第23話 暗い計画
同日の夜、SCOでも定例会議が行われていた。
主な議題は次に攻め落とすタイトルを決めることだが、現存戦力の調整なども行われる。
今回のGENESISクエストでは、SCOも無視出来ない被害が出た。
とは言え、それは他のタイトルも同様。
CBOだけは軽傷で済んだが、4大タイトルの戦力減少は横並びで、それ以外に至っては壊滅状態のところもある。
要するにSCOの方針は変わらず、積極的に侵攻を進めて行くと言うものだ。
そして遂に――
「ガルフォードさん、次はCBOなんてどうですか?」
雪夜たちに、矛先が向けられる。
アルドの提案に対してガルフォードは、眉根を寄せて言い返した。
「CBO? あぁ、あの賞金も出ねぇくせに無駄に難易度だけ高い、クソゲーか」
「そうです、そうです。 あいつら、自分たちは高難易度ゲームをやってるって調子に乗ってるみたいなんで、そろそろぶっ潰しましょうよ」
「良いな、アルド。 ガルフォードさん、俺もその案に賛成です」
アルドに続いて声を上げたカインが、邪悪な笑みを浮かべる。
彼らはここ最近の侵攻によって、完全に勢い付いていた。
幾度となく勝利を重ねることで自信を深め、自分たちが負けることなど考えてもいない。
そんな2人をガルフォードは内心で嘲笑っていたが、利用出来るならそれで良いと考えている。
だが、そこに冷水を浴びせる者がいた。
「わたしは反対だ」
「あぁ? なんでだよ、ロラン?」
「アルド、CBOは少し特殊なタイトルだ。 人口は少ないが、ガルフォードの言う通り難易度が異様に高い。 そこで生き残っているプレイヤーたちは、決して侮れないだろう」
「わたしも、ロラン様の仰る通りだと思う。 当初に比べればかなり数を減らしたが、まだ他にもタイトルは残っているんだ。 無理して危険な相手を選ぶ必要はない」
「はん。 第二星も第三星も、随分と弱腰じゃねぇか。 どっちにしろ、俺たちが従うのはガルフォードさんだけだ。 テメェらの意見なんか、聞いちゃいねぇんだよ。 なぁ、アルド?」
「だな、カイン。 ガルフォードさん、こんな奴ら無視して命じて下さいよ!」
ロランとイヴの進言に聞く耳を持たず、ガルフォードに決定を促すアルドとカイン。
一方のガルフォードはおとがいに手を当てて思案しており、そんな彼にロランは目配せしている。
そこには「やめさせろ」と言う意思が込められ、ガルフォードも正確に察していたが、ニヤリと笑って告げた。
「良いぜ。 行って来いよ、アルド、カイン。 ただし、警戒はしろ。 すぐじゃなく、充分に戦力が集まるタイミングで攻めるのが条件だ。 それまでは、今まで通り雑魚どもを蹴散らして行け」
「有難うございます、ガルフォードさん! カイン、やってやろうぜ!」
「おう、ズタズタにしてやるよ」
気勢を上げるアルドと、怪しく笑うカイン。
対するロランとイヴは溜息をついていたが、こうなると止める術はない。
そうして方針を固めたSCO陣営は、細かい話を詰めて、会議は終わりを迎えるかに思われたが――
「ロラン、イヴ、お前らに頼みたいことがある」
ガルフォードが、突然そんなことを言い出した。
訝しく思ったのは当事者だけではなく、アルドとカインや、ほとんど発言していないフレンとアリエッタも含まれている。
しかし、ガルフォードは気にすることなく、端的に要求を突き付けた。
「THOを牽制して来てくれねぇか?」
「何だと……?」
「ガルフォード、貴様……本気で言っているのか?」
ガルフォードの言葉を聞いたロランは表情を硬くし、イヴは睨み付ける勢い。
だが、ガルフォードが恐れ入ることはなく、飄々とした態度で続ける。
「本気も本気だぜ? そろそろ、他の4大タイトルとの戦いも視野に入れねぇと駄目だろ? その中で、1番動きを見せてねぇのがTHOだ。 だから今のうちに、ちょっと突っついておきてぇんだよ」
「言っていることは、理解出来る。 だが、どうしてわたしたちに頼むんだ?」
