第17話 生き残る為に
第1回、GENESISクエスト当日。
雪夜は1人で夕飯を食べながら、頭の中で情報を整理していた。
クエスト名は、ジェネシス・タイタン討伐。
参加条件は――彼にとって忌々しいことに――2人以上のパーティであること。
そして、その後にもたらされた新情報は、以下の通り。
1つ、制限時間は30分。
2つ、期間は最長で3日間。
3つ、この期間は他ゲームへの侵攻不可。
4つ、早期クリア者にはゲーム内通貨の報酬あり。
こんなところだ。
はっきり言って雪夜にとって、4つ目はオマケに過ぎない。
問題は1つ目から3つ目で、特に2つ目が重要。
3日間あると言うことは、報酬を諦めて情報が出揃うのを待った方が、確実性が増すはずだ。
クリア出来なければ脱落と言うリスクがある以上、そうするのが得策だと思われる。
事実、ここ最近ではあちらこちらで、そんな作戦を立てている声が聞こえた。
雪夜たちもその予定で、少なくとも初日は様子見するつもりだったが――
「……いや」
ここに来て、彼は別の思考に至る。
考え過ぎかもしれない。
しかし、もしも想像が当たっていれば、悠長に構える訳には行かなかった。
手早く食事を終えた雪夜は片付けなどを済ませ、なるべく早くログインする。
ケーキたちとは待ち合わせ場所などを決めていないが、心配する必要はない。
「こんばんは、雪夜さん」
「今日からGENESISクエストだね!」
晴天の下、当然のように待ち構えていた、笑顔のケーキとAlice。
ケーキは以前からだが、ここ最近はAliceも必ず、雪夜がログインするのを出迎えていた。
雪夜にアイドルと付き合うのは大変そうだと言われた直後は、かなり傷付いていたアリスだが、今では逆に燃えている。
要するに、「そんなこと関係ないくらい、虜にしてみせる!」と言うマインド。
この辺りは彼女が、アイドルと言う華やかながら過酷な世界を生きている、心の強さを表していた。
もっとも、未だに雪夜への恋心は認めていないのだが。
雪夜を虜にしたいのも、単なるアイドルとしてのプライドだと言い張っている。
そのことに馬場園は呆れていたが、それがプラスに活きるなら放っておこうと思っていた。
何はともあれ美少女2人に出迎えられた雪夜だが、周囲からは妬みと嫉みに塗れた眼差しが注がれている。
だからと言って彼が恐れ入ることはないものの、なるべくなら落ち着いた場所で話したい。
それゆえに彼は足を踏み出しながら、以前から考えていた、苦渋の決断をすることにした。
自分を挟むようにして歩みを進めるケーキたちに、雪夜は平常心を装って告げる。
「2人とも、フレンド登録しないか?」
『え!?』
「……そんなに驚くことか?」
「いや、驚くことでしょ! あの雪夜くんがフレンドだなんて、何があったの!?」
「別に何もないぞ、Alice。 ただ、不本意でもパーティを組む以上、連絡を取れる手段が必要だと思っただけだ。 それ以上でも、それ以下でもない」
「だ、だとしても、わたしは嬉しいです。 雪夜さん、早速フレンドに――」
「ちょっと待った、ケーキちゃん!」
「……何ですか?」
「フレンドになるのは、あたしが先だよ! ずーーーーーっと! 前から言ってたんだから!」
「関係ありません。 雪夜さんの初めての人は、わたしです」
「あたし!」
「わたしです」
「あたしだってばッ!」
「わたしです!」
人目もはばからず、ギャアギャアと喚き合う美少女たち。
あまりにも馬鹿馬鹿しいと感じた雪夜は、溜息をついてから2人に、一斉送信でフレンド申請を送った。
そのことに気付いたケーキたちは、ハッとした表情でウィンドウに指を走らせ、最速で登録する。
これで丸く収まっただろうと雪夜は思ったが、少女たちの想いは留まることを知らない。
「どっちが先だった!?」
「……同時だ」
「それはあり得ません。 CBOにおいては、必ずズレが生じるはずです。 たとえ1秒未満でも」
「詳しいな、ケーキ……」
「それで、どっちなの!?」
