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第28話 推参

 夜19時過ぎ。

 CBOのクリスタル付近では、ちょっとした騒ぎが起きていた。

 何故なら、いつも欠かさず防衛に参加していた雪夜が、未だにログインしていないからだ。

 彼のことを憎く思っているプレイヤーたちも、本心では頼りにしていた証左とも言える。

 不吉を予感させるかのように空を雲が覆っており、小雨が降っていた。

 とは言え、今日まで平穏続きだったこともあり、そこまで深刻になっている訳ではない。

 しかし――


「雪夜くん……どうしたんだろう……?」

「……」


 心配そうに眉を落とすAliceと、今にも泣き出しそうなケーキ。

 少女たちの不安は、ピークに達していた。

 他のプレイヤーの中には、雪夜が諦めたと言っている者もいるが、彼女たちはそうではないと確信している。

 だからこそ、雪夜に何かあったのか身を案じており、不安を募らせていた。

 あまりにも痛ましい様子のケーキを前にして、Aliceはなんとか元気付けようとしたが、その前にフレンドから通信が入る。

 ケーキに絡んでいたところを雪夜に追い払われた、男性プレイヤー3人組の1人だ。

 正直に言うとAliceも苦手としているが、無視する訳にも行かない。

 煩わしく思いながら応答した彼女は、手早く用件を済まそうとしたが、これが始まりとなる。


「はい、どうしたの?」

『ア、Aliceちゃん! 助けてくれ!』

「助けて? 何があったの?」

『シ、第六星が……SCOが攻めて来たんだよッ!』

「え!? どこに!?」

『町の外の草原だ! とにかく、早く来てくれよッ! このままじゃ俺も――』


 そこで、通信が切れた。

 恐らく、脱落したのだろう。

 表情を険しくしたAliceは、どうするべきか迷った。

 他のプレイヤーから連絡でもあったのか、周囲のプレイヤーたちにも、SCOの侵攻は知られ始めている。

 大半が混乱状態に陥っており、ろくに動くことが出来ていない。

 それはAliceも同じで、打って出るべきか守りを固めるべきか判断出来なかった。

 こんなときに雪夜がいれば――そう思ってしまうAlice。

 一筋の汗が頬を伝い、流れ落ちた。

 そのとき――


「しっかりして下さい、Aliceさん」


 隣に立つ少女に声を掛けられて、ハッとする。

 振り向いた先には決然とした面持ちのケーキが立っており、既に戦闘態勢に入っていた。

 尚もAliceは完全に立ち直れてはいないが、ケーキは構わず言い放つ。


「雪夜さんに言われたことを、忘れましたか? 彼がいないときに代わりを任せられるのは、貴女しかいないのです。 ……悔しいですが」

「ケーキちゃん……」

「CBOを守る為に、力を貸して下さい。 お願いします」


 丁寧に腰を折って、頭を下げるケーキ。

 そんな彼女を見て覚悟を固めたAliceは、1つ大きく深呼吸してから声を張り上げた。


「皆! 行くよ!」

「ア、Aliceちゃん、でも……」

「相手はSCOだよ……?」

「相手が誰でも関係ないよ! 戦わなかったら、CBOは終わっちゃうんだから! それに……」


 そこで言葉を切ったAliceは歯を食い縛って、断腸の思いで告げる。


「このまま負けたら、CBOは雪夜くんがいないと何も出来ないってことになっちゃうよ!? それでも良いの!?」


 涙ながらに叫んだAliceの言葉に、CBOプレイヤーは奮い立った。

 SCOと言う強大な敵と戦うことに、恐怖はある。

 だが、彼らにも高難易度ゲームをプレイしている、矜持があった。

 1人、また1人と立ち上がり、戦意に満ちた面持ちを浮かべる。

 それを見たAliceは、涙目のまま笑みを浮かべて号令を出した。


「クリスタルは任せて! あたしが、絶対に守り抜いてみせるから! 皆は七剣星には手を出さず、他のプレイヤーを狙って! 無理に侵攻を止めようとしなくても大丈夫! あたしがいるからね!」

