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第18話 ジェネシス・タイタン討伐

 枯れ果てた大地。

 どこまでも広がる、灰色の世界。

 曇天の空は、なんとなく不安感を煽る。

 雪夜たちが招かれたのは、そんなフィールドだった。

 そしてもう1つ、彼らの目には気になるものが映っている。


「これって……?」

「タイマー……でしょうか」


 Aliceとケーキが困惑した声をこぼした。

 雪夜も含めた3人の視界、右上の辺りに『0:00』と言う数字が表示されている。

 普通に考えれば、クエスト終了までに掛かった時間を計測するのだろう。

 しかし、それを見た雪夜は表情を引き締めて、2人に告げた。


「なるべく速く倒すぞ」

「うん? どう言うこと?」

「説明している時間はなさそうだ。 ……来る」


 Aliceの疑問に答えることなく、雪夜は鞘に手を掛けた。

 それを見た少女たちも戦闘態勢に入ると、上空から巨大な何かが落ちて来て、大地を揺らす。

 紫色の肌をした、見上げるほどの巨人。

 腕が長く、普通に立っているにもかかわらず、地面に付きそうなほどだ。

 ジェネシス・タイタン。

 頭上にHPゲージが浮いており、雪夜たちにはモンスター名が確認出来たが、同時に別の情報もはっきりする。

 レベル60。

 予想通りではあるが、やはり最大レベルだ。

 ただし、他のゲームでも60とは限らない。

 恐らくそのタイトルにおける、最大レベルに設定されているのだろうと雪夜は考えている。

 そしてこの場合の動き方は、事前に決めていた。


「ケーキ、やはりレベル差は歴然だ。 安全を最優先しろ」

「……わかりました」


 雪夜の指示に対して、ケーキはやや不服そうに返事する。

 そのことに内心で苦笑しつつ、彼は言い放った。


「始めよう」

「はい」

「やっちゃうよ~!」


 3人が同時に駆け出す。

 するとタイマーが起動し、ジェネシス・タイタンも動き出した。


『オォォォォォッ!!!』


 咆哮を上げて――跳び上がる。

 そのまま地面に向けて拳を振り下ろし、雪夜たちを攻撃した。

 彼らは知らないが、この強襲によって戦闘不能になったプレイヤーも多い。

 ところが――


「テンプレだぞ、GENESIS」


 雪夜たちは余裕を持って回避する。

 敵が巨人型モンスターだと推測していた彼らは、最初の挙動に関して話し合っており、このパターンも想定していたのだ。

 空振りに終わった拳が大地を殴り、轟音を鳴らす。

 だが、雪夜たちは一切取り乱すことなく、一気に攻勢に出た。


「取り敢えず、これ!」


 Aliceが声を上げた瞬間、3人を淡い光が覆う。

 【マルチ・ゲイン】。

 パーティ全体の攻撃力と魔力、防御力を20%上昇させるアクティブスキル。

 効果時間は60秒で、クールタイムは120秒。

 補助系スキルの最高峰で、パーティの戦闘力を大きく底上げ可能だ。

 ソロを続けていた雪夜が受けるのは初めてで、密かに気分が高揚している。

 そうして援護を受けた彼は、予定通り先陣を切った。


「ふッ……!」


 【瞬影】によって急接近しながら右脚に初撃を与え、Aliceに神業と言わしめた【閃裂】へと連携し、そこから【爪牙】に派生した。

 『侍』が最大DPS――1秒につき敵に与えるダメージ効率――を叩き出す、基本のコンボ。

 アーツそのものの威力で言えば、【爪牙】を全弾ヒットさせるのが最も強い。

 しかし『侍』は、アーツから別のアーツに連携した際に、威力を10%上昇させる特性を持つ。

 それを踏まえた場合は、上記の連携が最強と言うことだ。

 更に、アーツとアーツの繋ぎが誰よりスムーズな雪夜が使えば、それこそDPSはとんでもないことになる。

 『無命』の『攻撃速度10%上昇』と相まって、他のプレイヤーとは比べ物にならない。

 あまりにも美しい動きにケーキは見惚れかけたが、自身の役割を忘れてはいなかった。


