第20話 ピース
ケーキたちと別れた雪夜はポータル端末を使い、海の近くに来ていた。
夕日が沈みかけており、CBOの世界に夜が訪れようとしている。
ここでもちょっとした素材は手に入るが、Aliceと行った岩山の方が、圧倒的に効率は良い。
それでも彼がこの場所を選んだのは、気分転換を兼ねているからだ。
真っ白な砂浜に足跡を残しながら、波打ち際を歩く雪夜。
その顔には真剣な面持ちが浮かんでおり、たまに素材を集めながら、視線は眼前に開いたウィンドウに固定している。
そこに映っているのは、他ゲームが侵攻している配信の記録映像。
流石に全てを網羅している訳ではないが、有名どころは押さえていた。
中でも4大タイトルは可能な限り録画しており、時間があるときにチェックしている。
MLO、BKO、THOも対象ではあるが、やはり現時点で最も警戒すべきはSCO。
全体的なプレイヤーの質や装備の強さもさることながら、要注意なのが七剣星なのは言うまでもない。
第二星ロランと第三星イヴは防衛専門のようだが、それもいつまでかは不明だ。
第一星ガルフォードと第四星フレン、第五星アリエッタに至っては、ほとんど情報を得られずにいる。
一方で――
「大体わかった。 強者揃いのCBOプレイヤーでも手に余りそうだが……万全の状態なら、勝てない相手じゃない。 とは言え、強敵だ。 間違っても油断する訳には行かないな」
第六星アルドと第七星カインに関しては、ほぼ分析済み。
彼らは毎日多数のタイトルに攻め込み、先頭で戦い続けていた為、データを入手するのが容易い。
その結果として出した結論が、今の呟きな訳だが、雪夜はその先を想像して気を重くした。
「奴らを倒したとしても、そのあとには他の七剣星が待っている。 もし残りの七剣星が、一斉に押し掛けて来たら……」
はっきり言って勝ち目はない。
普通に考えれば守りに数人残すだろうが、層の厚いSCOなら充分にあり得る。
そう考えた雪夜は表情を硬くしながら、おとがいに手を当てて頭を悩ませた。
「俺とAliceと……レベリングが終わったケーキ。 客観的に見て、今のCBOの主力はこの3人だ。 しかし、それでは足りない。 本気で勝ち残りを目指すには、最低でもあと1人、強力な仲……プレイヤーが必要だ」
仲間と言いそうになったのを、慌ててプレイヤーと言い直す雪夜。
同時に彼は、先ほどのクエストを思い出す。
ケーキたちと協力し、強大なモンスターを撃破した。
あの時間は彼にとって、非常に胸が高鳴るものであり、本音を言えばまた経験したい。
そして、生存戦争を続けていれば、いずれ機会もあるだろう。
だとしても――
「……共同戦線を張っているだけだ。 仲間じゃない」
自分に言い聞かせるように、雪夜はひとりごちた。
そんな彼の声は、波の音に掻き消される。
いつの間にか歩みを止め、俯き気味に立ち尽くした。
今、雪夜の頭を駆け巡っているのは、過去の記憶。
脳裏に浮かんだ映像を打ち消すかのように、拳を握りながら頭を振った。
大きく息を吐いて落ち着きを取り戻し、真っ直ぐに正面を見据えて言葉を紡ぐ。
「もう繰り返さない。 それに、今は生存戦争だ」
誰にともなく宣言した雪夜は、歩みを再開させつつ、改めてウィンドウを見やった。
いくつもの動画を確認し、僅かでも勝率を高めるべく思考を回転させる。
だが、いくら考えてもカードが足りない。
自分やケーキ、Aliceが100%の働きをしたとしても、勝ち続けるのは至難。
だからと言って、そう都合良く新戦力など――
「……ッ!」
背後から飛来した何かを、抜刀した『無命』で弾き飛ばす雪夜。
振り向いた先には、1人のプレイヤーが立っていた。
既に夜になっているが、システムのサポートによって姿は認識出来る。
まず、恐らくは男性。
身長は雪夜より少し高く、180cmほど。
真っ黒な忍び装束に口当て、鈍色の手甲。
腰には黒い柄の短刀を下げている。
紫の髪を首の後ろで1つ括りにし、灰色の瞳は挑発的な雰囲気を醸し出していた。
雪夜に面識はないが、漠然と感じる強さは相当なもの。
