第22話 不可解
雪夜が朱里と仲良く(?)していた頃、ケーキは安全エリアである花畑を歩いていた。
今は天気も良く、快晴の空が広がっている。
ここにはモンスターが出現することがないので、プレイヤーがピクニックや写真撮影をする際にも、利用されることが多い。
戦闘がメインのCBOにもこう言った場所は点在し、中にはそれを目当てにプレイしている者もいた。
もっとも、本音を言えばケーキは戦場に戻りたいのだが。
しかし、雪夜から無理し過ぎるなと言われている為、仕方なく休憩している。
戦闘AIである彼女は、実際には疲れることなどないが、彼の言い付けを破ると言う選択肢はない。
また、今でも可能な限り早くレベルを上げたいと思いつつ、気持ちに若干の余裕が生まれていた。
ただし――
「……不愉快ではありますが、助かっていることは否定出来ません」
その理由を考えて、眉を顰めるケーキ。
Aliceと繰り返しライズクエストに赴いた彼女は、今ではレベル53にまで達していた。
ケーキはここまで来るのに、もっと時間が掛かると計算していたので、はっきり言ってかなり大きな援護。
Aliceが、100%善意で手伝ってくれているのではないとわかっているが、そのようなことは些細な問題。
結果的に雪夜に追い付けるなら、彼女としては何でも良かった。
だが、気になることがあるのも事実。
「『魔導士』が集団戦に強いのは知っていましたが……彼女は群を抜いていますね」
難しい顔のまま、歩を連ねるケーキ。
彼女が思い浮かべているのは、ライズクエストで敵を惨殺し続けたAliceの姿。
ライズクエストには、大量の小型モンスターが出現するのだが、その全てがレベル30程度。
ボーナス的なクエストの為、戦闘はオマケのなものの、それにしてもAliceの殲滅スピードは尋常ではない。
正直なところ、ケーキが攻撃する暇もないほど迅速に、ほとんどの敵を処理していた。
モンスターが弱いこともあるが、そこには『剣士』と『魔導士』の職業性能の差に加えて、『クリスタル・ロッド』の特殊能力が影響している。
『敵を倒した際にAP5%回復』。
ジェネシス・タイタンのようなボスモンスターには意味がないが、対多数戦においては無双状態。
Aliceに全てを任せる方が効率が良いと悟ったケーキは、途中から全く動かなくなった。
そのことに彼女が文句を言うことはなく、むしろ楽しそうに鼻歌混じりで掃討していたが、少なからずケーキのプライドは傷付けられている。
「雪夜さんに付き纏うだけはある……などと思いたくはありませんが……今のわたしよりは、相応しいかもしれません……」
しょんぼりと俯いて、トボトボ歩くケーキ。
それでも、彼女が雪夜を想う気持ちは、この程度で折れるほど柔ではなかった。
「いいえ、今はまだレベルと装備が足りないだけです。 それに、集団戦では劣るとしても、強敵との戦いなら『剣士』に分があります。 最悪、『剣姫』の力を解放すれば……それは流石に駄目ですね」
一瞬、良からぬことを考えたケーキだが、何にせよ闘志を取り戻した。
顔を上げて正面を向き、力強く足を動かし続ける。
雪夜からはどれだけ休めば良いか聞いていなかったが、もう充分だろう。
そう考えたケーキは、ポータル端末から草原に飛ぼうとしたが――
「あ、ケーキちゃんだ!」
「え? あ、ホントだ! 偶然だね!」
「わぁ! 近くで見ると、ますます可愛い!」
タイミング良く――悪く?――転移して来た、女性プレイヤー3人に捕まった。
煩わしく思ったケーキは、軽く会釈して去ろうとしたが、寸前で動きを止めることになる。
「ねぇねぇ、ケーキちゃんとAliceちゃんって、ベルセルクが好きなの?」
「確かに強いし格好良いけど、ちょっと怖くない?」
「ジェネシス・タイタンに関して何も教えてくれなかったし、冷たいとこもあるよね」
ポータル端末へのアクセスを中断したケーキは、ゆっくりと3人に向き直った。
その顔には能面のような無表情が張り付いているが、内側には凄まじい激情が渦巻いている。
ところが、女性プレイヤーたちは尚も能天気に、彼女の逆鱗に触れ続けた。
「何て言うか、自己中って感じだよね。 自分さえ勝てたら良いって感じ?」
「いつもクリスタルの近くにいるけど、本当は生存戦争にも興味ないんじゃない?」
「戦闘狂らしく、最後まで戦って負けたら本望~とか?」
「あはは! ありそう! そう言うのに巻き込まれるの、やだよね~。 どうせなら、勝手にどっかに攻め込んで、勝手に脱落してくれれば――」
瞬間、抜剣したケーキが3人に剣先を突き付けた。
突然の事態に女性プレイヤーたちは硬直していたが、ケーキは構わず続ける。
「愚かですね、貴女たちは。 自分たちがまだここにいられるのが、誰のお陰かも知らずに妄言ばかり吐いて……怒りを通り越して呆れます」
「ケ、ケーキちゃん……?」
「質問には答えてあげましょう。 わたしは雪夜さんが好きです。 これで満足ですか? 満足したなら、金輪際わたしに関わらないで下さい」
一方的に言い捨てたケーキは、女性プレイヤーたちを放置してポータル端末にアクセスした。
草原に降り立った彼女はすぐさま足を踏み出し、狩場へと向かう。
その歩みに淀みはなかったが――
「う……ひっく……」
止めどなく涙を流し、嗚咽を堪えていた。
悔しい。
その一念が、彼女の心を支配している。
