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第7話 力試し

 クエストを受注した雪夜たちは、青白い空間に飛ばされた。

 物は何も置いておらず、どこまでも広がっているように見える。

 これは訓練用のクエストで、ドロップアイテムなどは発生しない。

 その代わりに、好きな相手と好きなだけ戦えるので、新装備を試したり、苦手を克服する為に利用するのが主な用途だ。

 雪夜も過去には多用しており、ひたすらこもっていた時期もある。

 それはともかく、何故彼はこのクエストを選んだのだろう。

 どうせ戦うなら、ドロップアイテムが期待出来る方が良いのではないか。

 ケーキたちはそう疑問に思っていたが、雪夜からすればここ以外にあり得ない。


「早速始めよう。 全員、準備は良いか?」

「良いと言えば良いんだけど……。 何と戦うの?」

「力試しに持って来いの相手だ、Alice。 このメンバーの力を計るには、並大抵の敵では足りない」

「回りくどい言い方だな。 結局誰なんだよ?」

「わからないか、ゼロ? それならそれで、楽しみにしていろ」


 そう言って雪夜は、ウィンドウを操作し始めた。

 どうやら、敵を設定しているらしい。

 そんな彼を前にして、Aliceとゼロは不思議そうに顔を見合わせている。

 だが、彼女は違った。


「Aliceさん、ゼロさん、警戒して下さい」

「ケーキちゃん? どうしたの?」

「話している暇はないです、Aliceさん。 ……来ます」

「だから、何が――」


 そう言いかけたゼロが、全力で横に跳躍する。

 その直後、彼が寸前まで立っていた場所に、数多の剣が突き刺さった。

 これは、まさしく――


「せ、雪夜くん? どう言うつもりかな?」

「言っただろう、Alice。 力を試すと」

「だからって、いきなりこれかよ……」

「手っ取り早いだろう? 今の反応は見事だった、ゼロ」

「そいつはどーも……」


 辛うじて窮地を脱したゼロの頬を、一筋の汗が流れる。

 Aliceも頬をヒクヒクさせており、歪な笑みになっていた。

 唯一、ケーキだけは動じることなく、戦闘態勢を取っている。

 そう、雪夜が選んだ相手、それは――剣姫。

 いつの間にか出現した彼女の周囲には、無数の剣――【ブレイド・ダンサー】が浮かんでいた。

 そして剣姫自身は、『プリンセス・フルール』と『プリンセス・ドレス』、『プリンセス・ミラー』を装備しており、見た目の上ではケーキとほぼ同じ。

 ただし、職業性能は別格。

 初撃以降、動きを止めている剣姫に対して、雪夜は目を研ぎ澄ませ――


「行くぞ」

「あ~、もう! 少数クリアとか、したことないのに~!」

「俺だってそうだっての、Aliceちゃん!」

「2人とも、口を動かす余裕があるなら、戦って下さい」


 駆け出す。

 まずは、【瞬影】で接近しながら斬り掛かり、【閃裂】まで続けた雪夜。

 【瞬影】は難なくガードされたものの、【閃裂】はしっかりとヒットさせる。

 相変わらず見事な動きだが、剣姫のHPゲージはあまり減っていない。

 本来ならこのあと、【爪牙】まで繋げるのが雪夜の得意コンボだが、彼は迷わずバックステップを踏んだ。

 そこに降り注ぐ、剣の雨。

 紙一重で躱すことに成功したものの、攻撃の手を止めてしまう。

 更に剣姫の攻勢は止まらず、雪夜を追い掛けるように剣を射出し続けた。

 回避と【爪牙】による撃墜を強要されたが、いつまでも付き合うつもりはない。

 【ブレード・ダンサー】が途切れるタイミングを熟知している雪夜は、その瞬間に再び【瞬影】で斬り込んで、【閃裂】へと派生する。

 やはり【瞬影】は通用しない一方で、【閃裂】は確実に当てていた。

 先ほどの繰り返しだが、現時点ではこれが最もDPSが高い手段。

 ちなみに、彼以外の『侍』が同じことをしても、【閃裂】すらガードされる。

 この辺りは、雪夜の連携速度が常軌を逸していることを、如実に表していた。

 ダメージを重ねた彼が、剣姫に【ブレイド・ダンサー】で狙われていた頃、他の3人も遊んでいた訳ではない。