それはともかく、何故攻撃して来たのか。
現在は侵攻が不可能なのだから、CBOプレイヤーなのは間違いない。
そしてPVPは、仲間同士でも敗北すれば脱落に直結する。
そのルールがある以上、現状でPVPをするのは危険だ。
では、どう言うつもりなのかと雪夜は問おうとしたが、その前に男性が動き出す。
凄まじい速度で砂浜を駆け、腰の短刀を抜き放った。
そのときには雪夜も戦闘態勢に入っており、考えるのはあとだと思い直す。
相手が何を狙っているかは知れないが、襲って来るなら敵だ。
なるべくなら撃退に留めたいが、場合によっては脱落させてでも、生き残らなければならない。
冷静にそう考えている傍らで、久しぶりのPVP自体には、柄にもなくテンションが上がっている。
最近は雪夜に挑むプレイヤーが、全くと言って良いほどいなかったからだ。
やはり彼は、ベルセルクかもしれない。
それはともかく、雪夜は既に相手の職業を看破している。
まず間違いなく、『隠密』。
装備しているのが短刀だからと言うのもあるが、何より疾走速度が速過ぎた。
『影桜』を持つ雪夜より上で、『隠密』の特性と装備が関わっている。
UR胴防具、『殺道』。
男性が身に付けている忍び装束で、『移動速度10%上昇』の特殊能力を持っていた。
デメリットの『被ダメージ10%上昇』もあるが、他の2つの特殊能力も厄介。
そこまで判別しながら納刀した雪夜は、そのときに備える。
すると、相手が逆手に持った短刀を、最速で振るった。
それを待っていた雪夜は紙一重で躱しつつ、【閃裂】をカウンターで繰り出す。
瞠目した男性は後方に飛び退いたが、刃が微かに肩を斬り裂いた。
そのことに今度は、雪夜の片眉がピクリと跳ねる。
自信過剰と思われるかもしれないが、あのタイミングで放った【閃裂】を、不完全とは言え避けられるとは思っていなかった。
相手が想像以上の使い手だと認識した雪夜は、今度は自分から仕掛ける。
【瞬影】と【閃裂】の連携から、【爪牙】まで繋げた。
『侍』の基本かつ最大のコンボ。
これをまともに受ければ、ほぼ勝負は決する。
ところが――
「……! やるな……」
思わず声をこぼす雪夜。
彼が最も得意とする3連アーツを、男性は軽傷で済ませた。
多少の被弾を許しつつ、決定打だけは許さない立ち回り。
相手が装備に頼っていない強さを誇っていることを、改めて思い知った雪夜は、気付かぬうちに獰猛な笑みを浮かべる。
依然として目的は不明なままだが、関係ない。
どちらが強いか勝負だ。
シンプルな思考になった雪夜に対して男性は、一筋の汗を流しながら勝気な笑みを浮かべ、全力で足を踏み出す。
相変わらずスピードは凄まじく、あっと言う間に雪夜に肉薄し――分裂。
2人となった男性が、左右から同じ動きで短刀を振り乱した。
アーツ名、【五月雨の如く】。
【爪牙】と同じく連撃系のアーツではあるが、分身と言う特殊な状態を作り出すのだ。
これは『隠密』の特徴でもあり、アーツやスキルに癖がある代わりに、使いこなせればトリッキーな動きが可能。
相手を幻惑することに長けており、このアーツ1つ取っても捌くのは難しい。
とは言え、雪夜を驚かせるほどではなかった。
楽し気に笑った雪夜が1歩下がると、【五月雨の如く】は左右から攻撃と言う利点を失う。
分身を2人とも視界に収めた彼は、最小限の被弾を覚悟で刀を繰り出した。
相手の連撃を可能な限り弾き返し、間に合わないときは回避する。
それでもやはりダメージは避けられなかったが、深刻な被害は出ていない。
凌がれた男性は悔しそうにしつつ、どこか嬉しそうにも見えた。
そして、仕切り直すべく後方に飛び退いたのだが、それは雪夜の想定内である。
「ふッ……!」
既に納刀していた雪夜が、躊躇うことなく抜刀した。
【天衝】による真空刃が着地したばかりの男性を捉え、今度こそ大ダメージを与えたかに思えたが――
「見事だ」
木材だけを残して姿を消した男性が、雪夜から離れた位置に現れた。
【変わり身】。