「わかったよ、Aliceちゃん! 皆、行こうぜ!」

「うん! SCOが何だってのよ! 返り討ちにしてやりましょ!」

「ベルセルクがいなくても関係ないぜ! あんな奴ら、俺たちだけで充分だ!」

「CBOの底力、見せ付けてやろうね!」


 半分は強がりだろうが、CBOプレイヤーは戦場に飛び出して行った。

 それを見送ったAliceは微笑を浮かべ、次いで悲しそうに俯く。

 士気を高める為とは言え、雪夜を貶めるようなことを言って、猛烈に後悔していた。

 ところが――


「良くやりました」

「……! ケーキちゃん……?」

「貴女がどれだけ辛かったかは、わかるつもりです。 ですが、効果的でした」

「でも、あたしは雪夜くんを……」

「あとのことは、侵攻を防いでから考えましょう。 宣言通り、貴女はクリスタルを守って下さい。 わたしは打って出ます」

「……わかったよ。 気を付けてね、ケーキちゃん。 絶対、あとで会おうね」

「はい」


 短く言い残したケーキが、全速力で走り出す。

 その小さな背中を見つめながらAliceは、自分の頬を両手で軽く「パン」と張った。

 気合を入れ直したらしい。

 無人となった町に1人残ったAliceは、『クリスタル・ロッド』を握り締める。

 何度も深呼吸を繰り返し、心を落ち着けた。

 それと同時に思い浮かべるのは、1人の少年。


「今度会ったら……何か買ってもらおうかな」


 苦笑を浮かべつつ、冗談を漏らす。

 こうしてCBOとSCOの戦いが、始まった。











「行くぞテメェら! CBOの奴らを、ぶっ潰してやれ!」

『おう!』


 アルドの大声に、他のSCOプレイヤーたちが応える。

 彼らも度重なる侵攻を経て、自信を深めており、完全に自分たちが狩る側だと考えていた。

 今回も数あるタイトルを落とす、その1つに過ぎない。

 草原を進む大軍が、遂に本拠地である町を視界に捉える。

 それと同時に中からCBOプレイヤーたちが出て来たが、やはり数の上では比べ物にならない。

 嘲笑を浮かべたアルドがカインに目を向けると、彼も暗い笑みをこぼしていた。

 そうして獲物を見付けたと思った彼らは、躊躇うことなく突撃を敢行する。


「やれッ! テメェらッ!」


 アルドに指示されたSCOプレイヤーたちが、雪崩れ込むようにしてCBOプレイヤーたちに襲い掛かった。

 下手をすれば、これだけでも勝負が決するのではないかと、アルドとカインは予想していた――が――


「舐めんなよッ!」

「数が多いからって、威張らないでよね!」

「ここをどこだと思ってんだ!? 甘いんだよ!」


 予想外の奮闘を見せる、CBOプレイヤーたち。

 一騎当千――とまでは言わないものの、1人1人の実力で言えばCBOの方がかなり高く、地の利も駆使して大軍と渡り合っている。

 これには、決死の覚悟を持っていたCBOと、侮っていたSCOの差も関係していた。

 戦況が思ったより良くないと知ったアルドは舌打ちしたが、それでも負けるとは思っていない。

 何故なら、SCOにはまだ七剣星が控えている。

 自分たちが出て行けば、この拮抗状態はあっさり崩れ去るはずだ。

 そう考えたアルドはカインに目配せして、身の程知らずどもを蹴散らしに行こうとしたが、彼らは知らない。

 CBOに、自分たちと同等以上のプレイヤーがいることを。


「……ッ!? ちッ!」


 左前方から飛来した斬撃。

 咄嗟に腕でガードしたアルドだが、HPゲージが多少削れている。

 怒りに満ちた顔で振り向いた先に立っていたのは、大剣を振り切ったケーキ。

 彼女の可憐さに、アルドとカインは一瞬目を見開いたが、その時間は極めて短い。

 しかし、ケーキからすれば大きな隙だった。

 チャージしたケーキが、思い切り大剣を振り下ろす。

 すると剣身から巨大な刃が放たれ、アルドとカインを纏めて襲った。

 反射的にガードした2人だが、またしても僅かばかりダメージが通る。

 【ブレイブ・エッジ】。

 中遠距離用のアーツで、チャージすることで射程と攻撃範囲を上昇させることが可能。

 威力が高く、レベルで劣るケーキでも、アルドたちにダメージを与えることが出来ている。

 2度の攻撃を受けたアルドはますます怒り、カインも忌々しそうにしていた。