「ホント、雪夜くんの無茶ぶりには困っちゃう!」


 【マルチ・ゲイン】を発動したAliceが、【グラン・ランサー】で剣姫を串刺しにする。

 ダメージを与えただけではなく、ほんの一瞬ながら剣姫の動きを止めた。

 威力だけを考えれば、凝縮した【イグニス・フレア】の方が高いが、それをすると味方の邪魔になる。

 それに比べて【グラン・ランサー】なら、発動が速い為に連携が取り易い。

 なるべく雪夜の邪魔をせず、その上で最大限の力を発揮しようと言うのが、Aliceの方針だ。

 また、この考えは他の仲間たちにとっても有効。


「ふッ……!」


 遠い間合いから、【ツイスト・リッパー】で飛び込むケーキ。

 相手は1人なので、チャージして範囲を広げる必要はない。

 タイミング的には当たってもおかしくなかったが、超速で振り向いた剣姫は危なげなくガードした。

 もっとも、そのようなことは彼女も重々承知している。

 目的は懐に入り込むことであり、剣姫の目の前でチャージを開始したケーキ。

 だが、それはあまりにも無謀だ。

 大剣を振り被った剣姫が、ケーキに向かって全力で振り下ろす。

 Aliceとゼロは息を飲んだが、雪夜はある種の予感があった。


「はッ……!」


 ジャストガード。

 剣姫の斬撃を完璧に受け止めたことで、彼女の体が僅かに仰け反る。

 また、ボスモンスター扱いである剣姫にはダウン値があり、ゲージが目に見えて増加した。

 そこにケーキは、チャージが完了した【ジャンピング・スラスト】を放つ。

 『プリンセス・フルール』の特殊能力によって、かなりチャージ速度と威力が上がっており、今度こそ剣姫に大ダメージを叩き込んだ。

 これが、今のケーキ。

 レベル60に達したこともあり、戦闘技術だけではなく、火力面でも躍進を見せている。

 そのことをAliceは頼もしく思うと同時に、ライバル心を燃やしていた。

 だからと言って無茶な攻めをすることはなく、自分の役目に徹している。

 人気者の彼女が、数々のパーティで経験を積んで来た賜物だ。


「あ! 『鈍足』効いたよ~!」


 度重なる【グラン・ランサー】によって、剣姫に状態異常を付与したAlice。

 『鈍足』は、移動速度が10%減少する状態異常だ。

 剣姫のような素早い相手には特に有効で、攻撃が当たる可能性を高めることが可能。

 彼女が【グラン・ランサー】を選択したのは、これが目的でもあった。

 『沈黙』が通るなら、【ウィンド・スライサー】の方が良いのだが、剣姫には完全耐性がある。

 そうして、雪夜たちの活躍をゼロは観察していたが、当然ながら見ているだけではない。


「俺も行くか!」


 宣言したゼロの姿が掻き消え、剣姫の背後に現れると同時に短刀で斬り裂いた。

 アーツ名、【刹那の刻】。

 一定範囲内の敵の背後を取り、攻撃を繰り出す。

 単発攻撃で威力も高いが、何より瞬間移動して背後を取れるのが特徴だ。

 加えて彼は、【忍の志】と言うパッシブスキルを習得している。

 これは雪夜の【不退転】とは逆で、背後から攻撃した際に攻撃力が20%上昇し、正面から攻撃した際に攻撃力が20%減少する効果。

 【刹那の刻】との組み合わせは抜群だが、使いこなすのは意外と難しい。

 自分に攻撃が集中した場合は、背後を取り続けるのが容易ではないからだ。

 しかし、これはパーティ戦。

 雪夜と言う絶対的なダメージディーラーがいる現状、ゼロはその負担がかなり減っている。

 今も剣姫の【ブレード・ダンサー】は、雪夜にターゲットを絞っており、それを見たゼロは口角を上げた。

 背中を見せている剣姫に、【五月雨の如く】で乱れ斬りを放ち、ダメージを蓄積させて行く。

 すると――


「ふぅ、やっと入ったか」


 剣姫がふらつき、動きを止めた。

 ゼロの装備は、UR武器『闇丸』。

 特殊能力は『攻撃力30%上昇』と『アーツ威力30%上昇』と言う、UR武器お馴染みなものに加えて、『10%の確率で敵に『毒』を付与』と『10%の確率で敵に『眩暈』を付与』。