敵の攻撃を受けた瞬間に発動することで、ダメージをゼロのした上に瞬間移動出来る、アクティブスキル。
クールタイムは60秒。
発動のタイミングが難しく、完璧に使いこなせるプレイヤーはほとんどいない。
しかし、男性の【変わり身】は雪夜の言葉通り見事。
ゆっくりと振り返った彼は、戦闘続行するべく脚に力を込め――
「参った、俺の負けだ」
いきなり降参した男性に、目を丸くした。
雪夜としてはまだまだ戦い足りず、ここからだと思っていたので、消化不良も良いところ。
だが、男性は発言を撤回する気がないらしく、両手を挙げて歩み寄って来る。
口当てのせいで表情はわかり難いが、笑っている気配がした。
一方の雪夜は憮然としつつ、仕方なく刀を納める。
それを確認した男性はホッとしたように息をつき、愉快そうに声を発した。
「いやぁ、強い強いとは聞いてたけどよ、ここまでとはな。 正直、実際にやり合うまでは、勝てると思ってたぜ」
「お前こそ、相当強いな。 あのまま続けていれば、勝負がどちらに転んだかわからない」
「そいつはどうかな。 俺はたぶん、どうあっても勝てなかったと思うぜ。 まぁ、楽に勝たせてはやらなかっただろうがな」
完全敗北を認めておきながら、楽しそうな男性を不思議に思う雪夜。
すると、そのことに気付いた男性が、若干慌てたように言葉を紡いだ。
「悪い、自己紹介がまだだったな。 俺はゼロ。 念の為に言っておくとCBOプレイヤーで、『隠密』だ」
「俺は雪夜。 『侍』を使っている」
「はは! 知ってるって。 て言うか、CBOプレイヤーでお前を知らない方が珍しいだろ」
「それは言い過ぎじゃないか?」
「いいや、お前はCBOでも飛び抜けてるからな。 Aliceちゃんもかなりのものだが、はっきり言えばお前ほどじゃない。 ケーキちゃんは……良くわからん。 強いのは間違いないんだが、レベルと装備が実力に追い付いてない感じがする」
「……詳しいんだな」
「これでも『隠密』だからな。 情報収集はお手の物だ」
などと言いながら、ウインクするゼロ。
断っておくと、『隠密』に情報収集能力が上昇する――などと言う特性はない。
要するに、これは彼のロールプレイだ。
その割には、キャラクターが明る過ぎると思った雪夜だが、その思いには蓋をして質問をぶつける。
「ところでゼロ、突然攻撃して来たのはどうしてだ? 話している限り、敵対意識があったようには思えないが」
「あー……まぁ、言っちまえば試したかったんだよ」
「試す?」
「おう。 お前がいれば、CBOが生き残れるかどうかな」
「……それで、答えは出たのか?」
「うーむ、やっぱり厳しいとは思うぜ。 けど、俺はほとんど投げてたからな。 それを思えば可能性が出て来ただけでも、大きな前進だ」
「なるほど……。 俺としても、お前が戦力とした数えられるなら、多少は勝機が見える気がしている」
「そいつは光栄だ。 ただ、今はリアルがちょっと忙しくてな、常に防衛に参加出来る訳じゃねぇんだ。 もう暫くしたら、落ち着きそうなんだけどよ」
「それは仕方ない。 リアル事情を優先するのは、当然のことだ。 可能な範囲で手を貸してくれるなら、それで良い」
「はは、そう言ってもらえると助かるな。 そうだ、俺からも聞いて良いか?」
「何だ?」
このとき雪夜は、大して身構えていなかったが――
「お前、なんでソロしてんだ? 愛想はまぁ……良くないかもしれねぇけど、初対面の俺とも普通に話せるくらいだし、他の連中とも上手くやれるんじゃねぇか?」
ゼロの問を聞いて、ドキリとした。
だが、辛うじて表面に出すのは堪えて、何でもないように口を開く。
「大した理由はない、1人が気楽なだけだ。 そう言うお前だって、ソロなんだろう?」
「ん? どうしてそう思うんだ?」
「お前ほどの実力者が集団で活動していたら、嫌でも耳に入るはずだ。 そうじゃないと言うことは、1人で密かに活動していた可能性が高い」
「ご名答……ってとこか。 付け加えるなら、人が少ない深夜帯が多かったから、余計に目立たなかったはずだぜ」