 対するケーキは冷ややかな目を彼らに向けて、再三のチャージを行う。

 それを見たアルドは、流石に黙っていなかった。


「馬鹿の1つ覚えみてぇに! 喰らいやがれッ!」


 レーヴァテインに力を込めて、極大の炎を放つアルド。

 燃え盛る炎がケーキに迫り、勝利を確信した彼は会心の笑みを浮かべたが――


「こちらのセリフです」

「な!?」


 ジャストガード。

 炎が防がれただけではなく、アルドの体がよろめく。

 映像とは言え、数え切れないほどアルドの攻撃を見て来たケーキは、完璧にタイミングを覚えていた。

 そしてジャストガードに成功した場合、【JG・コンティチャージ】によってチャージは続行される。

 準備を終えたケーキは大剣を振るい、3度目の【ブレイブ・エッジ】を放った。

 体勢を崩していたアルドに避ける術はなく、クリーンヒットするかに思われたが、彼には相棒がいる。


「危なかったな、アルド」

「カイン……助かったぜ。 くそッ! あの女、ぶっ殺してやるッ!」


 割って入ったカインが、ティルヴィングで【ブレイブ・エッジ】を弾いた。

 窮地を脱したアルドは、更に怒りの炎を燃やし、今にもケーキに襲い掛かる勢い。

 だが、そこにカインが待ったを掛ける。


「落ち着けって。 あの女は俺に任せてくれよ」

「あぁ!? 俺に、やられっ放しで逃げろってのか!?」

「そうじゃねぇよ。 ただ、俺がああ言う澄ました奴を、ジワジワいたぶるのが好きだって知ってるだろ?」

「あー……そう言うことかよ。 仕方ねぇな、それなら譲ってやるよ。 じゃあ、俺は本拠地に攻め込むか!」

「おう、頼んだぜ」


 町に向かうアルドを、ケーキは止めなかった。

 そのことにカインは意外そうにしていたが、すぐに思考を切り替えて言い放つ。


「へへ……じゃあ、お楽しみと行こうぜ。 その前に、テメェ名前は?」

「ケーキです」

「ケーキか。 可愛らしい名前じゃねぇか。 まぁ、見た目ほどじゃねぇけど。 モテるだろ?」

「どうでしょう。 あまり気にしたことはないですね」

「マジで? 絶対モテてるって! 何なら、オカズに使ってるやつも絶対いるぜ?」

「オカズ? 名前はケーキですが、わたしは食べ物ではありません」

「は? マジで言ってんの? くく、だとしたら最高だぜ。 グチャグチャにしてやるよ」

「そうは行きません。 貴方は、わたしが止めます」


 そう言って、大剣と盾を構えるケーキ。

 それを見たカインは目を細めた。

 彼はCBOに関して詳しくはないが、ケーキの装備が大したことないのはわかっている。

 更にレベルは、ライズクエストに何度も通ったにもかかわらず、55止まり。

 カインからその情報は見えないが、何にせよ戦力差は圧倒的だった。

 だが、彼はケーキの佇まいから何かを感じ、一気に警戒のレベルを引き上げている。

 この辺りは、彼も七剣星の1人として、数々の修羅場を潜って来たと言ったところだろうか。

 とは言え――


「さぁて、止められるもんなら……止めてみな!」


 格下と思っていることに、違いはない。

 工夫も何もなく、最短距離を走って双剣を繰り出すカイン。

 SCOでは様々な剣技を磨くことが出来るが、彼はとにかく速度を重視していた。

 ティルヴィングで2発当てただけで、ほぼ勝ちが決まる以上、大きな攻撃力は必要ないと思っている。

 好き嫌いはともかく、その考え自体は間違っていないかもしれないが、どちらにしてもケーキの戦法は変わらない。


「言われるまでもありません」

「うぉ……!?」


 カインの初撃をジャストガードしたことで、次撃に繋げられる前に、動きを止めたケーキ。

 自慢の連撃をいきなり防がれたカインは、悔しそうにしていたが、ケーキはそのような反応など知ったことかとばかりに、チャージした【オーバー・スラッシュ】を放った。

 『剣士』のアーツでは最も威力が低い代わりに、発動が速い。

 尚且つ、相手は体勢を崩している。

 ケーキからすれば絶好のチャンスで、カインにダメージを与えられるかと思われたが――


「……ッ!」

「ふぅ、危ねぇなぁ」


 辛うじて身を捻ったことで、回避される。

 このときケーキは、無表情ながら内心で焦りを募らせていた。