雪夜が固い意志を持って、生存戦争に臨んでいること。
誰よりもCBOプレイヤーの身を案じて、サポートしようとしたこと。
自身を悪役にすることで、他の者たちを奮い立たせようとしていること。
全てを明かしたかった。
だが、それをするのは彼に対する背信行為。
そう思い直したケーキは、際どいところで我慢したのだが、感情の爆発を止めることが出来なかった。
その後、彼女が落ち着くまでに犠牲になったダーク・ウルフの数は、4桁を超える。
なんとか立ち直ったケーキは涙を拭い、雨が降り出した空を見上げてひとりごちた。
「雪夜さん……会いたいです……」
その声は非常に小さなものだったが、込められた想いは並々ならない。
しばしして視線を下げたケーキは、表情を引き締めて大剣を振るい始める。
少しでも早く雪夜に近付き、彼を1人にさせないように。
その為ならば、使えるものは何でも使おう。
決意を新たにしたケーキは、ひたすらにダーク・ウルフたちを斬殺し続けた。
第1回、GENESISクエスト最終日に、代表たちは定例会議を行っていた。
基本的な確認事項から始まり、外部の動きにも注意を払う。
今のところ問題はなく、生存戦争を邪魔される様子はない。
そうして話題は、次第にGENESISクエストの結果へと移って行った。
『やっぱり、4大タイトルは強いわね。 ある程度の脱落者は出たようだけれど、主力級のプレイヤーは全員残っているわ』
『流石と言ったところだな、二。 もっとも、今回はチュートリアル的な要素もある。 本番は次回以降だと言っても、過言ではないだろう』
『一の言う通りですね。 早期参加が求められることや、下位を切られる可能性を、知らしめることが出来たと思います。 今後のGENESISクエストは、より一層熾烈を極めるでしょう』
『そうだね、四。 プレイヤー連中は舐めてたようだけど、GENESISクエストは甘くない。 これからどう言う展開になるか、楽しみだよ』
三の言葉を最後に、室内が静寂に包まれる。
それ自体は気にするほどの事態ではないが、彼らは違和感を抱いた。
代表が、先ほどから沈黙を保っていることに。
元々、寡黙なタイプではある。
しかし、会議の際は積極的に発言する彼が、何も言わずにいることを疑問に持ち、一が率先して問い掛けた。
『代表、どうかしたのか?』
「……いや、少し気になることがあってな」
『気になること? それは何だい?』
「三、今回のGENESISクエストで、最も生存率が高かったタイトルはどこだ?」
『生存率? それは……【クライシス・ブレイク・オンライン】、通称CBOだね』
「そうだ。 それも、圧倒的に被害が小さい。 それが少し気になったんだ」
『気にし過ぎではないかしら? CBOは人口が少ない代わりに、プレイヤーの質は高いのだから、割合で言えばそう言うことも起こり得るでしょう』
「確かにそうだ、二。 だが、わたしが気にしているのは、それだけが理由ではない」
『どう言うことですか?』
「四、CBOで最もタイムが速かったパーティがわかるか?」
『……12分52秒ですね。 しかし、これは……』
『どうした、四? 確かに速いが、驚くほどではないだろう?』
『……一、メンバーが3人なのです。 それも、1人はレベルも装備も、足りているとは言えません』
『だとしたら、驚異的だね。 よほど腕が立つのか……チートでも使っているのか』
『チートの線は薄いわね、三。 そのようなことをすれば、すぐに気付くはずよ』
「わたしも、二と同意見だ。 念の為に調べてみたが、白だった。 ただ……」
声を切った代表が、虚空にウィンドウを表示させる。
そこに映っていたのは――
「彼女に関しては、少々不可解な点がある」
草原の狩場で戦い続けている、ケーキ。
代表の発言を受けたメンバーは、無言で先を促す。
対する代表はしばし口を閉ざしてから、ゆっくりと言い放った。
「調べる過程でわかったことだが、彼女のプレイヤー名はケーキ。 ここ最近で、レベルが急成長している」
『確かに、途轍もない速度ですね。 ですが、不正を働いている様子はありません』
「そうだな、四。 しかし、わたしが引っ掛かったのはそこではない」
『勿体付けるね、代表。 結局、何が言いたいのかな?』
「すまない、三。 結論を言うと……彼女に関しては、何1つわからない。 わたしたちの力を使えば、プレイヤーの情報は大抵手に入るが、ケーキに関してはどこの誰かもわからなかった」
『それは、確かに異常ね……。 でも、だからと言って生存戦争に影響があるのかしら?』
『わたしも二と同じで、大勢に影響があるとは思えない。 それとも代表は、何か確信があるのか?』
「いや、現時点では不可解と言うことだけだ。 そこで……三、四、2人には彼女の監視を頼みたい。 プレイヤーたちの状況を探る傍ら、余裕があればケーキのことも調べてくれ」
『気にし過ぎだと思うけど……わかった、任せてよ』
『わたしも、それとなく気に掛けておきます』
「頼んだ。 では、今日はここまでにしよう。 各自、次のGENESISクエストの準備をしながら、生存戦争の動向に注意してくれ」
その言葉を合図として、会議は解散となった。
1人になった代表は椅子の背もたれに体を預け、眼前のウィンドウを注視する。
画面の中では相変わらず、ケーキが多数のダーク・ウルフを葬っていた。