表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/31

第22話 不可解

 雪夜が朱里と仲良く(?)していた頃、ケーキは安全エリアである花畑を歩いていた。

 今は天気も良く、快晴の空が広がっている。

 ここにはモンスターが出現することがないので、プレイヤーがピクニックや写真撮影をする際にも、利用されることが多い。

 戦闘がメインのCBOにもこう言った場所は点在し、中にはそれを目当てにプレイしている者もいた。

 もっとも、本音を言えばケーキは戦場に戻りたいのだが。

 しかし、雪夜から無理し過ぎるなと言われている為、仕方なく休憩している。

 戦闘AIである彼女は、実際には疲れることなどないが、彼の言い付けを破ると言う選択肢はない。

 また、今でも可能な限り早くレベルを上げたいと思いつつ、気持ちに若干の余裕が生まれていた。

 ただし――


「……不愉快ではありますが、助かっていることは否定出来ません」


 その理由を考えて、眉を顰めるケーキ。

 Aliceと繰り返しライズクエストに赴いた彼女は、今ではレベル53にまで達していた。

 ケーキはここまで来るのに、もっと時間が掛かると計算していたので、はっきり言ってかなり大きな援護。

 Aliceが、100%善意で手伝ってくれているのではないとわかっているが、そのようなことは些細な問題。

 結果的に雪夜に追い付けるなら、彼女としては何でも良かった。

 だが、気になることがあるのも事実。


「『魔導士』が集団戦に強いのは知っていましたが……彼女は群を抜いていますね」


 難しい顔のまま、歩を連ねるケーキ。

 彼女が思い浮かべているのは、ライズクエストで敵を惨殺し続けたAliceの姿。

 ライズクエストには、大量の小型モンスターが出現するのだが、その全てがレベル30程度。

 ボーナス的なクエストの為、戦闘はオマケのなものの、それにしてもAliceの殲滅スピードは尋常ではない。

 正直なところ、ケーキが攻撃する暇もないほど迅速に、ほとんどの敵を処理していた。

 モンスターが弱いこともあるが、そこには『剣士』と『魔導士』の職業性能の差に加えて、『クリスタル・ロッド』の特殊能力が影響している。

 『敵を倒した際にAP5%回復』。

 ジェネシス・タイタンのようなボスモンスターには意味がないが、対多数戦においては無双状態。

 Aliceに全てを任せる方が効率が良いと悟ったケーキは、途中から全く動かなくなった。

 そのことに彼女が文句を言うことはなく、むしろ楽しそうに鼻歌混じりで掃討していたが、少なからずケーキのプライドは傷付けられている。


「雪夜さんに付き纏うだけはある……などと思いたくはありませんが……今のわたしよりは、相応しいかもしれません……」


 しょんぼりと俯いて、トボトボ歩くケーキ。

 それでも、彼女が雪夜を想う気持ちは、この程度で折れるほど柔ではなかった。


「いいえ、今はまだレベルと装備が足りないだけです。 それに、集団戦では劣るとしても、強敵との戦いなら『剣士』に分があります。 最悪、『剣姫』の力を解放すれば……それは流石に駄目ですね」