 今のタイミングで避けられるのなら、アーツを当てるのは至難。

 そうなると通常攻撃しかないが、それすらヒットさせられるかわからない。

 だとしても、やるしかないと決断したケーキの一方で、カインも考えを改めている。

 何やら難しい顔で黙り込んでいた彼が、低い声を発した。


「どうやら、俺たちのことは徹底的に調べてるみたいだな」

「あれだけ派手に暴れておいて、対策されないとでも思っていたのですか?」

「ちッ、口の減らねぇ奴だぜ。 もしかして、ティルヴィングの能力も知ってんのか?」

「さぁ。 知っているかもしれませんし、知らないかもしれません。 貴方たちと違ってわたしたちは、自分たちの手札を軽々しく明かしませんよ」

「あー、ウゼェ。 まぁ、知ってる前提でやるしかねぇか。 良し、続けるぜ」


 何やら勝手に納得したカインが、姿勢を低くして疾走を開始した。

 対するケーキは最大限の集中力を発揮して、ジャストガードに備える。

 ただのガードでは駄目なのだ。

 どれだけ小さなダメージでも、受けた時点でティルヴィングの能力は発動するのだから。

 そのことを雪夜から聞いているケーキは、カインの攻撃を確実に弾く。

 斬り下ろし、斬り上げ、水平斬り、回転斬り、刺突――など、ありとあらゆる攻撃に対処した。

 これが可能だったのは、彼女が映像を何度も観返して、カインの攻撃パターンを学んだからこそ。

 同時に、ジャストガードによる隙には通常攻撃を合わせ、そのうち何発かが彼を捉えている。

 ただし、クリーンヒットではなく、掠った程度だ。

 攻撃が防がれると思って動いているカインは、ケーキの反撃にギリギリで反応している。

 それでも、ダメージを蓄積させたカインのHPゲージは徐々に減って行き、今では70%を切ろうとしていた。

 対するケーキは未だ無被弾で、どちらが優勢かは明らかである。

 しかし、邪悪な笑みを絶やさず攻撃を続けるカインを前に、彼女は正体不明の悪寒を感じていた。

 それでも愚直に、ジャストガードと反撃を繰り返すケーキ。

 そうして遂に、カインのHPゲージが半分を割ったとき、それは起こる。


「調子に乗り過ぎたなぁ、ケーキ!」

「……ッ!?」


 最早幾度目とも知れないジャストガードを決めた、ケーキの最大HPが30%減少した。

 これは紛れもなく、ティルヴィングの能力。

 何が起きたかわからないケーキは、表情を変えないまま困惑していたが、次の一撃にも確実にジャストガードを合わせ――


「無駄だぁッ!」


 継続ダメージ発生。

 間違いなくジャストガードは成功し、カインを後方に弾き飛ばしたが、デバフを付与された。

 ここに来て彼女は、事態を把握する。

 硬い面持ちを浮かべたケーキにカインは、嗜虐的な笑みを返して口を開いた。


「やっと良い顔になって来たじゃねぇか、ケーキ?」

「……」

「だんまりか? へへ、それも仕方ねぇか。 こうなっちまったら、テメェに勝ち目はねぇからな」

「……まだ、勝負は終わっていません」

「終わってんだよ。 俺は優しいからな、教えてやるぜ。 ティルヴィングの新しい能力をな」

「新しい……?」

「くく、そうだ。 覚えてねぇか? GENESISどもから、2回までアップデートを認めるって話があっただろ? 運営が、そのうちの1回を使って、『レジェンドソード』を強化したんだよ」

「そのような、限定的な強化をするなんて……」

「良いんだよ。 七剣星以外の奴らなんか、ただの使い捨ての駒なんだからな」


 侮蔑に塗れた眼差しを仲間――否、駒に注ぐカイン。

 そんな彼にケーキは怒りを覚える――ことはなく、淡々と尋ねた。


「それで、ティルヴィングの新しい能力を、教えてくれるのではないのですか?」

「お? やっぱ気になるか?」

「はい」

「良いぜ、教えてやるよ。 SCOにもテメェほどじゃねぇが、ジャストガードの使い手はいてな、そう言う奴は正直面倒だったんだよ。 けどな、強化してもらったお陰で楽になったぜ」

「その辺りの事情に興味はありません。 早く本題に入って下さい」

「けッ! ちょっとは、話に付き合ってくれても良いじゃねぇか。 仕方ねぇな。 結論を言うなら、『自分のHPが50%未満のとき、確定でデバフを付与する』……それが新しい能力だ」

