第21話 発覚
第1回、GENESISクエスト最終日の朝。
今日が終われば、明日からまた闘いの日々が帰って来る。
CBOは今のところ他のタイトルと争っていないが、明日もそうだとは限らない。
だとしても、ひとまず今日までは、英気を養う期間に充てて良いはずだ。
そう考えつつ雪夜は、例によって朱里とともに朝食を食べている。
あの夕方デート――ではなく買い出しを境に、彼女の調子はだいぶ良くなっていた。
時折暗い顔も見せるが、全体的には以前の明るさが戻って来ている。
そのことに雪夜は安堵していたが、GENESISは容赦しない。
食事を終えて、登校前の時間に雑談を楽しんでいた2人の元に、1件の通知が入った。
瞬間、硬くなった朱里に気付かぬふりをして、雪夜は自然な動作でスマートフォンをチェックする。
そこには――
『生存プレイヤーのうち、95%以上のGENESISクエスト受注を確認。 第1回、GENESISクエスト終了。 受注しなかったプレイヤー及び、クリアタイムが下位5%だったプレイヤーは脱落。 侵攻可能になるのは、明日19時以降』
と言う、無慈悲な文字が表示されていた。
それを見た雪夜は目を鋭くさせたが、比較的落ち着いている。
何故なら彼は、この展開をある程度予測していたからだ。
期間が最長3日間だと言う条件を聞いた当初は、全員が早くに受注を終われば終了かと思っていたが、それだと情報が集まるまで待った方が有利過ぎることに引っ掛かっていた。
報酬を用意することで早期クリアを促したのは、GENESISなりのヒントだったのかもしれない。
そして、タイマーがカウントダウンではなく、カウントアップだったこと。
ここにも雪夜は違和感を覚え、迅速なクリアを目指した。
ただクリアするだけで良いなら、時間を使って安全策を取れば良いが、その場合はカウントダウンになる方が自然。
カウントアップ仕様だった事実を受けた彼は、クリアタイムも何かしら関係していると疑ったのだ。
深読みし過ぎだと言う思いもあったが、結果的に雪夜の選択は正しかったと言える。
それと同時に、どれだけのCBOプレイヤーが生き残れたのか心配になった。
取り敢えず確認したところ、彼のCBOアカウントは無事。
つまり、生存したと言うこと。
内心でホッとしながら朱里の様子を窺うと、戸惑った様子でスマートフォンを操作し、やがて安堵の溜息をついていた。
そのことから、彼女も生存したのを察した雪夜は、この機会に確認することに決める。
コーヒーの入ったカップを口に運びながら、極めて何でもないように問い掛けた。
「生き残っていたか?」
「うん。 びっくりしたけど、大丈夫……って、な、何の話?」
「誤魔化さなくて良い。 生存戦争に参加しているんだろう? 俺もだ」
「セ、セツ兄も!?」
「俺もと言うことは、参加していることを認めるんだな?」
「あ……うん……。 どうして気付いたの……?」
「俺が何年、幼馴染をしていると思っているんだ? その程度のこと、すぐにわかった」
「そうなんだ……。 あたしは気付けなかったのに……」
「それは、あれだ。 自分で言うのも何だが、俺は感情が表に出難いタイプだからだろう」
「あー、確かに。 セツ兄、不愛想だもんねー。 あたしに対しては、そうでもないけど!」
「否定はしないが、はっきり言われると辛いものがあるな」
「え、気にしてたの? てっきり確信犯だと思ってた」
「敢えて不愛想にする必要はないだろう。 無理に愛想良くするつもりもないが」
「あはは! 誰にでも愛想の良いセツ兄なんか、気持ち悪いよー。 セツ兄は、未来の彼女さんとあたしにだけ、優しくしてくれたら良いの!」
「ちゃっかり、朱里も入って来るのか」
ケラケラと笑う朱里に、苦笑を返す雪夜。
しばし穏やかな時間が流れたが、それは長く続かない。
