第5話 使命
その日の放課後、雪夜は朱里と並んで家路を辿っていた。
剣道部が休みの日であることに加え、朱里は相変わらずガルフォードの策略を警戒している。
周囲をきょろきょろと確認し、いつでも竹刀を抜ける体勢だ。
その真剣さに、雪夜は苦笑しつつも止めることなく、好きにさせていた。
もっとも、こうして2人で下校しているのには、別の理由もあった。
「朱里が師範に会うのは、いつぶりだ?」
「え? あ、えっと、受験に合格したあと、挨拶したとき以来かな」
「そうか。 だが、稽古を受けるのは久しぶりだろう? きっと、楽しみにしているぞ」
「う……。 プレッシャー掛けないでよー。 師範、普段は優しいけど、剣道になると厳しいんだからー」
「気負う必要はない。 いつも通りの朱里を見せれば良いだけだ」
「それが難しいんだってば……」
大きく溜息をつき、肩を落とす朱里。
彼女が所属する剣道部は、部活動としての稽古が基本だが、個人的に道場へ通うことは禁止されていない。
朱里は過去に雪夜と同じ道場に通っており、今日はそこへ出稽古に行く約束をしていた。
雪夜と一緒に帰れる口実もあって、軽い気持ちで決めたはずが――実際には修司の剣道への情熱を知るだけに、「付いて行けるのか?」という不安の方が大きかった。
その心を見透かしたように、雪夜が柔らかい声で言う。
「安心しろ、朱里。 真剣に取り組んでいれば、師範は理不尽に怒ったりしない」
「それって、正当な理由なら怒るってことじゃないの……?」
「勿論、間違ったことをしていれば指導はされる。 だが、稽古を受ける以上は当然じゃないか?」
「セツ兄は良いよね……。 どーせ、ほとんどそんなこと言われないんでしょ?」
「馬鹿を言うな。 手合わせする度に、いつも何かしら言われるぞ」
「え? 本当に?」
「当たり前だろう。 俺だって、まだまだ未熟だ。 学ぶことも直すことも、山ほどある」
「そうなんだ……」
その言葉に、朱里の表情が僅かに和らぐ。
圧倒的に強い雪夜でさえ、常に指導を受けているのだ。
自分が怖がっていては上達など望めない――そう思うと、胸の中にほんの少し勇気が戻って来た。
そして立ち直ったその時、ふとあることを思い出す。
それは、雪夜の予定を大きく左右する切っ掛けとなった。
「そう言えばセツ兄、今度の連休は何かするの? GENESISクエストの対策とか?」
「今のところ、友人と出掛ける予定になっている。 GENESISクエストに関しては、今は何とも言い難い。 今後の情報次第だな」
「え!? セツ兄が友だちとお出掛け!? 嘘でしょ!? 今日ってエイプリルフールだったっけ!?」
「失礼だな……。 俺に友人がいたら、おかしいか?」
「お、おかしいとは言わないけど、もうずっとそんなことなかったし……」
「それは確かにそうだ。 だが、嘘じゃない。 ……俺にドッキリが仕掛けられていなければ」
「だ、大丈夫だって! たぶん、きっと、恐らく……」
「自信なさそうだな」
「うーん、どうしてもピンと来ないんだよねー。 ちなみに、何人くらいで遊ぶの?」
この質問は、深い意図もなく口にしたものだったが――
「俺を含めて、6人だと聞いている」
「6人……? 随分と多いね?」
「俺もそう思ったが、間違いない」
「……ちなみに、内訳は?」
「内訳?」
「だから……男女比だよ」
「男子3人、女子3人らしい」
「それって……」
合コン?
その単語が喉まで出掛かった瞬間、朱里は咄嗟に飲み込んだ。
雪夜は首を傾げるが、朱里は真剣な眼差しに変わり、問いを重ねる。
「メンバーって、全員うちの生徒?」
「みたいだな。 クラスはバラバラだが、同学年だと言っていた。 俺が知っているのは、誘ってくれた1人だけだな」
「そうなんだー。 どこに行くかは決まってるの?」
「取り敢えず街に出る。 いろいろ見て回ってから食事をして、カラオケに行くと聞いたな。 カラオケは初めてだから、少し不安だ……」
「あはは、セツ兄なら大丈夫だよー。 で、何時にどこ集合なの?」
「10時に駅前のモニュメントだが、それがどうかしたのか?」
「ううん、気にしないで。 そっかー、楽しそうだねー」
「そうだな。 正直に言うと緊張もあるが、楽しみたいと思う」
「うんうん、それが良いよー」
「そう言う朱里こそ、何か予定はないのか?」
「あるよー。 すっごく、大切な用事がね」
「……そうか」
笑顔を崩さぬまま、しかし瞳だけは妙に鋭い朱里。
その圧に、雪夜はそれ以上追及出来ず、2人は無言で道場へと向かう。
雪夜は隣から伝わる不思議な気迫に首を傾げ、朱里は笑みを保ちながら心の中で固く誓う。
(セツ兄に相応しい女の子かどうか、あたしが見定めなくちゃ!)
恋心ではない。
ただ、度を超えた「幼馴染としての保護本能」ゆえの使命感――それが朱里を突き動かしていた。
やがて道場に到着し、2人はそれぞれの思いを胸に稽古へ臨む。
雪夜はいつも通りの真面目さで、朱里は尋常ならざる集中力で。修司は彼女の変化を不思議に感じつつも、敢えて何も言わず見守った。
稽古を終えて修司に礼を述べた2人は、家の前で別れる。
結局最後まで、雪夜が朱里の胸の内を察することはなかった。
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