第30話 決着
【ソード・クロニクル・オンライン】、通称SCOは、4大タイトルの1つ。
七剣星は、『レジェンドソード』を持つSCO最高戦力。
上記のことは、VRMMORPGプレイヤーなら、誰もが知っている常識。
そしてアルドとカインは、下位とは言え七剣星に名を連ねる、トッププレイヤー。
これに関しても、今までの侵攻具合から考えれば、異を唱える者は少ないだろう。
しかし、だからこそ――
「くそぉッ!」
この光景が現実だと思えないプレイヤーは、少なくなかった。
カインの連撃を、ことごとく回避する雪夜。
たった2発。
それさえ叶えば、カインは雪夜に勝てる。
だが、その2発が、どこまでも遠い。
このようなことが可能なのは、彼が『影桜』の『移動速度10%上昇』を持っているからではあるが、決してそれだけではなかった。
「右の袈裟斬りから、左の斬り上げ」
「な……!?」
「2連続の回転斬り」
「くッ!」
「同時突き」
「黙れッ!」
「跳躍して、交差斬り」
「な、なんで……!?」
カインが動き出す前に、呟く雪夜。
それに対して彼は挙動を変更が出来ず、言われた通りの攻撃をしてしまう。
まるで未来予知のようだが、当然ながら雪夜にそのような超常的な力はない。
ただし、限りなくそれに近いことなら出来る。
何故なら彼は、ケーキに負けないほどカインの攻撃パターンや癖を把握しており、何より――
「懐かしいな」
「あ!?」
「いや、当時は双剣使いが最も多かったんだ」
「テメェ! 何の話をしてやがる!?」
「気にするな。 それより、そろそろ終わらせよう。 ケーキにもう1つ回復アイテムを使わせるのは、勿体ないからな」
「舐めんなぁぁぁッ!!!」
実のところ雪夜は、元SCOプレイヤー。
双剣使いとの対戦経験は、数え切れないほどある。
『レジェンドソード』は入手しておらず、大会に出ていないので知名度もないが、己の剣技のみで1度はトップクラスの実力を身に付けた。
そんな彼から見てカインは、「そこそこ」と言ったレベル。
『レジェンドソード』所持者にありがちな、武器の強さに頼って、剣技を磨くことを忘れた者の末路。
ある種、残念な気持ちになった雪夜は、チラリとケーキを見た。
助けに入ってすぐに回復していたが、再びHPゲージが50%を切ろうとしている。
カインを倒さない限り、継続ダメージは残るからだ。
雪夜が戦いを長引かせていたのは、第七星の強さを肌で感じる為だったが、心の奥底では別の思惑もある。
自分でも認識出来ていない、その衝動に突き動かされた雪夜は、遂に反撃に転じた。
カインが振るった、右手のティルヴィングに狙いを定め、『無命』を一閃する。
的確に手元にヒットさせた結果、どうなるかと言うと――
「……ッ!? くそッ!」
「次は左だ」
「テメェ……!」
右手のティルヴィングが弾き飛ばされ、残るは左手のみ。
歯を剥き出しにして、狂ったような形相になったカインが、1本となったティルヴィングで斬り掛かる。
しかし、そのような雑な攻撃が通じる雪夜ではなく、無感動に左手の1本も弾き飛ばした。
無手になったカインは恐怖に顔を引きつらせ、無意識のうちに1歩、2歩と後退する。
対する雪夜はスタスタと歩み寄り、目の前に立って言葉の斬撃を浴びせた。
「どうした第七星? まだ武器は持っているだろう? それとも、『レジェンドソード』がなければ何も出来ないのか?」
「う……あ……」
「所詮はそんなものか。 剣姫に比べれば……いや、比べるのも馬鹿馬鹿しいほどの弱者だな」
「た……頼む! 見逃してくれ!」
「お前にそう言ったプレイヤーは、今まで何人いた? そして、何人見逃して来た?」
「そ、それは……」
「答えられないだろうな。 どちらにせよ、お前はここで終わりだ」
「う……うわぁぁぁ!!!」
情けなく叫びながら、転ぶように逃げ出すカイン。
その姿を冷徹に見ながら、雪夜は【瞬影】で追い付き、【爪牙】を連続で放った。
多数の剣閃がカインを襲い、斬り刻む。
しかし彼は、敢えて防具の上に当てることで、ダメージを抑えていた。
それが意味するのは――
「どうだ? 徐々にHPゲージが減って行く気分は? お前の好きなことだろう?」
