「良かったー……。 じゃあ、あたしにもチャンスはあるってことですよね!?」
「い、いや、それは何と言うか……」
ズズイと身を寄せて来たアリエッタに対して、フレンは反射的に距離を取る。
そんな彼にアリエッタが、頬を膨らませて更に迫ろうとした、そのとき――
「くく、相変わらず青臭ぇ奴らだぜ。 フレン、テメェも男なら、抱いてやるの一言くらい言えねぇのかよ?」
ニヤニヤ笑ったガルフォードが、歩み寄って来た。
言うまでもないかもしれないが、彼も決勝戦進出者だ。
ガルフォードの姿を見た途端、アリエッタは柳眉を逆立てて、強い眼差しを叩き付ける。
雪夜を狙っていることが許せず、以前よりも明確に敵対意識を持っていた。
そんな彼女をフレンは不思議に思いつつ、彼自身もガルフォードには良い感情を抱いていない。
「貴様こそ、相変わらず下世話な奴だな。 僕には関係ないが」
「そうかよ。 まぁ、何にせよ助かったぜ。 決勝戦の相手がテメェでよ。 ロランのときは、毎回面倒だったからな。 こいつは、THOの連中に感謝するべきか?」
「ガルフォード!」
「吠えるなよ、アリエッタ。 ちょっとした冗談だろうが。 どうしても気に入らねぇってんなら、相手になってやっても良いぜ? あぁでも、テメェはこの青二才に負けたんだったな」
「関係ないわよ! こうなったら、大会なんてどうでも――」
「落ち着いて、アリエッタちゃん」
「……ッ! フレン様……」
「キミが怒るのは、良くわかる。 だけど、奴の相手は僕に任せてくれないか?」
「……わかりました」
暴走しかけたアリエッタを宥めたフレンが、前に出てガルフォードを睨み付ける。
一方のガルフォードは余裕たっぷりに受け止め、ゆっくりと黒い大剣を鞘から抜き放った。
そして、圧倒的高みから言い放つ。
「良いぜ、フレン。 テメェがロランの跡を継げるか、試してやるよ」
「ロランさんを継ぐつもりはない。 あくまでも、僕は僕として貴様を倒す」
「はん、出来もしねぇことを言うなよ。 あぁ、言っておくが、俺はテメェらみたいな縛りプレイはしねぇぜ?」
「わかっている。 僕も貴様が相手なら、話は別だ。 全力で行かせてもらう」
「くく、そう来なくちゃな。 ちょっとくらい歯応えがないと、流石に面白くねぇ」
「その余裕、いつまでも続くと思うな」
「さぁな。 そいつは、テメェ次第だぜ」
あくまでも強気な態度を崩さないガルフォードに対して、フレンは厳しい面持ちを浮かべている。
どちらが有利なのかは、誰が見ても明らか。
しかし、フレンが怖気付くことはなく、颯爽と開始線まで下がる。
それを見たガルフォードは鼻で笑い、自身も反対の開始線に立ち、黒剣を両手で握った。
アリエッタは2人から離れて、祈るようにフレンを見つめている。
すると遂に、そのときが訪れた。
大会仕様のPVPモードになり、フレンとガルフォードの姿が、コロシアムに設置された大型ビジョンに映し出される。
観客たちは固唾を飲み、騒ぐのも忘れて緊迫した空気が流れていた。
空間にカウントダウンの数字が浮かび上がり、5――4――3――2――1――
「行くぞ、ガルフォード!」
銀の長剣と銀の盾を構えたフレンが、一直線にガルフォードに肉薄する。
彼のビルドはバランス型だが、その速度はスピードタイプだったカインにも、引けを取っていないほど。
要するに、全体的な能力が一回り以上、勝っているのだ。
『レジェンドソード』に頼らず、どこまでも剣技を追及して来た成果だと言える。
もっとも――
「正直過ぎるぜ、フレン」
それは、ガルフォードも同じ。
彼は言動こそ粗野で荒々しいが、強くなることには余念がない。
磨き抜かれた剣技をもって、直進して来たフレンに、大上段から黒剣を振り下ろした。
だが――
「どちらがだ?」
それを読み切っていたフレンが、ジャストガード。
SCOでもジャストガードに成功した場合、相手を怯ませることが出来る。
弾かれたガルフォードは隙を作り、そこに踏み込んだフレンが銀剣を真一文字に振り切った。
立ち直ったガルフォードは、舌打ちしながらバックステップしたが、僅かに遅い。
銀剣の先が胴に食い込み、斬閃を引く。
クリーンヒットではなかったものの、HPゲージが多少減少した。
フレンは実直な性格の青年だが、勝つ為ならばそれを利用することも辞さない、したたかさも兼ね備えている。
前評判を覆すように、初手を取ったフレンだが、ガルフォードも伊達や酔狂で第一星と呼ばれてはいない。
「やるじゃねぇか!」
ニヤリと笑ったガルフォードが、黒剣を凄まじい速度で振り乱した。
両手剣は威力に特化しているので、本来は攻撃速度を出し難いが、彼はその常識を打ち破っている。
