第2話 新戦力
その日の夜、23時頃。
何事もなく防衛を終えた雪夜は、素材集めとアイテムドロップを目的に、洞窟のフィールドダンジョンを訪れていた。
本来なら、強力なフルパーティで挑まなくては危険な場所だが、彼にとっては単なる狩場の1つ。
素材以外は大した収穫もなかったものの、それなりに緊張感のある戦いが出来たことには、満足していた。
やはり、ベルセルク。
何はともあれ一仕事終えた雪夜が外に出ると、ゲーム内の時間も夜中になっていた。
満天の星が美しく、しばし立ち止まって眺め続ける。
そうして、ちょっとしたインターバルを挟んだ彼は、続いて別のダンジョンに潜ろうとしたが――
「む……?」
通信が入る。
ソロプレイを続けていた彼には珍しいことで、思わず声を漏らしてしまった。
だが、相手を確認して、気負うこともなく応答する。
「どうした?」
『あ……! す、すみません、今お時間はありますか……?』
ウィンドウに映ったのは、何やら顔を赤らめてモジモジしたケーキ。
不審に思った雪夜だが、その思いには蓋をして言い返した。
「ダンジョンから出たばかりだから、大丈夫だ。 何かあったか?」
『実は……ようやく、レベルが60になりました』
「そうか……。 本当に早かったな、良く頑張った」
『あ、有難うございます! これも、雪夜さんが『プリンセス・フルール』をプレゼントしてくれたお陰です!』
満面の笑みを浮かべたケーキが、大事そうに『プリンセス・フルール』を抱える。
最近はことあるごとに、雪夜からのプレゼントを強調していた。
彼は何度か、プレゼントと言うつもりではなかったことを伝えたが、ケーキにとっては関係ない。
雪夜に何かをもらったと言う事実が、全てなのだ。
そんな彼女に彼は困りつつ、窘めることが出来ない。
今回も嬉しそうなケーキを、苦笑混じりに眺めていたが、それで済ませられない者がいる。
『ケーキちゃ~ん? 他にもお礼を言う人がいるんじゃないかな~? 高いお金を払って、何回もライズクエストに連れて行ってあげたのは誰かな~?』
画面の外から割り込むように入って来たのは、笑顔ながらこめかみをひくつかせたAlice。
彼女の言うことももっともだと思った雪夜だが、ケーキの反応は冷たかった。
『有難うございました』
『雑過ぎない!? あたし、結構頑張ったんだけど!?』
『ですから、感謝しているではないですか』
『だから、その感謝が薄いと言うか何と言うか……』
『海よりも深く感謝しています。 空よりも青く』
『青さ関係ないよね!?』
『そうですか』
『な~んか、納得出来ないけど……もう良いよ……』
ガックリと肩を落として溜息をつくAliceを、澄まし顔で見つめるケーキ。
しかし、あることに気付いた雪夜が黙っていると、しばししてケーキが口を開いた。
『その……本当に感謝しています。 Aliceさんのお陰で、わたしは雪夜さんと肩を並べて戦えるようになりました。 ですから……有難うございます』
『……! ケーキちゃん……どういたしまして!』
顔を背けながら小さく紡がれた、ケーキの言葉。
それを聞いたAliceは目を丸くして、次いで花のような笑みを咲かせた。
美少女たちのやり取りを微笑ましく思っていた雪夜だが、すぐに表情を引き締めて告げる。
「ケーキ、次は装備だな。 『プリンセス・フルール』だけでも相当強力だが、あと2箇所も出来ればUR装備にしたい」
『あ……そうですね。 実はもう、どのUR装備にするかは決めているのです』
『え、そうなの? どれどれ?』
『『プリンセス・ドレス』と『プリンセス・ミラー』です』
『あ~……。 まぁ、そうなるよね。 でも、かなり大変だよ?』
『承知の上です』
やる気満々なケーキに対して、Aliceはあまりお勧めしたくないらしい。
それも致し方ないだろう。
何故なら『プリンセス・ドレス』と『プリンセス・ミラー』も、『プリンセス・フルール』と同様に、剣姫からしかドロップしない超貴重な装備だからだ。
UR装備と言うだけでも厳しいのに、ドロップ相手がCBO最強。
オマケに1日1回しか挑戦出来ない。
普通にプレイ出来るならともかく、生存戦争と言う限られた状況下で狙うには、あまりにも望みが薄過ぎる。
だからこそAliceは止めたいのだが、雪夜はこの展開も予想していた。
「ケーキ、質問がある」
『は、はい、何でしょうか?』
「キミは、装備はなるべく自分で集めたいタイプか? それとも、どちらでも良いタイプか?」
『……どちらでも構いませんね。 ましてや今は、生存戦争で生き残る為に必要だと思うので』
「わかった。 だったら、話は早い」
『え?』
「俺の持っている、『プリンセス・ドレス』と『プリンセス・ミラー』を渡す。 ただし、貸すだけだ。 生存戦争が終わるか、自力で手に入れたら返してもらう」
『い、良いのですか……?』
「自分で言っていただろう? 生存戦争で生き残る為だ」
