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第25話 受け継がれる思い

 そこは、豪華な寝室だった。

 見るからに高い調度品が揃えられ、裕福な暮らしをしていることが窺える。

 もっとも、部屋の主はそう言ったことに頓着していないのだが、箔を付ける為と説得されていた。

 ベッドから起き上がってゲームデバイスを外したのは、上品に髭を蓄えた長身の男性。

 年齢は30代半ばほどだろうか。

 細身ではあるが力強さを感じ、彼が只者ではないと思わされる。

 名前は西園寺公彦と言い、ロランの現実の姿だ。

 実家が裕福なだけではなく、本人の実力も高く、事業を成功させている。

 ガルフォードの策にはまり、Zenithによって脱落した彼は、無念そうに溜息を吐いた。

 その一方で最低限の仕事はしたと思っており、どこか清々しさも感じる。

 暫くそのままの体勢でいた公彦だが、ベッドから下りてテーブルに置いてあった、スマートフォンを手に取った。

 現実に戻って来たら、必ずメールチェックなどを欠かさないが、今は別の用がある。

 慣れた手付きで捜査した彼は、1つの連絡先を表示させてタップした。

 時刻は22時近いが、恐らく問題ないだろう。

 公彦がそう考えていると、予想通りすぐに応答があった。


「お疲れ様です、社長」


 空中に投影されたウィンドウに映ったのは、クールな雰囲気の美女。

 年齢は、20代半ばを過ぎたくらいに思える。

 ショートカットに銀縁眼鏡、鋭い眼光。

 スレンダーな体形で、胸元は控えめ。

 この時間帯にもかかわらず、スーツを一部の隙もなく着こなしている。

 彼女がわざわざ着替えたと察した公彦は、内心で苦笑を浮かべた。

 名前は鈴原凛で、公彦の社長秘書を任されている。

 元は苦学生だったが、能力の高さを彼に買われた。

 そのことから公彦に大きな恩を感じており、彼に尽くそうと心に誓っている。

 最早、言うまでもないかもしれないが、イヴの現実での姿だ。

 凛の様子を見た公彦は、どことなく安堵した様子で口を開く。


「鈴原くんも、ご苦労だった。 最後はゆっくり話す暇もなかったから、改めて礼を言っておこうと思ってな。 キミのお陰で、多くの仲間を救うことが出来た。 有難う」

「そんな……。 滅相もありません。 わたしは、社長をお守りすることが出来ませんでした。 覚悟はしていましたが……やはり、悔しいです」

「気に病む必要はない。 キミがいなければ、わたしが先にZenithに撃たれていた。 そうなれば、最悪全滅していた可能性もある。 それに比べれば、何倍もマシな結果だ」

「社長……有難うございます」


 公彦の言葉によって、凛は徐々に立ち直りつつあった。

 未だに脱落した事実は咀嚼し切れていないが、前を向こうとしている。

 そのことを悟った公彦は満足し、別の話題に取り掛かった。


「SCOの賞金はなくなったが、寄付はこれまで通り続けようと思う。 だが、鈴原くんは無理をしなくても構わない」

「いいえ、わたしも続けます。 心配なさらずとも、お陰様で生活には困っていませんので」

「……キミなら、そう言うと思っていたよ。 わかった、好きにしなさい」

「はい、有難うございます」


 公彦に向かって、丁寧に頭を下げる凛。

 裕福な公彦とその秘書である凛がSCOをプレイしていた理由は、大会賞金を恵まれない子どもたちに寄付する為だった。

 そんな彼らを金持ちの道楽などと言う者も、中にはいるかもしれない。

 だが、公彦たちの気持ちは本物。

 特に凛は自身が苦労して来たこともあり、一層子どもたちの幸せを願っていた。

 彼女の気持ちを知っている公彦は優し気な眼差しを向け、次いで表情を引き締めて言い放つ。


「ガルフォードの狙いは、ほぼ間違いなくわたしたちの『レジェンドソード』だったのだろう。 そうでなければ、わざわざSCOを弱体化させるメリットはない」

「はい、わたしも同じ考えです。 手元に『レジェンドソード』を集め、自分に従順なプレイヤーに与えることでSCOを支配する……そんなところでしょう」

「だが、思い通りにはさせん。 フレンたちなら、必ず奴を止めてくれるはずだ」

「そうですね。 その為の布石は、既に打ってあります」

「あとのことを彼らの丸投げするのは、少々申し訳ないがな。 まぁ、若いときの苦労は買ってでもしろと言う、ことわざもある。 なんとかなるだろう」

「その言い方だと、社長はもう若くないように聞こえますが?」

「はは、わたしは35歳だ。 もう若くはない」

「そのようなことはありません。 社長は今も昔も、お若いままです」

「それは、成長していないと言うことか?」

「そ、そのようなつもりは、微塵もありません!」

「冗談だ。 そう言うキミこそ、そろそろ結婚を考えても良い頃だろう? 好い相手はいないのか?」

「……いません」

「そうなのか? 鈴原くんなら、引く手数多だと思うが……。 何なら、わたしの知り合いを紹介しても――」

「結構です! 話が以上でしたら、失礼します! 明日も早いのですから、社長も夜更かしは控えて下さい!」


 そう言って、凛が突然通話を切った。

 驚いた公彦はしばし唖然としていたが、やがて大人しく就寝準備に入る。

 今のやり取りから察せられるだろうが、凛は公彦に恋心を抱いていた。

 しかし、普段はそれを表に出すことはなく、密かに想い続けている。

 一方で、公彦は能力の高い人物なものの、唯一女心にだけは鈍感だ。

 厳密に言うと、第三者視点に立てばわかるのだが、自分に対する好意には気付いていない。

 だからこそ、未だに未婚でいる。

 凛からすれば助かるようなもどかしいような、複雑な心境だ。

 何はともあれ、こうして彼らの生存戦争は終わりを告げる。

 だが――


「フレン、アリエッタ……任せたぞ」


 思いは受け継がれる。

 七剣星の2人が脱落したと言うニュースが、ゲーム界隈を賑わせていたが、彼らの意識は既に現実に向いていた。

 そしてこれを機に、SCOが突出していた生存戦争の情勢に、変化が表れ始める。

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