表情を硬くしたフレンは、必死に盾を駆使して防御しつつ、回避を試みた。
しかし、全てを凌ぐことは出来ず、何発かダメージを受けてしまう。
HPゲージが逆転し、やはりガルフォードが勝つと観客が思っていた一方、アリエッタだけはフレンの勝利を信じていた。
その想いが伝わったとは思わないが、劣勢だった彼が反撃に出る。
斬撃の嵐を巻き起こす、ガルフォードから距離を取り、銀剣を胸の前に立てるように構えた。
対するガルフォードは片眉を跳ね上げ、初めて笑みを消す。
そして――
「はッ!」
フレンが気を発すると同時に、銀剣から光の結界が展開された。
試合会場全域を覆うほどで、ガルフォードも範囲内に捉われている。
『【輝剣】クラウソラス』。
フレンの持つ、『レジェンドソード』だ。
その効果は――
「ちッ! こいつ、マジでダリィ!」
結界に捉えた敵に一定間隔でダメージを与え、その度に行動を阻害する。
つまり、連携中に効果が発動すれば、それを邪魔することが出来るのだ。
クラウソラスの力を知っているガルフォードは、まずはどのタイミングでダメージが発動するか、それを覚えることにした。
彼にとって幸いと言えるのは、ダメージ自体は低いこと。
効果が発動するタイミングさえ覚えてしまえば、対処の使用もある。
だが、そのようなことはフレンも承知していた。
ガルフォードが後手に回っている間に攻勢を掛け、細かいダメージを蓄積させて行く。
大振りはせず、威力より速度を重視することで、主導権を握ろうとした。
更に、クラウソラスが発動した瞬間を狙い、いくつかクリーンヒットも取っている。
この際の攻撃は威力を重視しており、ガルフォードに痛打を与えた。
他の者がクラウソラスを持ったところで、ここまで緻密な戦いは出来ないだろう。
そうして、繊細さと大胆さを併せ持つフレンの剣技によって、ガルフォードのHPゲージは6割を切ったものの、そのときになって彼は、クラウソラスのタイミングを掴んだ。
笑みを浮かべたガルフォードは、今度はこちらからと考えたが、フレンはその先を行く。
「顔に出過ぎだぞ」
「……ッ!? テメェ!」
反撃に出ようとしたガルフォードの出鼻を挫くかのように、クラウソラスを再発動するフレン。
クラウソラスのダメージは一定間隔だが、どの程度の間隔が空くかは、ある程度変更可能だ。
これによってタイミングが変わり、またしてもガルフォードはリズムを崩される。
単純な剣技で言えば、両者はほぼ互角。
しかし、一瞬とは言え動きを止めることで、フレンに形勢が傾いていた。
クラウソラスを使いこなすフレンと、タイミングを把握し切れていないガルフォード。
流れるように連撃を繰り出すフレンを、ガルフォードはなんとか押し返そうとしていたが――
「はぁッ!」
「ぐ!」
ガルフォードが止まる瞬間を狙ったフレンの袈裟斬りが、深く裂傷を刻む。
この戦いが始まって、初めての大ダメージ。
一気に3割近くのHPゲージが削れ、ガルフォードの残りHPは2割ほど。
それに比してフレンは7割を残しており、観客たちは番狂わせを期待し始めた。
ところが、フレンは険しい顔をしており、それはアリエッタも同様。
何故ならガルフォードは、まだ『レジェンドソード』の力を使っていない。
そのことがわかっているフレンは警戒を続け、そんな彼にガルフォードは上機嫌に言い放つ。
「くく……思った以上じゃねぇか、フレン。 これなら、防衛に関しては心配いらねぇなぁ」
「見くびるな。 まさか、そのまま負けるつもりか?」
「馬鹿なこと言うなよ。 俺がみすみす、賞金を譲る訳ねぇだろ? 本番はこっからだぜ」
「……良いだろう、来い」
楽し気なガルフォードに対して、最大限まで集中力を高めるフレン。
残りHPを考えれば、フレンの方が優勢のはずだが、ガルフォードからは強者の余裕を感じる。
すると、ゆっくりと構えたガルフォードは、その場で黒剣を振り切った。
フレンとの距離はかなりあったが、お構いなし。
無論、届くはずもなく、あっさりと空振りに終わるかに思われたが――
「くッ!」
横っ飛びに身を投げるフレン。
だが、避け切ることは出来ず、右腕にダメージを受けた。
知らない者が見れば、雪夜の【天衝】やケーキの【ブレイブ・エッジ】のような、飛翔する斬撃を思い浮かべるかもしれない。
しかし、事実は違う。
体勢を整えたフレンが見る先では、空間が斬り裂かれていた。
しばしすると消えたが、改めて脅威を感じたフレンの背中は、びっしょりと汗で濡れている。
『【神剣】ラグナロク』。
ガルフォードの持つ、最強の『レジェンドソード』。
能力は、空間に直接、防御不能の斬撃を放つ。