それまでの笑顔が鳴りを潜め、寂し気な表情になった朱里が、意を決したかのように口を開く。
「ねぇ、セツ兄……。 セツ兄は、どのタイトルを――」
「待て、朱里」
「え……? な、何?」
「お互いのタイトルは、黙っておこう」
「ど、どうして?」
「一緒のタイトルなら良いが、可能性としては低い。 その場合、俺たちはいずれ戦う関係だ」
「……そうだね」
悲しそうに俯く朱里。
しかし雪夜は、それに構わず言葉を続けた。
「だからこそ、黙っておく。 そのときになって、躊躇しないように。 俺は、相手が朱里だと知っていても、全力で戦える自信がない」
「セツ兄……。 うん、あたしも……」
「朱里、自分のタイトルが生き残ることだけを考えろ。 相手が誰であっても、手加減しないと約束してくれ」
「……わかった、あたし頑張るよ。 目の前の敵がセツ兄だったとしても、負けないから!」
「その意気だ。 まぁ、俺も負けるつもりはないが」
「わー、怖い。 本気のセツ兄とか、正直勝てる気がしないなー」
「前言撤回が早過ぎるぞ」
「あはは、嘘だよ。 現実で剣道で勝負するなら無理だけど、ゲームならあたしにだってチャンスはあると思うし」
「そう言い切ると言うことは、相当やり込んでいるな。 ちゃんと勉強しているのか?」
「む。 そんなこと言うなら、セツ兄だってそうじゃない? どーせ、セツ兄のことだから、ゲームだって凄いんでしょ?」
「前にも言ったが、俺が何でも出来ると思うな。 ただ……ゲームに関しては、それなりだと言っておこう」
「うーわ。 セツ兄がそう言う言い方するときって、大体とんでもないよね」
「そうか?」
「そうだよ。 これは、気を引き締め直した方が良さそうかなー」
口ではそう言いながら、楽しそうに笑う朱里。
どうやら、最終的に敵対するとしても、雪夜と話題を共有出来て嬉しいようだ。
そのことを漠然と察した雪夜は、苦笑しながら席を立つ。
「そろそろ出よう。 生存戦争も大事だが、学生の本分は学業だ」
「うわー。 そう言うのって、頭の固い大人が言うと思ってた。 高校生本人が言うことって、あるんだね」
「それだけが全てとは言わないが、学校に通っている以上はそうだと思うぞ。 ましてや大抵の学生は、親に授業料を支払ってもらっているんだ。 それを無駄にするのは良くない」
「……セツ兄って、人生何周目なの?」
「少し前にクラスメイトにも言われたが、意味がわからないな。 さぁ、行くぞ」
「わかったけど……セツ兄はもっと、遊び心を持った方が良いと思う。 どれだけスペックが高くても、今のままじゃ彼女出来ないかも」
「余計なお世話だ」
そう言って玄関に向かった雪夜を、朱里は溜息混じりに追い掛けた。
この幼馴染に欠点があるとすれば、その真面目過ぎる性格ではないだろうか。
などと考えつつ、朱里はそんな彼が決して嫌いじゃない。
むしろ、大好きだとすら言える。
少なくとも――
「セツ兄!」
「何だ?」
「もし10年後、お互いに相手がいなかったら、あたしが結婚してあげるから安心して!」
このような冗談が言える程度には。
ニコニコと笑う朱里を、目を丸くして見つめる雪夜。
しかしすぐに立ち直り、小さく溜息をこぼしながら、軽く朱里の額を小突いて言い放つ。
「馬鹿なことを言っていないで、今の恋愛を頑張れ」
「もー、素直じゃないなー。 ホントは嬉しいくせにー」
「……今日も弁当を作っていたんだが、いらないようだな」
「え!? じ、冗談だってば! 謝るから、あたしの楽しみを奪わないでー!」
「聞こえないな」
「セ、セツ兄~! ごめんなさ~い!」
スタスタと通学路を歩み出した雪夜に、大慌てで付いて行く朱里。
2人の様子を他の生徒たちが興味深そうに見ていたが、今の彼女にそれを気にする余裕はなかった。
そうして学校に着くまで朱里を無視し続けたものの、最終的に弁当を与えた雪夜は、甘いと言わざるを得ないかもしれない。