「なるほど……。 それでジャストガードを貫通して、デバフだけが通った訳ですか」

「そう言うこった。 てことで、続きをするぜぇ? 残りHPは50%ってとこか。 へへ、ほとんど並んじまったなぁ? そんで、継続ダメージはまだまだ続くぜ?」

「誰かも言っていましたが、陰湿ですね。 そのような手段で勝って、満足なのですか?」

「当たり前だろ? 弱った奴を嬲り殺しにするのが、俺の楽しみなんだからな」

「雪夜さんとは、正反対ですね。 彼は、強者を正面から討ち破ることを、楽しんでいました」

「は! 気持ち悪ぃな。 どこのマゾだよ、そいつは。 頭おかしいんじぇねぇか?」


 ケーキの言葉を聞いたカインは、本気で嫌そうに吐き捨てた。

 瞬間――


「取り消して下さい」

「あん?」

「雪夜さんへの侮辱は、わたしが許しません」

「なんだぁ? まさかテメェ、そのマゾが好きだったりすんのかよ? 趣味悪ぃな」

「……もう良いです。 その不愉快な口、力尽くで黙らせましょう」

「はは! 出来るもんなら、やってみろよ!」


 その言葉を最後に、両者が激突する。

 雪夜を悪く言われたケーキは、柳眉を逆立てて一気呵成に攻め立てた。

 槍のように連続で突きを放つことで、可能な限り素早く大剣を繰り出す。

 それでも武器の性質上、お世辞にも攻撃速度は速いとは言えないが、カインの動きを先読みすることで、なんとかダメージを与えていた。

 対するカインは優位に立ったと確信し、歪な笑みを湛えて、怒涛の勢いで双剣を振り乱す。

 ガードすら許されないケーキは必死で回避しながら、的確に反撃していたが、『剣士』と言う職業は盾を用いた戦闘が持ち味。

 いつまでも避け切ることは出来ず、ティルヴィングの一閃が彼女の右腕を浅く斬り裂いた。

 ダメージ自体は大したことないが、この瞬間の2人の表情は対照的。

 ケーキは思わず眉根を寄せ、カインは歓喜の笑顔になっている。

 それほど、決定的な攻防だった。

 3つ目のデバフは、『全ステータス30%減少』。

 この全ステータスには、移動速度や攻撃速度も含まれている。

 つまり――


「しゃぁッ!」


 ケーキからすれば、急激に相手の速度が上がったようなもの。

 双剣による斬撃の嵐が彼女を襲い、数多の裂傷を刻んだ。

 防御力も下がっている為、無視出来るダメージではなく、途端に劣勢に追い込まれている。

 ゲームなので痛みはないが、ケーキはHPゲージとともに、自身の心が削られるのを感じた。

 このままでは、敗北は免れない。

 手立てはなく、逆転出来る要素も見付けられずにいる。

 だが、それでも――


「まだ……ですッ!」

「おっと!」


 ジャストガードで、カインを後退させるケーキ。

 既に『スキル封印』と『アーツ使用不可』のデバフも受けているが、関係ない。

 どれだけ不利だろうと、最後の最後まで戦い抜いてみせる。

 そう決めたケーキは回復アイテムを使い、カインを鋭く見据えた。

 一方のカインはその様子をニヤニヤを眺めており、完全に見下しながら言い放つ。


「良いぜ良いぜぇ。 思う存分、足掻いてくれよ。 回復アイテムは、あと何個だ? いや、やっぱり言わなくて良い。 その方が、楽しめそうだからなぁ」

「悪趣味ですね」

「くく、何とでも言ってくれよ。 さぁて、いつまでその澄まし顔が保てるか、試してやるぜ!」


 楽し気に叫んだカインは足に力を込めて、全力で踏み出した。

 そうして、またしてもケーキを斬り刻むべく双剣を繰り出し――瞠目する。


「な……テメェ!?」

「あまり、侮らないで下さい」


 弾く、弾く、弾く弾く弾く弾く弾く。

 カインの連撃を、ジャストガードと大剣を使って、ことごとく弾き返すケーキ。

 一切の攻撃を捨てた、完全防御体勢だ。

 減速したハンデを埋めるべく、相手の動きを極限まで読み切っている。

 その強度は凄まじく、カインの攻撃は1発たりとも当たらない。

 格の違いを思い知らされた彼は、腹立たしそうに歯噛みしたが、すぐに笑みに変わって言い放つ。


「確かにスゲェが、忘れてねぇか? テメェには、継続ダメージが入ってるんだぜ? このまま守ったところで――」

「そのようなわかり切っていることを、一々言わないで下さい。 耳が腐ってしまいます」

「このッ……! ムカつく! もう良い、テメェはそのまま消えろ!」


 ケーキに雑にあしらわれたカインは、狂ったように双剣を叩き付けた。

 それでも彼女の守りを突破することは出来ないが、回復アイテムを使う暇も与えない。

 次第にケーキのHPゲージは少なくなって行き、とうとう危険域にまで到達する。

 それを見たカインは、狂笑を漏らし――


「……は?」


 HPゲージが、ごっそりと削られた。

 間の抜けた声を上げたカインは硬直し、ケーキは万感の思いを込めて告げる。


「お待ちしていました」


 花のような笑みを咲かせた彼女の視線は、カインの背後に向いている。

 そのことに気付いた彼が振り向くと、そこには全身真っ黒な少年が立っていた。

ここまで有難うございます。

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