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第29話 超本気

 時は、開戦直後まで遡る。

 仲間たちを送り出したAliceは、ウィンドウを開いて戦況を見守っていた。

 余裕など一切なく、押されていることは否定出来ないが、辛うじて踏ん張れているのも間違いない。

 このままではいずれ負けてしまうとしても、七剣星さえなんとか出来れば、勝機はあるかもしれないと彼女は考えた。

 だが、それこそが最難関。

 数多のタイトルを落として来た彼らに対して、同じ考えを持ったプレイヤーは他にもごまんといる。

 ところが、その全てが失敗に終わり、敗北を喫していた。

 だからこそ、Aliceは自分が七剣星に勝てるのか、自信を持てずにいる。

 それでも――


「……あたしがやるしかないんだよね」


 小さく呟いて、喝を入れた。

 画面上に映っているのは、カインと勇敢に戦っているケーキ。

 レベルも装備も格段に劣っているにもかかわらず、欠片も引けを取っていない。

 そんな彼女を素直に尊敬したAliceは、ウィンドウを消して正面を見据えた。

 その顔には勝気な笑みが浮かんでおり、はっきりと宣言する。


「負けないよ、ケーキちゃん。 雪夜くんの隣は譲らないんだから!」


 『クリスタル・ロッド』をクルクルと操って構えた彼女は、【イグニス・フレア】を発動した。

 それと同時に、正面の大通りから獄炎が走って来たが、爆発によって相殺する。

 なんとか初撃を防ぐことの出来たAliceは嘆息しつつ、強気に言い放った。


「それだけの武器を持っておいて不意打ちとか、格好悪いにもほどがあるんだけど?」

「ちッ! CBOの女は、どいつもこいつも生意気なのか? ちょっとマグレが出たからって、調子に乗ってんじゃねぇぞ?」


 焼き払われた大通りから姿を現したのは、第六星アルド。

 クリスタルを背後に庇ったAliceは前に出て、真っ向から睨み合う。

 レーヴァテインの威力は凄まじく、他のタイトルへの侵攻で確認したところ、7発で粉砕されていた。

 そのことを思えば、1発たりとも通さないくらいのつもりでいなければならないと、Aliceは自分に言い聞かせている。

 胸中では緊張しており、鼓動も速くなっているが、彼女は現役のアイドル。

 どのような状況でも笑顔を絶やさないのは、得意中の得意だ。


「今のがマグレだって思うんだ~。 七剣星って言っても、大したことなさそうだね~」

「あぁ!? 舐めてんのか!?」

「そうやって大声出すのも、格好悪いよ? 本当に強い人は、むやみに他人を威嚇したりしないんだからね~」


 ニコニコと笑って、挑発するAlice。

 かなり危険な賭けだと思いつつ、彼女はアルドの平常心を奪う作戦に出た。

 格上に勝つには、それくらいのリスクを取る必要があると思っている。

 そして彼は、沸点の低い人物だ。


「もう許さねぇッ! 燃え尽きやがれッ!」


 まんまと挑発に乗ったアルドは、レーヴァテインを振り下ろして獄炎を放った。

 先ほどよりも火力が高く、Aliceはなす術もなく灰燼と化すかに思われたが――


「えい!」

「んだと!?」


 またしても、【イグニス・フレア】で相殺。

 断っておくと単純な威力だけで言えば、レーヴァテインの方が圧倒的に上だ。