「ひ、ひぃ! やめてくれぇ!」
「逆の立場になった途端、それか。 子どもの頃、自分が嫌なことは他人にするなと教わらなかったのか?」
「わ、悪かった! 俺が悪かったから、もう許してくれ! そ、そうだ! SCOの情報を教えてやるよ! だから――」
瞬間、雪夜の【閃裂】がカインの首を断つ。
それによってHPゲージはあっさりと消滅し、脱落となった。
カインが消えたあとを冷然と見据えていた彼は、底冷えする声で言い放つ。
「俺が嫌いなことを教えてやろう。 裏切りだ。 もう聞こえていないだろうが」
雪夜の声は、草原を吹き抜ける風に攫われて行った。
少しばかり寂し気な表情になったが、彼はすぐに立ち直ってAliceに連絡を入れる。
すると即座に応答があり、凄まじい剣幕で問い掛けて来た。
『どうなった!?』
「落ち着け。 ケーキは無事だ。 第七星も倒した。 第六星はどうだ?」
『良かったぁ~……。 勿論、コテンパンにしてやったよ!』
「流石だな」
『えっへん!』
両腰に手を当てて胸を張るAlice。
そんな彼女に苦笑を浮かべた雪夜だが、表情を引き締めて告げる。
「浮かれるのはそこまでだ。 まだ、侵攻自体は続いている」
『あ……。 そ、そうだったね。 どうしよう?』
「他のCBOプレイヤーたちに、七剣星の2人を倒したことを伝えてくれ。 そうすれば、SCOプレイヤーたちも知ることになるだろう。 主力を失ったとなれば、撤退する可能性が高い」
『りょーかいだよ! すぐ連絡してみるね!』
「あぁ、頼んだ」
そう言って通信を切った雪夜は小さく息をつき、いつの間にか近くに来ていたケーキに目を向ける。
彼女の顔には、柔らかな微笑が浮かんでいるが――
「無理しなくて良い」
「え……?」
「遅れてすまなかった。 怖い思いをさせたな」
「そ、そんな。 雪夜さんが謝ることなんて、何も……」
そこで、ケーキの言葉が途切れる。
口を堅く引き結び、何かを耐えているようだ。
強情な彼女に溜息をついた雪夜は歩み寄り、少し躊躇いながら優しく頭を撫でて、言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
「無理しなくて良いと言っただろう」
「……う……ひっく……こ、怖かったです……」
「そうだろうな」
「もう……駄目かと思いました……」
「良く最後まで諦めなかった」
「せ、雪夜さんは……必ず、来てくれると、信じていました……けれど……それでも、怖かったです……」
「本当にすまない」
「時間を、稼ぐ為に……話したくもない相手と……我慢して、たくさん話しました……」
「頑張ったな」
「何より……雪夜さんに……頼らなければならなかった、自分が……情けなくて、仕方ないです……」
「そんなことはない。 CBOが生き残れたのは、キミが第七星を抑えてくれていたからだ。 そうじゃなければ、とっくに落とされていただろう」
「せ、せつ……雪夜さ……う……うわぁ~ん!」
堪え切れなくなったケーキが、雪夜の胸に飛び込んで泣きじゃくる。
しっかりと受け止めた彼は頭を撫で続け、背中をポンポンとしていた。
そんな2人を、雲の切れ間から差し込んだ陽の光が、優しく照らしている。
こうして、CBOはSCOの侵攻を退けたのだが、全てが終わった訳ではない。
むしろ、ここからが本当の戦いだ。
そのことを履き違えていない雪夜は、ケーキをあやしながら遠くを眺め、鋭く目を細める。
明日以降も続く戦いを念頭に起き、今後の動き方を思案していた。
SCOに勝ったニュースは、すぐにでも知れ渡るだろう。
そのとき、他のタイトルがどう出るのか、まだわからない。
SCOとの再戦も、充分にあり得た。
次のGENESISクエストのことも、考える必要がある。
不安材料を挙げれば枚挙にいとまはないが、だから何だ。
自分は自分の全力を尽くし、生き残りを目指す。
アルドとカインの脱落を知ったのか、SCOの軍勢が大慌てで撤退して行くのを見送りながら、雪夜は決意を新たにした。
尚このとき、すっかり立ち直ったケーキは、幸せそうに雪夜の胸に頬擦りしていたのだが――それは別のお話。