「そりゃ、お前らが強ぇからだよ、ロラン。 牽制とは言え、相手はTHOだ。 こっちも、それ相応の備えをしなくちゃならねぇ」
「だったら、お前が行けば良いだろう、第一星。 その方が、牽制の意味は大きいのではないか?」
「確かにそうだな、イヴ。 だがよ、俺が動いたら今度は牽制以上の意味になる。 いきなり、THOと全面戦争になるかもしれねぇぜ? 違うか?」
「それは、そうかもしれないが……」
「まぁ、無理にとは言わねぇよ。 お前らがどうしても嫌だってんなら、適当に誰かを送り込むまでだ。 その結果、そいつは脱落するかもしれねぇがな」
ニヤニヤと笑うガルフォードに、イヴは鋭い目を向ける。
彼女にとって悔しいことに、今の一言は効果的だった。
仲間を思いやる気持ちが強いイヴは、誰かを犠牲にすることを良しとしない。
だからと言って、ロランを危険な目に遭わせる訳にも行かなかった。
イヴにとってロランは、仕えるべき主。
そして、多くのSCOプレイヤーを纏める、王のような存在でもある。
ロラン本人は嫌がっているが、イヴは真剣にそう考えていた。
だからこそ彼女は、自分1人が役割を担おうとしたが――
「良いだろう」
「……ッ! ロラン様!?」
「案ずるな、イヴ。 本格的にやり合う訳ではない。 あくまでも牽制するだけだ。 そうだな、ガルフォード?」
「あぁ、その通りだ。 ちょっと本拠地近くに姿を見せて、奴らに危機感を持たせるだけで良い」
「わかった、準備が出来たら向かおう。 ただし、わたしだけで――」
「わたしも行きます」
「イヴ……」
「申し訳ありません。 ですが、こればかりは譲れません。 ロラン様にだけ負担を強いるなど、副官として看過出来ませんから」
「……わかった」
イヴの決意が固いことを悟ったロランは、不承不承ながら許可した。
次いで目を向けたのは、フレンとアリエッタ。
彼らは一連のやり取りを黙って聞いていたが、このあとの展開は心得ているらしい。
そのことに満足したロランは微笑を浮かべ、安心して託すことにした。
「フレン、アリエッタ、わたしたちがいない間、SCOの防衛を頼んだぞ」
「はい、ロランさん。 必ず僕が、守り切ってみせます」
「わたしも、全力を尽くします。 ですから、お2人も気を付けて下さい」
「有難う、アリエッタ。 わたしたちの心配は必要ないから、自分たちの戦いに集中しなさい」
「わかりました、イヴさん!」
イヴに優しく声を掛けられたアリエッタは、破願した。
生存戦争が始まる前から、ずっと不調続きだった彼女が、ここに来てやる気に満ち溢れている。
そのことにフレンは驚いており、ロランとイヴは頼もしく感じていた。
一方、アルドとカインは忌々しく思っていたが、仮にも仲間である以上、文句を言うことも出来ない。
こうして役割が決まったのを見計らって、ガルフォードが改めて場を収める。
「それじゃあ、それぞれよろしく頼むぜ」
「はい、ガルフォードさん! カイン、侵攻組を集めに行くぞ!」
「了解だぜ、アルド。 CBOの連中に、目にもの見せてやろうぜ」
「ロラン様、出発はいつ頃に致しましょうか?」
「わたしたちも仲間を集めよう、イヴ。 牽制するなら、それなりの戦力を見せる必要があるからな」
「フレンさん、このあと時間ありますか!? 良ければ、訓練に付き合って欲しいんですけど! そのあと、お茶もしましょう!」
「ア、アリエッタちゃん、訓練は構わないけど、お茶はちょっと……」
それぞれのペアが、やり取りしながら部屋をあとにする。
彼らの背中を見送ったガルフォードは、完全に1人になってからウィンドウを開いた。
その顔には獰猛な笑みが浮かんでおり、画面に表示させたのは、運営への連絡先。
ガルフォードが躊躇うことなくウィンドウにタッチすると、数コールしてから応答があった。
『どうした、ガルフォード。 何か動きがあったのか?』
画面に映し出されたのは、恰幅の良いオールバックの男性。