 仮にまともにぶつかり合えば、Aliceは【イグニス・フレア】ごと飲み込まれるだろう。

 それではどうして、彼女が生き残れているのかと言うと――


「ふ~ん、雪夜くんの言う通りだね」

「あ!? 何の話だ!?」

「もう、だから声が大きいってば。 あと、わざわざ相手の弱点を教える訳ないでしょ?」

「弱点だぁ? レーヴァテインに、そんなもんはねぇ! こいつは、どんなものでも燃やし尽くすんだよ!」

「ふふ、そうだね~。 凄い凄い」

「馬鹿にしやがって……! 死ね! クソアマ!」


 憤怒に駆られて、獄炎を繰り出し続けるアルド。

 しかし、Aliceは鼻歌交じりに相殺し、クリスタルを守り続けた。

 どれだけ繰り返しても突破出来ないことに、流石のアルドも戸惑いを隠せない。

 それに対してAliceは、何やら複雑そうな顔をしている。

 そのことに気付いたアルドが訝しそうにしていると、彼女は言い難そうに声を発した。


「あのさ、ちょっと聞いても良い?」

「あん!? 何だ!?」

「キミたちってさ、本当に七剣星なの?」

「はぁ? 今更、何を言ってんだ? そうに決まってんだろ!」

「う~ん……。 な~んか、信じられないんだよね~。 実は偽物じゃないの?」

「テメェ! さっきから何を言ってやがる!?」

「いや、だって……」


 そこで言葉を切ったAliceが、獄炎を相殺しながら笑顔で言い放つ。


「思ったより、ずっと弱いんだもん」

「はぁ!?」

「ケーキちゃんの相手だって、あの子のレベルと装備が万全なら、とっくに負けてると思うよ? それくらい、実力に差があると思う」

「ふざけやがって……! 守るのが精一杯の奴が、調子に乗ってんじゃねぇぞ!?」

「まぁ、確かにね。 今のままじゃ、何を言っても響かないか~」

「当たり前だろうが! マグレがいつまでも続くと思ってんじゃねぇ!」


 苦笑を浮かべたAliceに、喚き立てるアルド。

 しかし、それを聞いたAliceは大きく溜息をつき、「やれやれ」とばかりに肩をすくめて言葉を紡ぐ。


「キミ、やっぱり弱いよ」

「んだと!?」

「だって、全然本質が見えてないんだもん。 自分でも言ってるじゃない。 そんなにマグレが続くと思ってるの?」

「ぐ……! マジで狙って止めてるってのか……!?」

「だから、そうだってば。 どうやってるかは、教えないけどね~」

「こんの……! クソアマがぁ……!」


 ケラケラと笑うAliceを、憎悪に塗れた目で睨むアルド。

 だが、彼女が堪えた様子はなく、尚も笑顔を保っている。

 侮辱されたと感じたアルドは、怒りを炎に変えて解き放った。

 両手で握ったレーヴァティンを大上段に構え、思い切り振り下ろす。

 このときAliceは――


(……今!)


 タイミングを計り、【イグニス・フレア】を発動。

 またしても相殺されたアルドは奥歯を噛み締め、怒りのあまり震えていた。

 そんな彼にAliceは、勝ち誇った笑みを見せる。

 実のところ、彼女がここまで優位に立てているのは、雪夜からの助言があったからだ。

 その1つが、レーヴァテインから炎が繰り出されるタイミングだが、それだけではない。


(レーヴァテインは炎を撃つ前に、一瞬だけ埋め込まれた宝石が光る! それから2.26秒チャージ! 炎の威力は、剣身から2.7m離れた辺りが1番弱い!)