「はッ……!」


 【ツイスト・リッパー】によって、飛び込みながら斬撃を繰り出す。

 雪夜と反対の左脚にヒットさせたが、当然と言うべきか、彼ほどの威力はない。

 だからと言って彼女が役に立っていないかと言えば、そうとも言い切れなかった。

 何故なら、ボスモンスターにはダウン値と言うものが存在し、そのゲージが最大まで溜まると、大きな隙を曝す。

 そして、ダウン値の溜まり方に関しては、ケーキの方が多いからだ。

 これは『剣士』の特性でもあるが、彼女が取得しているスキルが影響している。

 【ダウン・ブースト】。

 攻撃時のダウン値の増加量が20%上昇する、パッシブスキル。

 これによって雪夜がダメージディーラーとなり、ケーキがダウン値を稼ぐと言う役割分担が出来ていた。

 そして、もう1人も忘れてはならない。


「行っけ~!」


 楽しそうに叫んだAliceが、力強く『クリスタル・ロッド』を振るう。

 ジェネシス・タイタンの頭部付近で爆発が起こり、炎を撒き散らした。

 【イグニス・フレア】。

 指定した座標に爆発を起こすアーツで、爆発の範囲と威力が反比例する。

 今回で言えば範囲を絞ることで威力を上げており、ジェネシス・タイタンに大きなダメージを与えた。

 加えて――


「あ! 『燃焼』入ったよ!」

「良し、続けてくれ」

「お任せあれ!」


 一定確率で付与される『燃焼』は、10秒間継続ダメージを発生させる状態異常。

 ダメージ量自体は大したことないが、長期戦になればなるほど戦果は大きくなる。

 また、通じる相手と通じない相手がいるので、ジェネシス・タイタンがどうかは試してみるまでわからなかった。

 通じなかった場合は別のプランも用意していた雪夜だが、『燃焼』が入るならそれを続行させるのが、文字通り最も火力が出る。

 雪夜に頼まれたAliceは嬉しそうに笑い、【イグニス・フレア】を連打した。

 通常なら彼女ほど連発出来ないが、『クリスタル・ロッド』の特殊能力の1つに、『アーツ発動速度30%上昇』がある。

 強力な反面でAP消費が激しくなるところを、Aliceは武器から光弾を発射する通常攻撃を使い、絶妙な塩梅で回復していた。

 第1フェーズは上手く行ったと雪夜は評価したものの、まだ始まりに過ぎない。

 そのとき、強襲の反動から立ち直ったジェネシス・タイタンが、拳を振り上げた。

 狙いは雪夜。

 これも予定通りで、モンスターは基本的に、最もダメージを与えているプレイヤーを狙う。

 そうなると、普通は回避やガードに時間を取られがちだ。

 ましてや相手は初見。

 並のプレイヤーなら様子を見る時間が必要だが、彼は常識外の使い手。


「もらうぞ」


 膨大な戦闘経験から、攻撃手段を予測していた雪夜。

 ジェネシス・タイタンの拳に合わせて【瞬影】を発動し、間一髪で攻撃を回避しながら、カウンター判定で右脚へ攻撃を加えた。

 『影桜』の特殊能力もあり、威力が跳ね上がっている。

 すかさず【閃裂】と【爪牙】へと繋げ、ジェネシス・タイタンのHPゲージを削った。

 ちなみに、先ほどからアーツしか使っていない雪夜だが、本来ならここまで連続使用は出来ない。

 それを可能にしているのは、腕防具である『滅龍』の特殊能力。

 『AP自動回復量15%上昇』と、『AP消費量15%減少』。

 これらに『影桜』の『回避時AP5%回復』が加わることで、長時間のアーツ連続発動を実現している。

 ただし――


「雪夜くん! HP管理は慎重にね!」

「わかっている」


 『滅龍』のデメリットは、『抜刀中、1秒ごとに最大HPの1%の値、ダメージを受ける』。

 納刀を怠れば、すぐに戦闘不能になってしまうが、それを補うのが『与えたダメージの10%HP回復(最大100)』と言う特殊能力だ。

 とは言え、雪夜の最大HPは約5000。

 それなりの頻度で攻撃しなければ、回復が間に合わない。