 一瞬、良からぬことを考えたケーキだが、何にせよ闘志を取り戻した。

 顔を上げて正面を向き、力強く足を動かし続ける。

 雪夜からはどれだけ休めば良いか聞いていなかったが、もう充分だろう。

 そう考えたケーキは、ポータル端末から草原に飛ぼうとしたが――


「あ、ケーキちゃんだ!」

「え? あ、ホントだ! 偶然だね!」

「わぁ! 近くで見ると、ますます可愛い!」


 タイミング良く――悪く?――転移して来た、女性プレイヤー3人に捕まった。

 煩わしく思ったケーキは、軽く会釈して去ろうとしたが、寸前で動きを止めることになる。


「ねぇねぇ、ケーキちゃんとAliceちゃんって、ベルセルクが好きなの?」

「確かに強いし格好良いけど、ちょっと怖くない?」

「ジェネシス・タイタンに関して何も教えてくれなかったし、冷たいとこもあるよね」


 ポータル端末へのアクセスを中断したケーキは、ゆっくりと3人に向き直った。

 その顔には能面のような無表情が張り付いているが、内側には凄まじい激情が渦巻いている。

 ところが、女性プレイヤーたちは尚も能天気に、彼女の逆鱗に触れ続けた。


「何て言うか、自己中って感じだよね。 自分さえ勝てたら良いって感じ?」

「いつもクリスタルの近くにいるけど、本当は生存戦争にも興味ないんじゃない?」

「戦闘狂らしく、最後まで戦って負けたら本望~とか?」

「あはは! ありそう! そう言うのに巻き込まれるの、やだよね~。 どうせなら、勝手にどっかに攻め込んで、勝手に脱落してくれれば――」


 瞬間、抜剣したケーキが3人に剣先を突き付けた。

 突然の事態に女性プレイヤーたちは硬直していたが、ケーキは構わず続ける。


「愚かですね、貴女たちは。 自分たちがまだここにいられるのが、誰のお陰かも知らずに妄言ばかり吐いて……怒りを通り越して呆れます」

「ケ、ケーキちゃん……?」

「質問には答えてあげましょう。 わたしは雪夜さんが好きです。 これで満足ですか? 満足したなら、金輪際わたしに関わらないで下さい」


 一方的に言い捨てたケーキは、女性プレイヤーたちを放置してポータル端末にアクセスした。

 草原に降り立った彼女はすぐさま足を踏み出し、狩場へと向かう。

 その歩みに淀みはなかったが――


「う……ひっく……」


 止めどなく涙を流し、嗚咽を堪えていた。

 悔しい。

 その一念が、彼女の心を支配している。

 雪夜が固い意志を持って、生存戦争に臨んでいること。

 誰よりもCBOプレイヤーの身を案じて、サポートしようとしたこと。

 自身を悪役にすることで、他の者たちを奮い立たせようとしていること。

 全てを明かしたかった。

 だが、それをするのは彼に対する背信行為。

 そう思い直したケーキは、際どいところで我慢したのだが、感情の爆発を止めることが出来なかった。

 その後、彼女が落ち着くまでに犠牲になったダーク・ウルフの数は、4桁を超える。

 なんとか立ち直ったケーキは涙を拭い、雨が降り出した空を見上げてひとりごちた。


「雪夜さん……会いたいです……」


 その声は非常に小さなものだったが、込められた想いは並々ならない。

 しばしして視線を下げたケーキは、表情を引き締めて大剣を振るい始める。

 少しでも早く雪夜に近付き、彼を1人にさせないように。

 その為ならば、使えるものは何でも使おう。

 決意を新たにしたケーキは、ひたすらにダーク・ウルフたちを斬殺し続けた。











 第1回、GENESISクエスト最終日に、代表たちは定例会議を行っていた。

 基本的な確認事項から始まり、外部の動きにも注意を払う。

 今のところ問題はなく、生存戦争を邪魔される様子はない。

 そうして話題は、次第にGENESISクエストの結果へと移って行った。


『やっぱり、4大タイトルは強いわね。 ある程度の脱落者は出たようだけれど、主力級のプレイヤーは全員残っているわ』

『流石と言ったところだな、二。 もっとも、今回はチュートリアル的な要素もある。 本番は次回以降だと言っても、過言ではないだろう』

『一の言う通りですね。 早期参加が求められることや、下位を切られる可能性を、知らしめることが出来たと思います。 今後のGENESISクエストは、より一層熾烈を極めるでしょう』

『そうだね、四。 プレイヤー連中は舐めてたようだけど、GENESISクエストは甘くない。 これからどう言う展開になるか、楽しみだよ』


 三の言葉を最後に、室内が静寂に包まれる。

 それ自体は気にするほどの事態ではないが、彼らは違和感を抱いた。

 代表が、先ほどから沈黙を保っていることに。

 元々、寡黙なタイプではある。

 しかし、会議の際は積極的に発言する彼が、何も言わずにいることを疑問に持ち、一が率先して問い掛けた。


『代表、どうかしたのか?』

「……いや、少し気になることがあってな」

『気になること? それは何だい?』

「三、今回のGENESISクエストで、最も生存率が高かったタイトルはどこだ?」

『生存率? それは……【クライシス・ブレイク・オンライン】、通称CBOだね』

「そうだ。 それも、圧倒的に被害が小さい。 それが少し気になったんだ」

『気にし過ぎではないかしら? CBOは人口が少ない代わりに、プレイヤーの質は高いのだから、割合で言えばそう言うことも起こり得るでしょう』

「確かにそうだ、二。 だが、わたしが気にしているのは、それだけが理由ではない」

『どう言うことですか?』

「四、CBOで最もタイムが速かったパーティがわかるか?」

『……12分52秒ですね。 しかし、これは……』

『どうした、四? 確かに速いが、驚くほどではないだろう?』

『……一、メンバーが3人なのです。 それも、1人はレベルも装備も、足りているとは言えません』

『だとしたら、驚異的だね。 よほど腕が立つのか……チートでも使っているのか』

『チートの線は薄いわね、三。 そのようなことをすれば、すぐに気付くはずよ』

「わたしも、二と同意見だ。 念の為に調べてみたが、白だった。 ただ……」


 声を切った代表が、虚空にウィンドウを表示させる。

 そこに映っていたのは――


「彼女に関しては、少々不可解な点がある」


 草原の狩場で戦い続けている、ケーキ。

 代表の発言を受けたメンバーは、無言で先を促す。

 対する代表はしばし口を閉ざしてから、ゆっくりと言い放った。


「調べる過程でわかったことだが、彼女のプレイヤー名はケーキ。 ここ最近で、レベルが急成長している」

『確かに、途轍もない速度ですね。 ですが、不正を働いている様子はありません』

「そうだな、四。 しかし、わたしが引っ掛かったのはそこではない」

『勿体付けるね、代表。 結局、何が言いたいのかな?』

「すまない、三。 結論を言うと……彼女に関しては、何1つわからない。 わたしたちの力を使えば、プレイヤーの情報は大抵手に入るが、ケーキに関してはどこの誰かもわからなかった」

『それは、確かに異常ね……。 でも、だからと言って生存戦争に影響があるのかしら?』

『わたしも二と同じで、大勢に影響があるとは思えない。 それとも代表は、何か確信があるのか?』

「いや、現時点では不可解と言うことだけだ。 そこで……三、四、2人には彼女の監視を頼みたい。 プレイヤーたちの状況を探る傍ら、余裕があればケーキのことも調べてくれ」

『気にし過ぎだと思うけど……わかった、任せてよ』

『わたしも、それとなく気に掛けておきます』

「頼んだ。 では、今日はここまでにしよう。 各自、次のGENESISクエストの準備をしながら、生存戦争の動向に注意してくれ」


 その言葉を合図として、会議は解散となった。

 1人になった代表は椅子の背もたれに体を預け、眼前のウィンドウを注視する。

 画面の中では相変わらず、ケーキが多数のダーク・ウルフを葬っていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