 雪夜の教えを、内心で何度も復唱するAlice。

 これらの特徴を利用して、彼女は的確に防衛していた。

 とは言え、教えられたからと言って、誰にでも出来ることではない。

 宝石が光るのを見逃さない観察眼。

 正確に時間を計れる能力。

 狙った場所を攻撃出来る技量。

 これらのうち、1つでも足りなければ成立しない。

 Aliceは自分が戦えているのは、雪夜のお陰だと思っているが、実際には彼女自身の力も大きかった。

 そうして暫く拮抗状態が続き、とうとうアルドの我慢が限界に達する。


「くそったれッ! こうなったら、直接叩き斬ってやるッ!」


 獄炎を放つのではなく、剣身に纏わり付かせるアルド。

 これが強化された、レーヴァテインの新たな能力だ。

 広範囲を焼き尽くすのではなく、力を集約して攻撃力を増す。

 初めて見るパターンに、Aliceは緊張感を高めた。

 ここから先は、未知の領域。

 雪夜に頼ることなく、1人で戦わなければならない。

 自分の実力をまだ自覚出来ていないAliceは、密かに恐怖していたが――


「わ~、大きなマッチ棒だね~」

「な!? テメェ、どこまでもおちょくりやがって……!」

「ごめ~ん。 ホントのこと言っちゃった~」

「クソアマ! もう許さねぇッ!」


 敢えて挑発することで、自身を奮い立たせた。

 明らかに怒っているアルドに対して、強く『クリスタル・ロッド』を握り締める。

 すると、憤怒に顔を歪めたアルドが、Aliceを害さんと踏み込み――


「ぐおッ!?」


 上空から飛来した真空刃が、彼を斬り裂く。

 鷺沼の不正な援助もあり、最大まで装備を強化しているにもかかわらず、HPゲージが目に見えて減少した。

 Aliceも驚きに目を見開いたが、次の瞬間には満面の笑みで後方に振り返る。

 そこには、建物の屋根に佇んだ雪夜の姿があり、『無命』を納刀したところだった。

 いつもの如く冷静な面持ちながら、心底安堵していることにAliceは気付いている。

 目尻に涙を浮かべたAliceは、何を言うべきかわからなかったが、感情に任せて叫んだ。


「雪夜くんの馬鹿! 遅い!」

「すまない。 あとで好きなだけ罵ってくれて良いから、状況を教えてくれるか?」

「ホントにもう……。 見ての通り、SCOが攻めて来てるの! 第六星はあたしが食い止めてるけど、他の皆は草原で大軍の相手をしてる! なんとか持ち堪えてるけど、たぶん長くはもたない! それと、ケーキちゃんが第七星と戦ってるの! だから……」