 ここにも彼がベルセルクと呼ばれている所以があるが、そのリスクに見合った戦闘力を手に入れている。

 そんな彼のスタイルを誰より知っているケーキは、微かに笑みを浮かべ、すぐに冷徹な表情に戻った。


「わたしは、わたしの成すべきことを貫きます」


 雪夜に攻撃が集中している間にチャージを終え、【ジャンピング・スラスト】を放つケーキ。

 高威力の斬り上げからの、斬り下ろし。

 ダメージもそれなりだが、何よりダウン値をかなり増加させた。

 そこで止まることなく、ケーキは続けてチャージを開始する。

 雪夜がジェネシス・タイタンを引き付けてくれると、完全に信頼し切っての行動だ。

 連続で繰り出された【ジャンピング・スラスト】が、より一層ダウン値を溜める。

 代わり映えしないと言われるかもしれないが、これが今のケーキに出来る最高のパフォーマンス。

 すると、足元でウロチョロされるのが煩わしくなったのか、ジェネシス・タイタンが足を上げ、思い切り雪夜を踏み付けようとした。

 このクエストでは、初めて見せる挙動なものの――


「これも良くある」


 彼にとっては、過去に幾度となく受けて来た攻撃と大差ない。

 あっさりと躱しつつ、【瞬影】から一連の連携を仕掛けた。

 迷いなく連続で振るわれた刀が、ジェネシス・タイタンの脚を斬り刻み、またしても大ダメージを与える。

 こうして彼らは、1種のパターンを作り上げた。

 ジェネシス・タイタンの攻撃を一身に集め、ケーキとAliceの安全を確保しつつ、カウンターの材料とする雪夜。

 APが続く限り、チャージした【ジャンピング・スラスト】を撃ち、どんどんダウン値を上げて行くケーキ。

 遠距離通常攻撃でAPを確保しながら、【イグニス・フレア】を連打して、痛打を与えつつ『燃焼』を維持するAlice。

 更に彼女には、時折【マルチ・ゲイン】を掛け直す役割もある。

 核となっているのは雪夜だが、ケーキとAliceもそれぞれの務めを果たしていた。

 彼らは一見すると楽に戦っているものの、ジェネシス・タイタンの攻撃は相当に激しい。

 拳の振り下ろし、足での踏み付け、跳躍からの強襲。

 高威力なのはこの3つだが、挙動の速い蹴り上げや、長い腕による薙ぎ払いも混ぜて来る。

 それでも雪夜が被弾することはなく、確実にカウンターを決めていた。

 暫くはそのまま戦い続けていたが、彼らはやがて次の段階へと移行する。


「雪夜さん、もう充分です」

「わかった、任せるぞ」

「はい……!」

「Alice、準備しろ」

「オッケー!」


 ケーキが【バトル・エリア】を発動し、ジェネシス・タイタンの注意を引き付ける。

 それと同時にAliceが、2つのアクティブスキルを使用した。

 【APリカバリー】と【コンセントレート】。

 【APリカバリー】は、HP30%を代償にAPを50%回復する効果で、クールタイムは120秒。

 【コンセントレート】は10秒間のチャージが必要だが、30秒間アーツ威力を50%上昇させる効果で、クールタイムは同じく120秒。

 要するに、多用したAPを回復しながら、火力アップを図っていた。

 一方で、ターゲットをケーキに変えたジェネシス・タイタンが、拳を叩き付けたが――


「今です」


 ジャストガード。

 ダメージをゼロにし、ジェネシス・タイタンの体勢を崩し、加えてダウン値を大きく蓄積させる。

 圧倒的な戦闘技術を誇るケーキだが、それはCBO内に限る話。

 ジェネシス・タイタンのような未知の敵に対しては、ある程度学習する時間が必要なのだ。

 逆に言うと、1度学習してしまえば、それ以降は確実に対応可能。

 彼女は雪夜たちに正体を明かしていないが、自分ならそれが出来ると説明し、彼らは信じた。

 弾かれるように仰け反ったジェネシス・タイタンに、雪夜が遅れることなく猛攻を仕掛ける。

 カウンターを取れなくなった代わりに、リスクを度外視した連続攻撃を繰り出していた。

 脚に張り付き、アーツに通常攻撃を絡めて、最高効率の動きを体現する。