「なるほどな。 それでも、人が全くいないことはない。 やろうと思えば、パーティやチームでの活動が出来たはずだが、どうしてそうしなかった?」
「なんつーか、縛られたくなかったんだよ。 ほら、1人なら自由に出来るだろ?」
「俺も同じだ。 それ以上でも、それ以下でもない」
その言葉を最後に、口を閉ざした雪夜。
そんな彼を前に、ゼロはこの話題はここまでだと悟る。
代わりに彼は、別の事柄に着手した。
「そう言えば、お前らジェネシス・タイタンと戦ったんだよな? どうだった?」
「Aliceたちから、説明を聞いていないのか?」
「生憎とお前を尾行してたからな。 これでも苦労したんだぜ?」
「普通に声を掛けて、軽く手合わせすれば良かっただろう」
「そこはほら、『隠密』と言えば奇襲だろ?」
「まったく……。 ロールプレイも、ほどほどにしてくれ」
「何を言ってんだよ。 折角VRMMORPGをやってんだぜ? そう言うのも楽しんでこそだろうが」
「否定はしないが……。 とにかく、ジェネシス・タイタンだったな。 予め言っておくが、あくまでも俺たちが確認出来た範囲での情報になる」
「おう、充分だ。 よろしく頼むぜ」
そうして雪夜は、ゼロにジェネシス・タイタンに関して、伝えられることを全て伝える。
対するゼロは真剣に聞いており、雪夜が説明を終えると大きく息をついた。
何やら考え込んでいる様子だったが、すぐに明るい表情に戻って言い放つ。
「サンキュー雪夜。 お礼ってほどじゃねぇが、行きたいクエストとかがあるなら手伝うぜ?」
「いや、俺はソロだと言っただろう」
「でもよ、最近はケーキちゃんとかAliceちゃんとも遊んでねぇか?」
「……パーティを組んでいる訳じゃない。 GENESISクエストは参加条件のせいで、仕方なくだ」
「ほー、そうなのか。 俺も基本はソロだけどよ、たまに気まぐれでパーティに入ったりはするぜ。 でも、お前は徹底してるみたいだな」
「そんなところだ。 それに、まだGENESISクエストをクリアしていないなら、そちらを優先した方が良い」
「慌てなくても、期間は3日あるだろ? 早期クリア報酬に興味はねぇし、俺はのんびり行くぜ」
「いや、それでも早めにクリアしておいた方が無難だ」
「ん? どう言うことだよ?」
「……これは、あくまでも可能性の話だ。 それでも良いなら、教える」
「穏やかじゃねぇな。 良いぜ、教えてくれよ」
雪夜の様子に居住まいを正したゼロは、彼の言葉を聞いて難しい顔になった。
腕を組んで思案していたようだが、ようやくして結論を下したらしい。
「わかった、なるべく早くクリア出来るようにしておくぜ」
「それが良い。 俺の考えが外れていたとしても、無駄にはならないからな」
「だな。 じゃあ、早速行って来るか。 まずは、メンバーを集めねぇと話にならねぇ」
「ソロなのに、心当たりがあるのか?」
「さっき言ったろ? たまにパーティに入ることはあるって。 そのときにフレンド交換した奴がいるから、その辺りに聞いてみるぜ」
「それなら、尚更急いだ方が良いな。 既にパーティを組んでいたら、どんどんメンバー集めが大変になる」
「お前、嫌なことを言うな……。 まぁ、その通りだけどよ。 じゃあな、雪夜。 生きてたら、また会おうぜ」
「あぁ、生きていたらな」
最後に勝気な笑みを見せたゼロは、踵を返してポータル端末に向かった。
その背中を見送った雪夜は、真っ暗な海を眺めながらポツリと呟く。
「最低限のピースは揃った」
厳密に言えば、ゼロはまだ戦力として数えるには不安定。
ケーキもレベリングが終わるのに、まだ時間が掛かるだろう。
それでも、光明が差したのは確か。
静かに戦意を昂らせた雪夜は、今後の展開に思いを馳せる。
楽な戦いにはならないだろうが、最善を尽くそう。
そう決意した雪夜を、ゲーム内で昇り始めた太陽が、眩しく照らしていた。
ここまで有難うございます。
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