第2話 CBO最強プレイヤー
ポータル端末を使って、拠点に戻って来た雪夜。
ここは最前線にある町で、最高難易度に挑みたい者が集まって来る。
今は晴れているが、時間帯によって天気は様々。
西洋風の町に、ファンタジックな雰囲気が混ざっていると言えば、多少はイメージしてもらえるだろうか。
石畳の大通りを挟むように、多種多様な屋台が出ており、かなり活気がある。
ただし、これらの多くは特に意味のないNPCで、システムとして機能するものは見た目ほどない。
一方で、クエストの発生条件になることもあるので、見落とさないように調べ尽くすのがセオリーだ。
とは言え、既に雪夜はそのような段階になく、真っ直ぐに目当ての場所に向かう。
『良く来たな! 今日はどうするんだ?』
屈強な男性NPCの大声を無視して、雪夜は淡々と端末を操作した。
ここは鍛冶屋と呼ばれる施設で、装備の強化が可能。
慣れた手付きでウィンドウを操作した彼は、UR腕防具である『滅龍』を選択した。
現在の強化値は9だが、先ほどの剣姫戦で強化の条件が整っている。
あとは、素材とゴルド――ゲーム内通貨の名前――を使用して、強化するだけだが――
「手強いな……」
30回以上繰り返しても、強化が成功しない。
これもCBOが高難易度と言われる所以で、とにかく装備強化が苦行なのだ。
単に素材を集めれば良い訳ではなく、装備自体に経験値があり、それを溜めないと強化の資格すら与えられない。
そして資格を得られても、今のように失敗が続く。
補足すると、レア度が上がれば上がるほど必要経験値が増えて、強化成功率が下がると言う嫌がらせ。
唯一の良心は、1度強化したら強化値が下がらないこと。
だとしても厳しい仕様だが、CBOに慣れている雪夜は辛抱強くウィンドウをタッチした。
すると遂に、その瞬間が訪れる。
「……! 良し……」
軽快な音とともに、『滅龍』の強化値が10になったのを見て、小さくガッツポーズを取る雪夜。
途轍もない数の素材とゴルドを消費してしまったものの、その恩恵は大きい。
強化値9の時点でも充分に強力だったが、最後の強化は能力の上昇率が段違いなのだ。
また、各装備には特殊能力が付与されており、NからSRまでは1個なのに対して、URはなんと4個。
その代わり、能力を解放するには強化を重ねなければならないので、最大限の力を発揮するには相当な忍耐が必要。
説明が長くなってしまったが、またしても雪夜は1段階上のステージに上り詰めた。
満足した気分で薄っすらと笑みを浮かべていたのも束の間、胴防具である『影桜』の強化値がまだ8なことを思い出す。
あとたった2で最大値とは言え、この2が途方もなく遠いことを彼は知っていた。
一転して嘆息した雪夜は、気を取り直して素材集めをしようとしたが――
「あ! 雪夜くん、久しぶり! 偶然だね!」
背後から元気な声を掛けられた。
振り向いた先にいたのは、ハーフアップにしたプラチナブロンドの髪が眩しい、蒼い瞳の美少女。
身長は160cmほどで、胸元は剣姫より少し慎ましいが、充分に育っている。
太陽の柄が入った白いフード付きのローブを身に纏い、複雑な紋様が刻まれた腕輪を装備していた。
先端に水晶がはめられたロッドを握り、頭を飾るのは白く大きなリボン。
輝くような笑顔を浮かべており、雪夜は反射的に目を細めた。
正直なところ厄介な相手に見付かったと思いつつ、ひとまずは最低限の挨拶を返す。
「一昨日に会ったが、久しぶり。 またな、Alice」
少女ことAliceに背を向けた雪夜は、サッサとその場を退散しようとした。
しかし、彼女はそれを許さず、ガシッと腕を掴んで引き止める。
「会って3秒でそれはなくない?」
「そう言われてもな」
「少しは話に付き合ってくれても良いでしょ?」
「どうせ、ろくでもない話だろう?」
「なんでよ!?」
「経験則だ」
「む~!」
涙目で頬を膨らませるAlice。
かなり可愛らしいが、雪夜の牙城を崩すには至らない。
勘違いしないで欲しいが、彼はAliceを疎んじている訳ではなかった。
だが、彼女に関わる事柄を面倒には思っている。
そして、その面倒事はすぐそこまで来ていた。
「Aliceちゃん! どこに行って……げ!? ベルセルク!?」
「は!? うお、マジじゃねぇか!」
「おっかねぇ……。 近付かないでおこうぜ」
ベルセルク。
狂ったように強敵と単独で戦い続ける姿から、雪夜に付けられた異名。
そこには敬意も込められているが、どちらかと言えば恐怖を感じている者が多い。
