第6話 初陣
不可解な朱里の態度を疑問に思いつつ、雪夜は今日もCBOの防衛に励む。
ゲーム内の時間は早朝で、眩しい朝日が町を照らしていた。
すぐ傍にはケーキとAlice、そしてゼロの姿がある。
言ってしまえば、CBO最強の布陣が整っている訳だが、他のタイトルが侵攻して来る気配はない。
また、今日は4大タイトルも大人しく、目ぼしい配信はなかった。
これについては、全体のタイトル数が少なくなっていることも影響している。
4大タイトル以外の有力なタイトルは、序盤から優先して狙われていた。
強い順に始末されて行き、今でも活発なタイトルは当初の半分にも満たない。
そう言ったところも、互いに牽制し合って防衛を重視している為、必然的に侵攻配信が減っているのだ。
要するに、何が言いたいのかと言うと――
「暇だね~」
「暇だなー」
と言うこと。
クリスタルの近くのベンチに腰掛けて、足をブラブラさせているAlice。
立ったまま、欠伸を噛み殺しているゼロ。
彼女たちを不真面目だと非難するのは簡単だが、実際にやることがないのも否定出来ない。
それゆえに雪夜はスルーしつつ、自身はウィンドウを開いて、各タイトルの研究に没頭している。
ちなみにケーキは戦闘態勢を維持しながら、密かに貴音とチャットの練習をしていた。
今ではスムーズにやり取り出来ており、昨日とはまるで別人。
そのことを貴音は喜び、ケーキも満足している。
尚、雪夜から装備が似合っていると言われたケーキだが、敢えて普段通りを装っていた。
残念ながら、チラチラと見てしまうのは止められず、その視線に彼は気付いているが。
そうして、何はともあれ平穏な時間が続いていた、そのとき――
「あ! そうだ!」
突然、Aliceが声を上げた。
周囲のプレイヤーが振り向くほどだったが、彼女は気にせず雪夜に視線を移す。
何事かと思ったのは彼も同様で、微かに驚いた顔になっていた。
しかし、Aliceはそれすらも無視して、満面の笑みで可憐な口を開く。
「ねぇ雪夜くん、次の連休って空いてる?」
反射的に、「またか」と言いそうになった雪夜。
今日は良く聞かれると思いつつ、平然と答えを返す。
「友人と出掛ける予定だ」
『え!?』
「Alice、ゼロ……その反応はどう言う意味だ?」
「いや、だって……なぁ?」
「ソロ至上主義の雪夜くんに友だちなんて……にわかには信じられないって言うか……」
何とも言い難い顔付きのゼロと、正直な思いを吐露するAlice。
ケーキも驚いていたのは一緒だが、2人ほどではなかった。
朱里と似たような反応をされた雪夜は憮然とし、強気な態度で言い放つ。
「見くびってもらっては困る。 現実の俺は、日頃から友人に囲まれているんだぞ?」
『ないない。 それはない』
「……無駄に息を合わせるな」
「お前が、下手な嘘をつくからだろ? 雪夜が友だちに囲まれるなんて、UR装備が10回連続でドロップするよりあり得ねぇよ」
「あはは! 確かにね~。 雪夜くん、変に見栄を張るのはやめたら~?」
顔の前で手を左右に振って、Aliceとゼロは即座に否定する。
それを受けた雪夜は、ますます機嫌を傾けていたが、言い返すことも出来ない。
だが、このまま敗北を受け入れるのは、彼の負けず嫌いが許さなかった。
「日頃から囲まれているのは嘘だが、予定があるのは間違いない」
「え~? ホントに~?」
「Alice、キミが信じようが信じまいが、事実は事実だ。 それとも、明確に嘘だと言う証拠でもあるのか?」
「それはないけど……」
「だったら、この話はここまでだな。 手持無沙汰なのはわかるが、あまり気を抜き過ぎるな」
「は~い」
雪夜に窘められたAliceは、大人しく防衛に戻った――が――
「じゃなくて! 連休どっちも予定があるの!?」
ずいっと雪夜に詰め寄って、猛烈な勢いで尋ね掛けた。
彼女のただならぬ様子に内心で困惑しながら、雪夜は敢えて淡々と問い返す。
「だったらどうする?」
「初日、あたし久々のオフ……コホン、お休みなんだけど……」
「だから何だ?」
「前に約束したじゃない! 休みが合ったら、雪夜くんの時間をくれるって!」
「覚えていないな」
「あ~! それはズルい! 酷い! 鬼畜! 悪辣! 残虐! 卑劣! 極悪!」
意趣返しを込めて雪夜がそっぽを向くと、Aliceは涙目で彼に指を突き付けて、ギャアギャアと喚き出した。
そんな彼女を見て、流石に大人気ないと反省した雪夜は、溜息交じりに声を落とす。
「冗談だ。 その日は空いている」
「ホント!?」
「今日のキミは、いつもより俺を疑っているな。 嘘だと言って欲しいか?」
「ご、ごめん! 言わないで!」
「Aliceちゃん、必死だな……」
「だってゼロさん、1日お休みなんて滅多にないんだもん!」
「へぇ、忙しいんだな。 ちなみに、俺も空いてんだけど?」
「あ、そうなんだ。 ゆっくり休んでね」
「……雪夜、泣いて良いか?」
「俺に聞くな」
シクシクと涙するゼロを、雪夜はバッサリ斬り捨てた。
それによってゼロは更に落ち込んでいたが、雪夜は気にせず話を進める。
「それで、俺はAliceに1日付き合えば良いのか?」
「うん!」