 このうち『毒』は単なる継続ダメージだが、問題は『眩暈』だ。

 『眩暈』状態になったモンスター、あるいはプレイヤーは、敵を認識出来なくなる。

 時間は極めて短いが、それでも隙を作るのに効果的だ。

 補足すると、ゼロのUR腕防具である『餓狼』は、状態異常の継続時間延長の特殊能力を持つ。

 オマケに、剣姫の状態異常耐性はかなり高いが、胴防具『殺道』が付与率を上昇させる特殊能力を所持している為、なんとか通用した。

 ゼロの強さの一端を見たAliceは感心していたが、雪夜とケーキはそのような時間も惜しんで攻撃を仕掛ける。

 延長しているとは言え、『眩暈』の時間は僅か。

 その間に、可能な限りのダメージを与えようと言う算段。

 【瞬影】、【閃裂】、【爪牙】、【閃裂】、【爪牙】の5連コンボを決める雪夜。

 チャージした【ジャンピング・スラスト】2回と、余った時間で【オーバースラッシュ】を繰り出したケーキ。

 1秒も無駄にせずに、最大ダメージを叩き出す。

 2人が剣姫から距離を取るのと、彼女が立ち直るのはほぼ同時だった。

 あまりにも計算し尽くされた動きに、Aliceとゼロは圧倒されている。

 厳密に言うと、雪夜ならこれくらいはすると予想していたが、ケーキが全く引けを取っていないことが衝撃的。

 雪夜自身も意外感はあったが、このときの彼の頭は剣姫のことでいっぱいだった。

 今のところ被害なく戦えているが、こんなものは挨拶に過ぎない。

 雪夜が内心で警戒の度合いを引き上げていると、またしても【ブレイド・ダンサー】が彼を襲う。

 しかし彼は逃げることなく、その場で回避と撃墜を駆使して、被弾を免れていた。

 それだけではなく、少しでもチャンスがあれば、カウンターで【天衝】をヒットさせている。

 先ほどまではフィールドを広く使っていたが、今はそれが出来ない理由があった。

 彼の狙いを悟ったAliceは、大慌てで声を上げる。


「雪夜くん、無茶しないで! こっちは大丈夫だから!」

「良いから続けろ。 これはソロじゃない、パーティ戦だ。 それ相応の戦い方があると思っている」

「でも!」

「Aliceさん、雪夜さんを信じましょう。 それとも、貴女に代わりが務まるのですか?」

「ケーキちゃん……。 わかったよ……」


 ケーキの鋭い言葉にAliceは、明らかに気落ちした。

 それを見た雪夜は苦笑し、剣姫の攻撃を捌きながら言い放つ。


「Alice、頼んだぞ。 思い切りやれ」

「……! うん!」


 雪夜からのエールを受けたAliceは、闘志を取り戻した。

 剣姫を挟むように彼と反対側に位置取り、【グラン・ランサー】を中心に攻撃を仕掛ける。

 背後からの攻撃が基本のゼロは当然として、ケーキも似たようなポジション。

 その結果として、雪夜だけが孤立することになっているが、これで準備は整った。

 計算通りのタイミングで剣姫が、挙動を変える。

 【ブレイド・ダンサー】を続けながら、大剣を構えた彼女が、十字に振り抜いた。

 交差した巨大な刃が、雪夜を飲み込む勢いで飛来する。

 【クロス・ティアー】。

 前方広範囲に、十字の斬撃を飛ばすアーツ。

 非常に威力が高く、一箇所に固まっていたら、これだけで全滅する危険すらあった。

 そろそろこのアーツが来ると知っていた雪夜は、自分だけがその対象になるように、残りの3人を誘導したのだ。

 これによって、ケーキたちは安全に攻撃を続けられているが、問題は彼自身。

 範囲が広い【クロス・ティアー】から逃れることは出来ず、生半可な攻撃で弾くことは不可能。

 だが、忘れてはならない。

 彼が、このアーツが来ると予見していたことを。


「ふッ……!」


 剣姫が【クロス・ティアー】を放ったのに合わせて、雪夜は【天衝】を繰り出した。

 とは言え、アーツの威力としては完全に劣っている。

 そうして【天衝】を破られた雪夜が、敗北するかに思われたが――


「やっぱり、とんでもないね~」

「まったくだな」