Aliceを追って来たプレイヤーたちの態度に、雪夜は内心で溜息をついた。
一方のAliceはムッとした表情をしていたが、彼女が何かを言う前に雪夜が言葉を滑り込ませる。
「今からクエストか?」
「え? あ……う、うん。 だから、雪夜くんも一緒に……」
「パーティは4人までだ。 それに、見ず知らずの人と仲良く出来るほど、俺は器用じゃない。 それは、キミも知っているだろう?」
「そうかもしれないけど……」
「俺のことは気にせず、楽しんで来てくれ。 じゃあな」
「あ……」
伝えるべきことを言い終えた雪夜は、Aliceの返事も聞かずに立ち去った。
余計なトラブルを避ける為ではあったが、今のは彼の本心。
だからこそ、Aliceは見送ることしか出来ない。
背中に彼女の寂し気な視線を感じながら、雪夜は大通りをひたすらに突き進む。
周囲から様々な目で見られたが、彼が気にすることはない。
何故なら、雪夜にとって他のプレイヤーは、NPCと大差ないからだ。
ソロプレイを信条としている彼は、基本的に誰とも行動をともにしない。
何をするにしても、どこへ行くにしても、常に孤独であり続ける。
そうすれば、裏切られることもないから。
少しだけ過去を思い出した雪夜は、小さく頭を振って足を動かす。
彼が信じるのは、モンスターたち。
奴らは、絶対に裏切らない。
いつでも自分を、受け止めてくれる。
その最たる存在が――
「……さっき戦ったばかりなのにな」
剣姫。
彼女と戦っているとき、雪夜は自分の全てを曝け出せる気がしている。
思わず甘えたくなったが、バトル・キャッスルに挑戦出来るのは、1日1回まで。
剣姫が恋しくなった雪夜は、早く明日にならないかと思った。
そんな馬鹿な思いを抱いた自分に苦笑し、気を紛らせる為に町の外へ。
安全圏を1歩出ると、そこには広大な草原が広がっている。
それだけならばゲーム序盤と大差ないが、この近辺にいるモンスターは軒並み強力だ。
もっとも、フィールド散策で遭遇するモンスターなど、所詮は高が知れている。
「ふッ……!」
前方から襲い掛かって来た黒い狼、ダーク・ウルフを両断する雪夜。
レベル50と高めだが、彼にとっては大した相手ではない。
しかし数は多く、即座に右側面から別の個体が噛み付いて来た。
対する雪夜は納刀し、次の瞬間には抜刀する。
居合いによる神速の一閃は、ダーク・ウルフの首を断ち切った。
『侍』の初期アーツ、【閃裂】。
性能は見たままで、近距離の敵に居合斬りを放つ。
最初から使えるアーツなだけあって、単純な性能ではあるが、癖がなく使い易い。
何より、雪夜ほどレベルも装備も揃っていれば、必殺の一撃に様変わりするのだ。
瞬く間に2体を始末したが、まだモンスターは残っている。
そのうち3体が一斉に跳び掛かって来たのを見て、雪夜は瞬時にアーツを選択した。
目視出来ない速度で振るわれる、多数の斬撃。
剣姫の【ブレイド・ダンサー】を弾き返した、連撃系のアーツ。
『侍』のレベルが30に達すると使用可能になる、【爪牙】。
手数が多い反面で1発の威力は控えめだが、雪夜が使った場合は話が違って来る。
装備の強さもさることながら、彼は全ての斬撃を的確な部位に打ち込むことで、大ダメージを与えていた。
それによってダーク・ウルフたちは小間切れとなり、残っているのは1体。
距離を取っていたその個体は口腔に力を溜め、闇のブレスを吐き出そうとしている。
そのことを察した雪夜は素早く納刀し、すぐさま抜刀した。
真空の刃が凄まじい速度で飛翔し、ダーク・ウルフを真っ二つにする。
中遠距離用アーツ、【天衝】。
『侍』のレベルが45に到達すると、使用可能だ。
納刀状態でしか発動出来ず、直線状にしか飛ばせないが貫通力があり、上空の敵にも通用する。
通常の間合いが狭い『侍』にとっては、貴重な攻撃手段。
そうして近辺のモンスターを掃討した雪夜は、休むことなく次なる戦場に向かった。
何かに取り憑かれたかのように、刀を振るい続ける。
いつの間にか時計の長針が1回転しており、ようやく彼は止まった。
数え切れないダーク・ウルフを斬ったが、大した収穫はない。
だが、なんとなく気分が晴れやかになっていた。
このようなことだから、ベルセルクなどと呼ばれるのだろう。
そんな自己分析をした雪夜は自嘲気味に笑い、ウィンドウを表示した。
そしてアイテムの整理を終わらせてから、ログアウトして現実に戻る。
これが、CBO最強プレイヤー、雪夜の日常だ。