彼はSCO運営の1人で、名前は鷺沼仁。
GENESISが許可した、プレイヤーとの架け橋的な存在だ。
SCOを勝たせる為に、ガルフォードたちを不正に援助することを、提案した人物でもある。
額に浮かんだ汗をハンカチで拭い、緊迫した面持ちになっていた。
そんな鷺沼を見下すように笑ったガルフォードは、居丈高に言い放つ。
「いいや、今んとこ変わったことはねぇ。 それより、確認しておくことがある」
『確認しておくことだと? 何だ?』
「今度の大会も、ちゃんと開かれるんだろうな?」
『あぁ。 正直それどころじゃないんだが、可能な限り予定通り運営するように、GENESISから言われているからな……』
「そいつを聞いて安心したぜ。 当然だが、賞金も出るんだな?」
『出さない訳には行かんだろう。 収入が減っている現状を考えれば、運営としては手痛い出費になるが……』
「テメェらの都合は聞いてねぇよ。 とにかく、確認したいのは以上だ。 もう消えて良いぜ」
『待て、何を考えている?』
「気にすんな。 悪いようにはしねぇからよ」
『本当だろうな? お前には別でリアルマネーを渡しているんだ、それ相応の働きをしてもらわないと困る』
「うるせぇな、わかってるよ。 大会の賞金が美味いSCOがなくなるのは、俺にとっても痛ぇんだ。 利害が一致してる限り、手を貸してやる」
『……わかった、信じよう。 では、朗報を待つ』
そう言い残して、鷺沼が通信を切った。
彼らの会話からわかるかもしれないが、ガルフォードはSCOに雇われている。
生存戦争の発表があった際に、彼はSNSでSCO脱退を匂わせる発言をした。
これはガルフォードの策略で、狙い通り慌てたSCO運営は彼に接触し、タイトルを存続させるべく囲い込んでいる。
何が何でも勝ち残りたい運営は、最高戦力であるガルフォードを全力でサポートしており、立場は完全に彼が上だ。
そうして、有瀬に確認を取ったガルフォードは、予定通りの行動に出る。
SNSのアプリを立ち上げ、表示させたのは――
「さぁて、あとは任せたぜ」
THOプレイヤーのアカウント。
ここ最近で厳選した、主力とも連絡の取れる者だ。
似たようなプレイヤー何人かにガルフォードは、捨てアカウントを使ってメッセージを送る。
間違いなく送信出来たのを確認し、アプリを閉じた彼は低い笑声を漏らした。
「くく……あばよ、ロラン、イヴ。 エクスカリバーとフラガラッハは、頂くぜ」
誰にも聞かせることなく、暗い計画を立てたガルフォード。
CBOが狙われる傍らで、SCO内の情勢も変わろうとしている。
同じタイトルであっても、一枚岩と言う訳ではなかった。
ガルフォードが暗躍していた頃、ロランとイヴ、フレンとアリエッタは、城の出口まで来ていた。
ちなみに、この城はガルフォードの所有物。
SCOでは莫大なゲーム内通貨を代価にすることで、自身の居城を構えることが可能だ。
アルドとカインも自身の城を持っているが、ガルフォードのそれは圧倒的な規模を誇る。
居城を持っていたからと言って、直接戦闘力には影響ないのだが、これはある意味で力を誇示する為のもの。
逆にロランは興味がない一方で、彼を王と崇めているイヴは、城を構えて欲しいと思っていた。
閑話休題。
出口で向かい合った4人の間に、しばしの沈黙が落ちたが、最初に口を開いたのはロラン。
「フレン、アリエッタ、改めて言うが、守りは任せたぞ」
「それは勿論なんですが……」
「どうした、フレン? 言いたいことがあるなら、遠慮なく言え」
「……ロランさんは、ガルフォードの頼みをどう思っていますか? あの場では言いませんでしたが、僕にはどうも裏があるような気がして……」
「まぁ、そうだろうな」
「……ッ! で、でしたら、どうして断らなかったんですか?」
「言っていることは、間違っていなかったからだ。 生存戦争もかなり進み、遠くないうちに他の4大タイトルと激突することになる。 その前にTHOを牽制しておくのは、理に適った選択だ」