 そこで復帰したジェネシス・タイタンが、今度はケーキに踏み付けを繰り出した。

 このときケーキはチャージしており、本来なら中断することになるのだが――


「無駄です」


 ジャストガードで弾きながら、チャージが完了した【ジャンピング・スラスト】を放った。

 【JG・コンティチャージ】。

 チャージ中にジャストガードに成功した場合、チャージを続行出来るパッシブスキル。

 そもそもジャストガードが難しい為、ほとんどのプレイヤーには見向きもされない。

 だが、ケーキがこのスキルを持ったとき、その力は十全に発揮可能だ。

 そして――


『グゥゥゥゥゥッ……!』


 このジャストガードと【ジャンピング・スラスト】によって、一気に増えたダウン値が最大に達する。

 ジェネシス・タイタンが地面に片膝を突き、致命的な隙を作り出した。

 瞬間――


「ここだ」


 雪夜がアクティブスキルを発動する。

 【戦機到来】。

 30秒間、消費APが30%増加する代わりに、アーツ威力を30%上昇させる効果で、クールタイムは120秒。

 いわゆる切り札的なスキルで、普段から高火力な彼を1段階押し上げる。

 時を同じくして、Aliceもチャージを終えた。


「準備出来たよ!」

「行くぞ」

「はい……!」


 ダウンしたジェネシス・タイタンに、襲い掛かる雪夜たち。

 APを全て使い切る勢いでアーツを発動し、怒涛の勢いでHPゲージを削り取って行った。

 最もダメージを稼いでいるのは雪夜だが、Aliceも相当な威力を出しており、ケーキも懸命に戦っている。

 しかし、それでも倒し切ることは出来ず、残りHPが20%を切った辺りで、ジェネシス・タイタンが立ち直った。

 対する雪夜たちは一旦距離を取り、硬い表情で様子を窺っている。

 これまで優勢に戦いを繰り広げていた彼らだが、出来れば今のダウン中に終わらせたかった。

 何故なら――


『グ……グルァァァァァッ!!!!!』


 ボスモンスターの特性として、HPが一定値を下回ると、挙動が変化するからだ。

 肌が紫から赤黒くなったジェネシス・タイタンが、空高く跳躍する。

 最初の強襲に似ているが、それよりも遥かに高い。

 それを見た雪夜は、咄嗟に声を上げた。


「跳べ!」


 ジェネシス・タイタンが着地する寸前に、3人がジャンプする。

 その直後、広範囲に渡って地震が発生した。

 恐らく地面に立ったままなら、大ダメージを受けていただろう。

 着地したケーキとAliceは、なんとか窮地を脱したことに安堵していたが、雪夜は違った。


「下に気を付けろ!」


 彼の声にハッとした少女たちが地面に意識を向け――無数の土の剣が突き上がる。

 まるで剣山と化した大地を前にして、雪夜たちは必死の回避を試みた。

 それでも躱し切ることは出来ず、全員が大なり小なりダメージ受けてしまう。

 特にレベル差のあるケーキの損害が酷く、瀕死状態。

 だが、生き残ることは出来た。

 ひとまずはそれで良いと考えた彼女は、アイテムで回復しようとして――


「……ッ!?」


 爆発。

 土の剣が粉々になり、散弾となって雪夜たちを襲った。

 地震、剣山、散弾の3連コンボ。

 勝利を目前にしたプレイヤーをどん底に突き落とす、悪夢のような大技。

 思わぬ事態に反応が遅れたケーキは、ガードすら間に合わず――黒い影が視界を塞ぐ。

 戦闘不能になると思い、体を硬直させていた彼女が目を見開いていると、Aliceの悲鳴が響き渡った。


「雪夜くんッ!?」

「大丈夫だ」


 微塵も揺るぎない雪夜の声を聞いた瞬間、ケーキの人工知能が答えを出す。

 自分が、雪夜に庇われたと言う答えを。

 ゆっくりとケーキから身を離した彼のHPゲージは、ケーキを下回っていた。

 自らの不覚を悔いたケーキは、涙を浮かべて謝罪しようとしたが――


「大丈夫だと言っただろう」


 頭を優しく撫でられて、言葉を失った。

 そんな彼女に微笑を見せた雪夜は表情を改め、全速力で駆け出す。