 本当はこのとき、Aliceは雪夜に助けを求めたかった。

 しかし――


「ケーキちゃんを、助けてあげて! いくらあの子でも、レベルと装備の差で苦しいと思うの!」


 そう願い出た。

 必死な様子の彼女の視線を受け止めた雪夜は、静かに告げる。


「任せろ。 必ず助ける」

「……うん」


 踵を返した雪夜をAliceは、寂し気な微笑で見送ろうとした。

 だが、その寸前で――


「Alice」

「え……? な、何?」

「もう手加減しなくて良いぞ」

「へ?」

「第六星なんか、キミの敵じゃない。 一蹴してやれ」

「雪夜くん……」

「自信を持て、Alice。 キミに勝てるプレイヤーなど、ほとんどいない」

「……少しはいるんだね」

「俺に勝てると思っているのか?」

「あ~……。 それは無理だね~」

「そう言うことだ」

「ふふ……わかった! 思い切りやっちゃうから!」

「それで良い。 またあとでな」


 その言葉を置き去りに、今度こそ去ろうとする雪夜。

 ところが、そこに立ち直ったアルドが攻撃を仕掛ける。


「この野郎ッ! 行かせるかッ!」


 血走った目で、レーヴァテインを振るう。

 極大の炎が雪夜に迫ったが、彼は振り向きもしない。

 仕留めたと思ったアルドは、ニヤリと笑ったが――


「キミの相手は、だ~れかな?」


 Aliceの【イグニス・フレア】によって、阻まれた。

 驚愕に瞠目したアルドは、憎々し気にAliceを睨み付けたが、彼女はむしろ余裕を持って宣言する。


「雪夜くんに任されたからね。 本気出しちゃうよ~!」

「うるせぇッ! さっきまでも本気だっただろうがッ!」

「まぁ、そうなんだけど。 じゃあ、ここからは超本気!」

「舐めやがって! ぶっ殺してや……!?」


 瞬間、アルドの足元から多数の土の槍が突き上がる。

 咄嗟に飛び退ったアルドだが、回避し切れず数本が体に突き刺さり、HPゲージが更に削られた。

 【グラン・ランサー】。

 指定した座標から土の槍を発生させる、魔法系アーツ。

 範囲はさほど広くないが発動が速く、察知され難い。

 また1歩、脱落に近付いたアルドは慌てて体勢を整えようとしたが、この程度は序の口だった。


「どんどん行くよ~!」

「……ッ!? クソがッ!」


 アルドの退避先を読んでいたAliceは、次なるアーツを準備していた。

 彼の頭上に光球が出現し、落雷を起こす。

 間一髪で地面に身を投げたアルドの横に着弾し、クレーターを作った。

 【サンダー・ストライク】。

 効果は見たままで、敵の頭上に雷を落とす魔法系アーツ。

 威力が高い反面、発生から攻撃までにタイムラグがあり、精確に当てるのは難しい。

 Aliceは先読みによってヒットさせようとしたが、アルドの反応が勝った。

 やはり、彼も七剣星に違いはないと言うことだろう。

 もっとも――


「はい、残念でした~」

「な!?」


 Aliceは、その上を行く。

 立ち上がったアルドの両腕と両脚を、水玉が捕らえて動きを封じた。

 強引に突破しようとしているが、ビクともしない。

 【アクア・ケージ】。

 本来の用途は、水玉の檻でモンスターを包み込み、圧殺する。

 設置型の魔法系アーツの為、迎撃用に使われることが多いが、ここでもAliceの先読みが働いた。

 そしてこの檻は、圧殺攻撃を発動しない限り、一定時間維持される。

 つまり――


「ねぇ、第六星。 あたしがCBOで、何て呼ばれてるか知ってる?」

「はぁ!? 知るかよ、そんなもん!」

「ブラッディ・アリスだって。 酷いよね~、そんな怖い名前付けるなんて。 でも、今回ばかりは正解かも」

「お、おい……。 や、やめろ! わかった! 俺たちはCBOから手を引く! だ、だから――」

「もう遅いよ。 キミたちは、やり過ぎたの。 だから、ここまで」


 『クリスタル・ロッド』をアルドに突き付け、【イグニス・フレア】を最大威力まで凝縮して溜めるAlice。

 同時に【マルチ・ゲイン】も発動し、火力の底上げも忘れない。

 全身から淡い光を発するAliceを目にして、アルドは恐怖に竦んでいる。

 しかし、彼女が容赦することはなく、ニコリと笑って告げた。


「ばいば~い」

「く……くそぉぉぉぉぉッ!!!」


 アルドの絶叫を、【イグニス・フレア】の爆音が掻き消した。

 あとには巨大なクレーターと、吹き飛ばされた街並みが残っている。

 一応言っておくと、この町はすぐに修復されるので、心配無用だ。

 こうして七剣星の1人を圧倒したAliceは、大きく息をついて空を見上げる。

 そして、ポツリと呟いた。


「あたしって……もしかして強い?」


 可愛らしく小首を傾げて、今更過ぎることをのたまうAlice。

 彼女とてCBOではトップクラスな自覚があったが、まさか七剣星に匹敵するとまでは思っていなかった。

 雪夜に背中を押され、アルドを倒したことでその殻を破り、本当の意味でトッププレイヤーの仲間入りを果たす。

 そのことが嬉しいかと言うと、Aliceは何とも微妙な気分だった。

 どうせトップになるなら、ゲームよりもアイドルが良い。

 だとしても、生存戦争に対して以前より前向きになった彼女にとっては、プラスの材料である。

 なんとなく苦笑を浮かべたAliceは、町の外の草原に向かって、悪戯っぽく言い放った。


「第七星なんて敵じゃないよね、雪夜くん?」


 その声が彼に届くことはなかったが、Aliceは全く疑っていない。

 そうして此度の戦いは、決着を迎えようとしていた。

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