 手を止めないまま、呆れたように笑うAliceとゼロ。

 元々の威力では劣っている【天衝】が、【クロス・ティアー】を相殺した。

 これは、雪夜の装備とスキル構成が火力特化なことに加えて、カウンターで撃った結果である。

 そのどれが足りなくても、こうはならなかった。

 超高等技術であるカウンターを、息を吸うように操る彼だからこそ、可能な芸当だと言える。

 その後も、間断なく迫る【ブレイド・ダンサー】を凌ぎ、隙あらば【天衝】でカウンターを取り、【クロス・ティアー】を相殺する雪夜。

 仮に彼と同じ動きが可能だとしても、本来ならAP切れは必至だが、『影桜』の『回避時AP5%回復』が、この無茶を実現していた。

 【爪牙】に頼り切ることなく、【ブレイド・ダンサー】をなるべく回避することで、一気にAPを回復している。

 相当なハイリスクではあるが、この程度のことが出来なければ、剣姫ソロ撃破など叶わない。

 Aliceとゼロは、フルレイドでしか剣姫と戦ったことはないが、そのとき以上の安定感。

 思わず気を抜きそうになった2人だが、それが許されないことを知っている。


「そろそろかな~」

「だな、Aliceちゃん。 ケーキちゃんも、準備良いか?」

「当然です」


 安全圏で戦い続けていた、ケーキたちの緊張感が増す。

 それを察した雪夜は内心で満足し、タイミングを見計らって声を上げた。


「今だ!」


 彼の合図に従って、全員が跳躍する。

 瞬間、空間の果てまで届いたのではないかと思うほど、広範囲の斬撃が全周囲に放たれた。

 それを成し遂げたのは、中心に佇んだ剣姫。

 これが、彼女の持つ3つ目のアーツ、【サークル・シュナイダー】。

 性能はシンプルだが、特筆すべきはその速度。

 見てから避けるのは不可能で、回避するには予見するしかない。

 発動前にほんの僅かな予備動作があるが、これを剣姫との戦闘中に察知するのは、至難の業だ。

 しかし、4人はそれを成し遂げられる実力を誇っており、無事にやり過ごすことに成功する。

 ただし――


「雪夜くん!」

「ここは仕方ない」


 彼らが着地する前に、剣姫は盾を前に突き出した。

 すると、そこから極寒の衝撃波が空間を走り、着地後の硬直中にある雪夜を狙う。

 【シールド・アイシクル】。

 最初の【サークル・シュナイダー】のあとには、確定で使用して来るアーツだ。

 威力自体は他のアーツに比べれば控えめだが、それでも大ダメージは確実。

 しかも、運が悪いと凍結状態に陥る。

 このタイミングの【シールド・アイシクル】は、雪夜ですら回避する手段がない。

 だからこそ、彼は既に回復アイテムの準備をしていたが、そこに駆け込む者がいた。


「させませんッ!」


 雪夜と剣姫の間に割り込んだケーキが、【シールド・アイシクル】をジャストガードで防ぐ。

 予想外の事態に流石の雪夜も驚きつつ、絶好の機会を逃しはしない。

 ジャストガードの効果で怯んだ剣姫に、【瞬影】で斬り掛かり、【閃裂】、【爪牙】の3連コンボまで繋げた。

 そして即座にサイドステップを踏むと、それを見越していたケーキが【ツイスト・リッパー】で突撃し、即座にチャージした【ジャンピング・スラスト】を繰り出す。

 そのときには雪夜も攻撃を再開しており、【閃裂】と【爪牙】を続けて決めた。

 まさに、以心伝心。

 見事なまでの連携を披露した2人に、Aliceとゼロは瞠目したが、彼女たちにも意地があった。

 雪夜たちに遅れまいと怒涛の攻撃を仕掛け、遂に剣姫のダウン値が最大まで達する。

 大剣と盾を取り落として、床に片膝を突く剣姫。

 この状態の少女を、寄ってたかって攻撃するのは、現実では許されない行為だが、彼女はそのようなか弱い存在ではない。

 一切の容赦なく、全員が全力を振り絞った。


「出し切るぞ」


 【戦機到来】を発動した雪夜。


「はい……!」


 【バトルエリア】で火力増強を図るケーキ。


「お任せあれ!」


 クールタイムが終わった、【マルチ・ゲイン】を掛け直すAlice。