「わかった。 どこに行きたいんだ?」
「えっと、まだ決めてないけど……。 当日までには考えとくから、雪夜くんも考えて来て!」
「俺も? キミの行きたいところで良いんだが」
「良いから、良いから! ちゃんと考えてよね!」
「約束と少し違うが……わかった」
「わ~い!」
今度こそ雪夜と約束を交わしたAliceは、万歳しながらピョンピョンとジャンプした。
あまりにも無邪気な姿に、思わず雪夜の苦笑している。
非常に微笑ましい空気が充満しており、周囲のプレイヤーは一層ヘイトを雪夜に集めていた。
その一方で――
「良かったのか、ケーキちゃん?」
2人を黙って眺めていたケーキに、ゼロが声を掛ける。
対するケーキはドキリとしたが、澄まし顔で言い放った。
「何のことですか?」
「無理すんなって。 ホントは、割り込みたいんだろ?」
「そうだとしても、貴方にとやかく言われることではありません」
「そりゃそうだ。 けどよ、放っておいたら持って行かれるかもしれねぇぜ? それでも良いのかよ?」
「……良くないです。 ですが、前回の侵攻を退けられたのは、彼女のお陰でもあります。 その恩を忘れてはいません」
「あー、なるほどなぁ。 まぁ、ケーキちゃんが納得してるなら、俺からこれ以上言うことはねぇか」
そう言ってゼロは、ケーキの傍から離れた。
彼の背中をケーキはジッと見つめ、次いで雪夜たちに視線を転じる。
雪夜は自然体だがAliceは非常に楽しそうで、そんな彼女がケーキは羨ましくなった。
それでも今回だけは譲ろうと決意して、嫉妬心を抑え付ける。
沸々とフラストレーションが溜まるのを自覚しながら、ケーキは防衛に専念し、ようやく22時になった。
すると――
「おっと」
「やはり来たか」
ゼロと雪夜が、ほぼ同時に声を漏らす。
空に巨大なウィンドウが展開し、表示されているのはGENESISのマーク。
ケーキとAliceも反応しており、周囲のプレイヤーも同様。
しかし、取り乱している者はおらず、神妙な顔付きでそのときを待っていた。
そのことに雪夜は胸中で満足しつつ、静かに耳を傾ける。
『クエスト名、アンリミテッドクエスト』
それだけ言い残し、消えるウィンドウ。
アンリミテッド。
無限、あるいは無制限など。
単純に意味を考えた雪夜だが、どのような内容かはまだ見えて来ない。
それは周囲のプレイヤーたちも一緒で、難しい顔で話し合いを始めている。
ケーキたちも何やら考え込んでいたが、ひとまず雪夜は呼び掛けた。
「ちょっと集まってくれるか?」
「うん? どうしたの?」
「何か思い付いたのか?」
雪夜の声を聞いて、Aliceとゼロが問い掛ける。
ケーキは何も言わなかったが、視線で訴え掛けていた。
3人が近くに寄って来るのを待った雪夜は、少し声量を落として言葉を連ねる。
「貴音ちゃんに、意見を聞こうと思う。 運営側から見たとき、アンリミテッドと名付けるクエストがどう言うタイプになりそうか、参考になるかもしれない」
「あ、なるほど! 良いと思う! じゃあ、早速――」
「待て、Alice。 ここでは不味い」
「え? どうして?」
「ここで彼女と話すのは、目立ち過ぎるだろう。 場合によっては、俺たちだけ特別扱いされていると思われて、他のプレイヤーから反感を買う恐れもある」
「あぁ、あり得るな。 実際、俺らってかなり特殊な立ち位置だし。 じゃあ、昨日の喫茶店にでも行くか?」
「ゼロの案でも良いんだが、クエストに行かないか?」
「クエストですか?」
「そうだ、ケーキ。 クエストの空間なら、内密な話をするのに適しているからな。 何より、このメンバーの実力を試したい」
「良いね! EGOISTSの初クエストだ!」
両手を「パン」と胸の前で合わせて、喜色満面なAlice。
そんな彼女に苦笑しつつ、雪夜はしっかりと頷いて告げた。
「あぁ。 仮とは言えチームである以上、互いの実力は把握している方が良いだろう。 特にゼロ。 お前の力は、正直まだ未知数だ」
「オーケー、雪夜。 好きなクエストに連れて行けよ」
「頼もしいな。 ケーキも、それで構わないか?」
「はい、雪夜さん。 わたしも新しい装備を、慣らしておきたいので」
そう言って、ドレスの裾を摘まむケーキ。
少しばかり顔を紅潮させており、明らかに何かを期待しているが――
「……行くか」
雪夜は目を背けて、パーティ申請を送った。
彼の態度にケーキは頬を膨らませ、ゼロは口を押さえて笑いを堪えている。
ちなみにAliceは、雪夜にジト目を向けていた。
ケーキとは張り合うことも多い彼女だが、同じ女性として服装を褒めて欲しい気持ちはわかっている。
しかし雪夜は華麗に受け流し、平坦な声で言い放った。
「行くぞ」
「ぷ……お、おう」
「……はい」
「まったく、ホントにもう~」
三者三様の返事を受けた雪夜が、クエストを選択して受注する。
そうして微妙な関係のEGOISTSは、初めてのパーティ戦に挑むのだった。
ここまで有難うございます。
面白かったら、押せるところだけ(ブックマーク/☆評価/リアクション)で充分に嬉しいです。
気に入ったセリフがあれば一言感想だけでも、とても励みになります。