 大技の反動で止まっていたジェネシス・タイタンに肉薄し、【爪牙】を連続で放った。

 火力を求めるなら別のアーツを混ぜた方が良いが、HPを回復するには手数が必要。

 そうして雪夜は危険域を脱したが、代償としてAPが底を突く。

 ジェネシス・タイタンのHPゲージも残り僅かだが、ここに来て最大戦力がパワーダウン。

 しかし、雪夜が諦めることはなく、集中力を極限まで高め――


「もう! 仕方ないな~!」


 Aliceが放った魔力の砲撃が、ジェネシス・タイタンに直撃し――HPゲージを削り切った。

 光の粒子となったジェネシス・タイタンが天に昇り、暗雲を吹き散らす。

 辺りにファンファーレが流れ、宙に『Quest Clear』の文字が現れた。

 驚きのあまり、流石の雪夜も目を見開いて、反射的に背後を振り向く。

 そこには腰に手を当てたAliceが立っており、プンスカと怒って言い放った。


「ホントに雪夜くんは! 無茶し過ぎなんだよ! お陰で、奥の手を使っちゃったじゃない!」

「……今のは、フィニッシュアーツか?」

「そうだよ! 言っておくけど、条件とか効果は教えないからね? CBOでもPVPはあるんだから、一応あたしたちライバルでもあるんだし!」

「すまない……」


 頬を膨らませて怒り心頭なAliceに、雪夜は真剣に謝罪した。

 フィニッシュアーツとは、ゲーム側から選ばれたプレイヤーのみが使える、極めて強力なアーツである。

 ただし、選ばれる条件などは不明な為、狙って習得することは出来ない。

 また、発動には大抵の場合条件があるので、使用者はそれを隠すのが基本。

 そう言う、本当の意味で切り札と呼べるものを使わせたことに、雪夜は申し訳なくなっていた。

 そんな彼に対してAliceは、一転して大慌てで言い募る。


「そ、そこまで謝らなくて良いよ。 別に、絶対秘密ってつもりもなかったし」

「そう言ってもらえると有難いが……」

「良いから、もう気にしないの! 雪夜くんのそんな顔、見たくないもん!」

「……わかった」


 自分がどのような顔をしていたのかわからない雪夜は、苦笑を漏らした。

 彼が本調子に戻ったことを喜び、Aliceはニコリと笑っている。

 するとそこに、おずおずと言った様子のケーキが歩み寄って来た。

 明らかに気落ちしており、その理由がわかっている雪夜は、先回りして口を開く。


「ケーキ」

「……はい」

「良くやった」

「え……?」

「あの段階でダウンを奪えたのは、キミがいたからだ。 あれだけのレベル差があったにもかかわらず、大きな仕事をしたな」

「で、ですが、わたしは……」

「初見の攻撃に対応し切れないのは、仕方がない。 いつまでも引き摺るな」

「雪夜さん……」

「そうだよ、ケーキちゃん! 雪夜くんがおかしいだけで、普通はもっと苦戦してるはずなんだからね? 気にしない気にしない!」

「おかしいは心外だな」

「え? 自覚ないの?」

「ますます心外だ」


 憮然とする雪夜に、楽し気な笑みを返したAlice。

 2人のやり取りを聞いていたケーキは苦笑を浮かべ、丁寧に一礼してから声を発した。


「有難うございます、雪夜さん。 ……Aliceさんも、今回はお礼を言っておきます」

「なんか、引っ掛かる言い方だね……」

「お気になさらず」

「む~! 見た目は可愛いのに、性格は全然可愛くない!」

「そうですか」

「そう言うところだよ!」


 ギャアギャアと噛み付くAliceを、澄まし顔で受け流すケーキ。

 その姿を眺めていた雪夜は、彼女たちの仲が良いのか悪いのか、わからなくなっている。

 しかし、一旦その思考を仕舞い込んだ彼は、右上のタイマーに視線を移し、ポツリと呟いた。


「12分52秒か……」

「ん? あ、タイムね。 3人でこれなら、上出来じゃない? 制限時間を半分以上残した訳だし」

「確かにそうだ。 ただ、このタイムが全体で見たとき、どれくらいの順位かと思ってな」