しかも、その斬撃は数秒間持続し、触れるとダメージを受けるのだ。
つまり、どうなるかと言うと――
「さぁ、踊れよフレン!」
連続でラグナロクを繰り出すガルフォード。
フレンは辛うじて決定打を避けているが、どうしても全てを凌ぐことは出来ない。
何より、多数の斬閃が空間に残ることで、どんどん逃げ場がなくなって行った。
これこそが、ラグナロクの恐るべき点。
仮に空間を斬る能力をどうにか出来たとしても、残った斬撃が退路を断つ。
それでも、フレンはクラウソラスを用いて、なんとかガルフォードにダメージを与えつつ、行動を阻害し続けた。
だからこそまだ生き残れているが、そうでなければとっくに勝負は決していただろう。
とは言え、このままではクラウソラスがガルフォードを削り切る前に、フレンが力尽きるに違いない。
彼自身もそう考え、意を決して最後の手段に出た。
「ん?」
突如として結界を解除したフレンを、ガルフォードは訝しく思った。
てっきり諦めたのかと思ったが、彼がそのような人物ではないと思い直す。
覚悟を宿した瞳で睨んで来るフレンに、口角を上げたガルフォード。
クラウソラスが解除されたお陰で自由になった彼は、ラグナロクで乱れ斬りを放ち、フレンを斬撃の檻に閉じ込めた。
逃げ場を失ったフレンは立ち止まり、決着を付けるべくガルフォードは最後の一撃を繰り出し――クラウソラスに光が灯る。
「はぁッ!」
全力で突き出した銀剣の剣先から、極細のレーザーが射出される。
刹那の間に彼我の距離を埋め、ガルフォードを貫いた。
運営による『レジェンドソード』の強化を受けたのは、アルドとカインだけではない。
範囲攻撃の光の結界を、暫く展開出来なくなる代わりに、強力な単体攻撃を可能にしたクラウソラス。
パワーアップしたことは知っていたものの、初見のガルフォードは反応出来なかった。
残りのHPゲージを消し飛ばし、彼を戦闘不能にする。
運営の力に頼ったことをフレンは不満に思いつつ、勝てたことに安堵していた――が――
「やられたぜ。 そんな隠し玉を持ってやがったとはな」
「な!?」
何事もなかったかのように、佇んでいるガルフォード。
それを見たフレンは驚愕の声を上げ、そんな彼にガルフォードは邪悪な笑みを見せて告げる。
「くく。 『レジェンドソード』の強化は、お前らだけじゃねぇんだぜ? 俺のラグナロクだって、強くなってるに決まってんだろ」
「まさか……復活能力か!?」
「そう言うこった。 これで、誰にも俺を倒せなくなったって訳だ。 良かったな、SCOが勝てるぜ」
「馬鹿な! そんなふざけた強化、GENESISが許すはずがない!」
「じゃあ、なんで俺はまだ立ってんだ? なんで、お前が勝ったことにならない? それこそが、この強化が認められてる証だろうが。 まぁ、HP50%で復活ってところが、ちょっとしたマイナスポイントだな」
「しかし……」
「もう良いだろ。 どっちにしろ、不死身の俺に勝つことなんか不可能だ。 とっとと諦めて、降参しろよ」
斬らないのが慈悲だ――とでも言いたげに、両手を大きく広げるガルフォード。
確かに、ただでさえ強力な敵が不死身になったのだ。
勝てる可能性など、万に一つもない。
それでも――
「……続けるぞ」
「あん? 本気で言ってんのか? 時間の無駄だぜ?」
「そうかもしれない。 だが、このまま負けるのは、僕の性に合っていないからな」
「まったく、メンドクセェ野郎だ。 そう言うところ、ロランそっくりだぜ」
「僕とロランさんは、違うと言っただろう。 ただ……最後まで戦い抜く彼を、僕は尊敬していた」
「はん、無意味な決意だな。 仕方ねぇから、最後まで相手してやるよ」
後頭部をガリガリと掻いたガルフォードが、力強くラグナロクを構えた。
それを見たフレンは盾を捨て、クラウソラスを両手で握る。
長剣であるクラウソラスは片手、両手のどちらでも使用可能だが、両手で使う方が攻撃力が上がるのだ。
ただし盾が使えなくなるので、防御面では弱体化するものの、ラグナロク相手ならあまり関係ない。
フレンがあくまでも全力を尽くそうとしていることに、ガルフォードは舌打ちしたが、次いでニヤリと笑って言い放つ。
「そんじゃ、とっとと終わらせるか」
「簡単に行くと思うな」
その後、フレンは獅子奮迅の勢いで剣を振るい、ガルフォードを攻め立てた。
そしてあろうことか、2度目の撃破に成功する。
だが、その頃には彼のHPゲージはミリ単位でしか残っておらず――復活したガルフォードによって、敗北した。
ここまで有難うございます。
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