「やるしかねぇな!」


 奥の手を出すゼロ。

 アクティブスキル、【一意専心】。

 15秒間、消費APを0にする効果だが、効果時間終了後は消費APが50%増加する。

 まさに、このときに専念する為のスキルだ。

 最大火力状態になったEGOISTSの4人は、それぞれが最高効率で攻撃を仕掛ける。

 雪夜はAPの続く限り、【閃裂】と【爪牙】を交互に放った。

 ケーキは速くなったチャージ時間にものを言わせ、以前とは段違いのDPSを発揮している。

 Aliceは3人の邪魔をしない角度から、【グラン・ランサー】を連発し、パーティ戦の練度の高さを見せ付けた。

 ゼロは消費APが0になった今に懸けるかのように、背後から【五月雨の如く】で斬り刻む。

 こうして彼らは、凄まじい勢いで剣姫のHPゲージを削って行ったものの、CBO最強の名は飾りではない。

 この4人の全力を受けても尚、彼女が倒れることはなく、ゆっくりと装備を手に立ち上がった。

 対するEGOISTSは間合いを空けたが、先ほどのように雪夜を孤立させる陣形ではない。

 何故なら、それが無意味だからだ。

 完全に立ち直った剣姫が大剣に力を込め、高く跳躍する。

 そして、すぐさま床に向かって投げ放ち――


「わわわ!」

「おっとぉ!?」


 突き立った大剣を中心に、広範囲に無数の氷柱が突き上がる。

 Aliceとゼロは回避し切れず、HPゲージの3割ほどを失った。

 【セルシウス・スパーダ】。

 CBOのトッププレイヤーである2人をもってしても、直撃ではないにもかかわらず、大きな被害が出る威力。

 ジェネシス・タイタンの大技に似ているが、決定的な違いがあった。

 それは――


「う~。 ここからが大変なんだよね~」

「ホントそれな。 なんでこれが、ただのアーツ扱いなんだよって感じだぜ」


 と言うことだ。

 被弾を覚悟していたAliceとゼロは、焦ることなく回復していたが、今後の戦いに思いを馳せて、厳しい面持ちを浮かべている。

 剣姫のHPゲージは、残り約2割。

 しかし、この先は全てのアーツを駆使して、本気でプレイヤーを仕留めに来るのだ。

 そんな難局を前にして、Aliceとゼロは緊迫した空気を纏っていたが、雪夜とケーキは違う。


「やっと始まったか。 剣姫戦は楽しいが、前哨戦が長いのが欠点だな」

「なるほどです……。 今度、貴音ちゃんに相談してみますね」

「相談と言うか、要望じゃないか?」

「そ、そうですね。 要望です」

「何にせよ、ようやく楽しくなって来た」

「はい。 【バトルエリア】はもう少し有効なので、その間はわたしが前に出ます」

「わかった、頼む」

「お任せ下さい……!」


 何やらワクワクした様子の雪夜とケーキを見て、Aliceとゼロは唖然とした。

 だが、次いで苦笑を漏らすと、自身を奮い立たせるように声を発する。


「ホント、戦闘狂だよね~。 雪夜くんは知ってたけど、ケーキちゃんも同類みたい」

「剣姫の本気モードを楽しめるとか、どんだけだよ。 マジでお前ら、とんでもねぇな」

「言っておくが、舐めている訳じゃない。 俺だって必死だ。 ただ、どうせやるなら楽しんだ方が良いだろう?」

「雪夜さんの言う通りです。 それとも、2人は楽しくありませんか?」

「そんなことないよ、ケーキちゃん! まぁ、あたしが楽しいのは、このメンバーだからかもだけどね~」

「あー、Aliceちゃんの気持ちはわかるな。 俺も、他の奴らと行くときより、楽しいって感じてるぜ」

「そうか。 だったら、最後まで楽しもう。 本気の剣姫を相手に楽しめたら、生存戦争の戦いでも楽しめるだろう」

「はい、雪夜さん……!」

「やっちゃうよ~!」

「付き合ってやるぜ!」


 決死の覚悟と楽しむ気持ちと言う、ともすれば相反する想いを抱いた4人が足を踏み出す。

 対する剣姫は、【バトルガード】によってターゲットをケーキに変えており、滝のような勢いで【ブレイド・ダンサー】を繰り出した。