『あ、有難うございます! あ……そうなると、『プリンセス・フルール』もお返しした方が良いでしょうか……?』
途端に悲しそうな顔になったケーキ。
その理由を察した雪夜は、微妙に視線を彷徨わせながら言い放つ。
「いや、それに関しては必要ない。 既に譲渡した物だからな」
『そ、そうですか……。 有難うございます』
あからさまにホッとして、ケーキは『プリンセス・フルール』を強く抱き締めた。
それほど彼女にとっては、大事な宝物なのだ。
しかし、2人のやり取りを聞いていたAliceは、見過ごすことが出来ない。
『む~! じゃあ、『プリンセス・ドレス』はあたしが貸してあげる!』
『いえ、わたしは雪夜さんから――』
『駄目! それともケーキちゃんは、雪夜くんにばかり負担を掛けても良いの?』
『それは……良くないです』
『だよね! てことで、雪夜くんは『プリンセス・ミラー』だけお願い! あ、強化はしてないけど、それは良いよね?』
「……あぁ、そこは本人に任せよう」
『オッケー! じゃあ、いつものところで待ってるから! ケーキちゃん、行くよ!』
『ち、ちょっと……。 せ、雪夜さん、またあとでです』
Aliceに強引に腕を引かれたケーキが、問答無用で通信を切らされる。
少女たちの複雑な心境を、雪夜は推し量れずにいたが、ひとまず町に戻るべくポータル端末を利用しようとして――『無命』を抜き放った。
同時に振り向き、背後から飛来した何かを弾き落とす。
何事か――と思うこともなく、嘆息して襲撃者に声を発した。
「相変わらず手荒な挨拶だな、ゼロ」
「いやいや、この程度が通用するお前じゃないだろ?」
「通用する、しないの問題じゃないんだが……。 それより、今日はどうしたんだ? 何か用事でもあるのか?」
「用事と言うか、報告みたいなもんだな。 取り敢えず、そっちに行くぜ」
「いきなり斬り掛かって来ないだろうな?」
「はは、しねぇよ」
雪夜の視線の先、大木の枝に佇んでいたゼロが、跳躍して彼の目の前に立つ。
何気ない動きだが、これだけでもゼロがただ者ではないと、雪夜は改めて感じていた。
そんな彼にニヤリと笑ったゼロは、楽しそうに宣言する。
「リアルの方が落ち着きそうでな。 俺もこれからは生存戦争に、本格参入出来そうだ。 まぁ、毎日防衛出来るかはわからねぇけど」
「そうか、それは助かる。 お前がいるといないとでは、CBOの戦力は大きく変わるからな」
「おいおい、あまり買い被るなよ? 俺にお前と同じような働きを期待されても、はっきり言って困るぜ?」
「俺と同じ働きは期待していない。 だが、お前にはお前にしか出来ないこともあるはずだ」
「まったく、物は言いようだな……。 まぁ、良いか。 俺としても、お前らと一緒に戦いたいとは思ってたからな」
「お前らと言うことは、こちらのパーティに入るつもりなのか? 以前のGENESISクエストで組んだ、他のメンバーはどうした?」
雪夜としては素朴な疑問だったが、ゼロは少し寂しそうな顔になりつつ、平然と言葉を連ねた。
「脱落した。 この間の、SCO侵攻のときにな」
「……そうか」
「何を暗い顔してんだよ。 まさか、お前が遅れたから仲間が脱落しただなんて暴論、本気にしてねぇよな? そんなことを言い出したら、俺なんか最初から最後までいなかったぜ?」
「そうだな……。 俺にもお前にも、責任はない」
「そうそう。 気にすんなって」
ゼロに笑顔を向けられた雪夜は、苦笑を返した。
この青年を相手にすると、微妙に調子を崩されてしまう。
だが、それは決して悪い意味ではなかった。
そう言う観点から見れば、宗隆に通じるものがあるかもしれない。
などと思いながら表面には出さずに、淡々と口を開く。
「今からケーキたちのところに行くんだが、お前もどうだ? 今後一緒に戦うなら、紹介しておきたい」
「ほう、ソロのお前が他人を紹介ねぇ。 随分と丸くなったじゃねぇか」
「……やはりやめておこう」
「じ、冗談だって! それに悪いことじゃねぇだろ? 人付き合いは、MMOにおいては大事な要素だぜ?」
「お前だって、基本はソロなんだろう?」
「前にも言ったろ? 俺は気紛れで、たまにパーティに入ったりはするんだよ。 だから、こう見えてフレンド自体はそれなりにいるんだぜ?」
「俺からすれば、それはもうソロじゃないな」
「はは! 別に俺は、ソロプレイを極めるつもりなんてねぇからな。 それより、早く行こうぜ。 ケーキちゃんたちが、待ってるんだろ?」
「……そうだな、行こう」
雪夜は尚も言い返そうとしたが、これ以上ケーキたちを待たせる訳には行かないと考え、言葉を飲み込んだ。
ゼロと揃ってポータル端末にアクセスし、拠点の町に飛ぶ。
こうしてCBOに、新たな戦力が正式に加わるのだった。
ここまで有難うございます。
面白かったら、押せるところだけ(ブックマーク/☆評価/リアクション)で充分に嬉しいです。
気に入ったセリフがあれば一言感想だけでも、とても励みになります。