「順位ですか。 どこにも表示されていないのでわかりませんが……早期クリア報酬はもらえたようですね」

「あ、ホントだ! やったね!」


 ウィンドウを開いたケーキが調べると、GENESIS名義で多額のゴルドが与えられていた。

 続いて確認したAliceも歓喜したが、雪夜の表情は晴れない。


「いや、問題はそこじゃないんだ」

「え、違うの? なるべく速く倒そうって言ってたから、狙ってるのかと思ったんだけど」

「雪夜さん、何をお考えなのですか?」

「……確証がないから、話すのはやめておく。 どの道、既にクリアした俺たちにはどうすることも出来ない」

「良くわからないけど……雪夜くんがそう言うなら、聞かないでおいてあげる」

「同じくです」

「有難う。 それはそうと、2人に頼みたいことがある」


 前置きした雪夜が内容を伝えると、ケーキたちは驚きに目を丸くし、次いで寂しそうな面持ちになった。

 少女たちの反応に胸中で苦笑した雪夜は、気付かぬふりをして言葉を紡ぐ。


「じゃあ、帰ろう」

「うん……」

「はい……」

「……次回のGENESISクエストがどうなるか知らないが、機会があればまた頼む。 2人とのクエストは……悪くなかった」

「……! も、勿論だよ! むしろ、普段から一緒に……」

「それは断る」

「……ブレないね、雪夜くん」


 少しばかり甘い顔をした雪夜だが、Aliceの誘いはピシャリと断った。

 尚、このときケーキもしょんぼりしていたが、スルーしている。

 こうして、彼らのGENESISクエストは終わりを迎え、町に戻るかに思われたが、その寸前にAliceがあることを思い付いた。


「そうだ!」

「どうした?」

「雪夜くん! 初パーティ記念に、写真撮ろう!」

「写真……?」

「そうそう! あ、ついでにケーキちゃんも入る?」

「……わたしはついでですか」

「うん!」

「……入ります」


 Aliceの言い草をケーキは不満に思いつつ、雪夜とのツーショットを阻止する為に参加を決めた。

 一方の雪夜は久しく写真を撮っておらず、微妙に緊張していたが、Aliceはウキウキとした様子で準備を進める。

 雪夜を真ん中に立たせ、ケーキと2人で挟む構図だ。

 はっきり言って雪夜は居心地が悪かったが、大人しく立っている。

 それに比してAliceは、現実でのスキルを存分に活かし、可愛らしくポーズを取った。

 ケーキもこう言ったことに関する知識は持ち合わせておらず、どうしたものか迷っていたが、最終的には雪夜に寄り添う形に落ち着いている。

 そのことに気付いたAliceも対抗し、雪夜との距離を縮めてからウィンドウを操作して、撮影画面を調整した。


「う~ん、表情が硬いけど……ま、いっか! 撮るよ~!」

「早くしてくれ」

「もう! 少しは楽しそうにしてよ!」

「楽しくないから無理だ」

「むぅ、仕方ないな~。 じゃあ、3、2、1……はい!」


 Aliceの合図とともに、空間に軽やかな音が鳴る。

 それが写真を撮った合図だと理解した雪夜は、すぐさまその場から逃げた。

 彼と離れたことにケーキは寂しくなったが、敢えて何かを言うことはない。

 対するAliceは鼻歌混じりに写真の出来を確認し、満足したように言い放つ。


「良し! 帰ろう~!」

「まったく……これっきりにしてくれ」

「それは約束出来ないかな~」

「Aliceさん、雪夜さんの負担になることはやめて下さい」

「はいはい。 わかりましたよ~」

「本当でしょうか……」


 明後日の方を向いてのたまうAliceを、ジト目で見やるケーキ。

 GENESISクエストよりも、よほど疲れた気分の雪夜はこっそり嘆息し、今度こそ町に戻った。

 何はともあれ最初の関門を突破した3人だが、まだスタートを切ったばかり。

 そしてここから、彼らの生存戦争は過熱して行く。

ここまで有難うございます。

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