 ところが、備えていたケーキはジャストガードを成功させ、剣姫の体勢を崩す。

 そこに肉薄した雪夜が得意のコンボを披露し、挟撃するようにゼロが【刹那の刻】で背後から斬り掛かった。

 そんな2人を避けるように、床からAliceの【グラン・ランサー】が発動し、的確に剣姫を捉える。

 立ち直った剣姫は、【クロス・ティアー】や【サークル・シュナイダー】、【シールド・アイシクル】、【セルシウス・スパーダ】も駆使して、雪夜たちを攻め立て続ける。

 流石の雪夜とケーキも全弾回避することは出来ず、ジワジワとHPゲージが減って来た。

 Aliceとゼロは、回復アイテムを駆使して辛うじて生き残り、遂にそのときがやって来る。

 HPゲージの残りがミリ単位になった剣姫が、最後の一撃とでも言わんばかりに、【セルシウス・スパーダ】を放つべく跳躍した。

 対するケーキとAlice、ゼロは、全力で回避しようとしていたが――


「終わりだ」


 腰溜めに『無命』を構える雪夜。

 Aliceとゼロは瞠目したが、ケーキはあることに気付いて苦笑を浮かべる。

 そうして大剣が、床に投げ付けられ――


「はッ……!」


 抜刀。

 回避行動も取らずに刀を振るった雪夜が、【天衝】を繰り出した。

 高速で宙を裂いた真空刃が、カウンター判定で剣姫にヒットして――HPゲージを削り切る。

 撃破された剣姫は光の粒子となりつつあったものの、既に発動した【セルシウス・スパーダ】は止まらない。

 氷柱の波が雪夜に押し寄せ、彼を貫――かなかった。

 ギリギリで生存したAliceとゼロは、喜ぶより先に戸惑っていたが、雪夜は平然と言い放つ。


「皆、お疲れ様」

「雪夜さんも、お疲れ様です」


 返事をしたのは、ケーキのみ。

 彼女は満面の笑みを浮かべており、非常に機嫌が良さそうだ。

 それはそれで不思議に思った雪夜だが、ひとまず棚上げすることにする。

 未だ呆然としているAliceたちに向き直った彼は、どうしたものかと悩んだ結果、端的に説明することに決めた。


「【セルシウス・スパーダ】で氷柱が出現する場所は、ランダムなようである程度の規則性がある。 そして、俺が最後に立っていたのは、どのパターンでも当たらない場所だった。 だから回避せず、カウンターを狙っただけだ」


 だけ、じゃない。

 Aliceとゼロはそう叫びたかったが、寸前で思い留まった。

 その代わりに顔を見合わせて嘆息し、心底疲れたように声を落とす。


「はぁ~……。 雪夜くんと一緒だと、自分の駄目さを痛感するね~……」

「まったくだぜ。 お前、どこまで化物なんだよ」


 このときAliceとゼロは、本気で言っている訳ではなかった。

 ちょっとした冗談――その程度の認識である。

 ところが――


「……」


 雪夜は口を固く引き結び、彼女たちから目を背けた。

 Aliceとゼロは心配になったが、2人が何かを言う前に、彼は言葉を割り込ませる。


「とにかく、大体の実力はわかった。 ゼロも、戦力としては申し分ない」

「おいおい。 その言い方だと、仲間としては駄目みたいに聞こえるぜ?」


 ふざけたように、笑うゼロ。

 しかし雪夜は、そんな彼に冷たい眼差しを返し、底冷えする声で言い放つ。


「俺に仲間はいない。 このチームも、ただ戦力が高いから集まったに過ぎないからな」

「ち、ちょっと雪夜くん! そんな言い方……」

「Alice、すまないが用事を思い出した。 貴音ちゃんと話すのは、キミたちに任せたい。 では、失礼する」

「あ! 雪夜くん!?」


 一方的に話を終えた雪夜は、返事も聞かずに空間から消える。

 あとには、悲しそうなAliceと溜息をついたゼロ、そして――


「雪夜さん……」


 何かを悟って、泣き出しそうなケーキが残される。

 こうしてEGOISTSの初クエストは、何とも暗い雰囲気の中、終わりを迎えた。

ここまで有難うございます。

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