「それは、確かにそうですが……」
ロランの説明を聞いても、フレンは納得出来なかった。
対するロランは苦笑して、彼の肩に手を置いて告げる。
「もう決まったことだ、受け入れろ。 お前はお前の、成すべきことを成せば良い」
「ロランさん……」
「わたしたちがSCOを離れる以上、他の者たちを守れるのはお前たちだけだ。 それを忘れるな」
「……はい」
「フレンさん、あたしも頑張ります。 だから一緒にSCOを守って、ロランさんたちを迎えてあげましょう!」
「アリエッタちゃん……。 うん、そうだね」
アリエッタに元気付けられたフレンは、力ない笑みを浮かべた。
完全には吹っ切れていないが、多少は立ち直ったように見える。
ひとまずはそれで良いと判断したロランは、この場を纏めに掛かった。
「では、解散にしよう。 わたしたちにも、やることはあるからな。 行こう、イヴ」
「はい、ロラン様。 フレン、アリエッタ、また会いましょう」
「ロ、ロランさん、イヴさん、僕も手伝います」
「あー! フレンさん、訓練に付き合ってくれるって約束ですよ! それに、お茶だってするんですから!」
「い、いや、だから僕は……」
「言い訳無用です! 行きましょー!」
「ち、ちょっとアリエッタちゃん!?」
フレンの腕を、グイグイ引っ張るアリエッタ。
このとき彼女の胸が腕に押し付けられて、フレンは意識を失う寸前だった。
そんな2人をロランたちは微笑ましく見つめていたが、突如としてイヴが真剣な顔で声を発する。
「ロラン様、本当はどうお考えなのですか?」
「本当はとは?」
「ガルフォードの指示です。 確かにもっともらしい理由ではありますが……フレンの言う通り、裏があると思います」
「わかっている。 だが、だからと言って他の者に任せることも出来まい」
「ですが、もしロラン様がいなくなってしまえば……」
不安そうな眼差しを送って来るイヴに、ロランは苦笑した。
そして、ゆっくりと彼女の頭を撫でる。
イヴは顔を朱に染めて体を硬直させたが、抵抗することはなかった。
そのまま暫くの時が過ぎ、やがて手を放したロランが言い放つ。
「わたしは、脱落するかもしれない」
「……ッ!?」
「落ち着け、簡単にやられるつもりはない。 だが……最悪の事態を想定しておく必要はある」
「……どうされるおつもりなのですか?」
辛うじて平静を取り戻したイヴに、ロランは自らの考えを語った。
それを聞いたイヴは瞠目したが、すぐに毅然とした顔つきで宣言する。
「でしたら、わたしもそうします」
「イヴ……」
「元々わたしは、ロラン様とともにあるつもりでした。 それならば、最後までお付き合いさせて下さい」
「……良いだろう。 ただし、第1目標はあくまでも、牽制した上で生き残ることだ。 最初から、脱落するつもりではいるな」
「勿論です。 フレンやアリエッタを、安心させてあげなくてはなりませんから」
「いや、その心配はいらない」
「どう言うことでしょうか?」
「あの2人なら、わたしたちがいなくても大丈夫だ。 特にアリエッタは、何があったかは知らないが、ここ数日でかなり立ち直っている。 フレンは少し気にし過ぎるところがあるが……彼は強い人間だ、必ず乗り越える」
「……そうですね」
「だからこそ、わたしはこの話を受けた。 仮にわたしたちが脱落しても、彼らがいればSCOは大丈夫だと思えたからな」
「わかりました、わたしも信じます。 その上で、生きて帰りましょう」
「あぁ、そうしよう。 まずは、メンバーを集めることからだ」
「かしこまりました」
そう言って歩み出したロランたちは、彼を慕っている者たちを中心に戦力を集めた。
そして数日後、THOを牽制しに行くのだが――最悪の想像が的中してしまう。
ここまで有難うございます。
面白かったら、押せるところだけ(ブックマーク/☆評価/リアクション)で充分に嬉しいです。
気に入ったセリフがあれば一言感想だけでも、とても励みになります。