「どっちでも良いだろう、Alice」
「良くないの! 良いから教えて!」
「……ほんの微かに、ケーキが速かった」
「ふふん」
「そ、そんなぁ~……」
勝ち誇った顔のケーキ。
へなへなと崩れ落ちる、涙目のAlice。
2人の気持ちが雪夜には欠片も理解出来なかったが、解決法なら思い付いていた。
無言でウィンドウを操作する雪夜を、ケーキたちは不思議そうに見ていたが――
「あ!」
「これなら良いだろう?」
「う、うん!」
満面の笑みを咲かせて、Aliceが立ち上がった。
彼女の眼前には、雪夜からのパーティ申請が表示されている。
つまり、初めてフレンドになったのはケーキだが、初めてパーティを組むのはAliceと言うことだ。
その事実にケーキはふくれっ面を作っていたが、彼女が雪夜に物申すことはない。
鼻歌混じりにウィンドウにタッチしたAliceは、晴れて雪夜とパーティを結成する。
視界の左上辺りに、雪夜の名前とHPゲージが出現したのを確認して、Aliceは小躍りしそうなほど喜んでいた。
そんな彼女に雪夜が苦笑していると、袖をクイクイと引かれる。
視線を巡らせた先には上目遣いのケーキが立っており、反射的にドキリとしながら、雪夜は彼女にも申請を送った。
それを受けたケーキは喜色満面で承認し、ようやくパーティが完成した雪夜たち。
実際にはもう1枠空いているのだが、彼らにそのつもりはなかった。
とにもかくにも、準備が出来たと判断した雪夜は、やっとのことで本題に取り掛かる。
「2人とも、GENESISクエストだが……開始と同時に受けようと思う」
「え? 少し様子を見るんじゃなかったの?」
「その予定だったが、少し気になることがあるんだ。 と言っても確証はないから、反対ならそう言ってくれて良い」
「わたしは、雪夜さんの指示に従います」
「有難う、ケーキ。 Aliceはどうだ?」
「どっちにしろ、多数決で決まりじゃない? まぁ、報酬ももらえるし、早いに越したことはないよね」
「俺は報酬目当てじゃないが、賛成してくれるなら助かる。 じゃあ時間までに、それぞれ最終チェックを終わらせておいてくれ」
「はい、雪夜さん。 わたしはいつでも行けます」
「あたしだって! コテンパンにしてやるんだから!」
「意気込みは買うが、まだ早い。 もう少しはのんびりしていよう」
そう言って雪夜は建物の壁を背にして、地面に座り込んだ。
それに続くように、ケーキとAliceも彼の両隣に腰を下ろす。
暫くはそのまま時間が経過したが、Aliceが何か言いたそうにしていることを悟った雪夜が、何ともなしに問い掛けた。
「どうかしたのか?」
「え? あ、ううん、何て言うか……」
「大事なクエスト前だ。 気掛かりは、なくしている方が良いぞ」
「気掛かりって訳じゃないんだけど……。 慣れてるな~って思って」
「慣れている?」
「うん。 雪夜くん、ホントにパーティ組むの初めて? 仕切りと言うか、声掛けと言うか、そう言うのに慣れてるみたいだけど」
Aliceの指摘を受けた、雪夜の心臓が跳ねる。
しかし、渾身の力で表情を取り繕った彼は、平坦な声で言葉を述べた。
「大したことじゃない。 別のゲームで、ソロじゃない時期があっただけだ」
「そうなの!? じゃあ、どうしてソロに……」
「Aliceさん」
「え……? な、何、ケーキちゃん?」
「そろそろ時間なので、雑談はこの辺りにしましょう」
「……そうだね」
ケーキに初めて名前を呼ばれたAliceは驚いたが、彼女が真剣な表情をしていることに気付いて、自分がデリケートな話題に触れそうだったと察した。
対する雪夜は申し訳なさそうにしているAliceに苦笑し、空気を変える意味も込めて、軽い口調で声を発する。
「ジェネシス・タイタンか……どんなボスなんだろうな。 楽しみだ」
「雪夜さん……?」
「雪夜くん……?」
「どうした、2人とも? これはゲームなんだぞ? GENESISがどう言うつもりか知らないが、関係ない。 クエストである以上、楽しめば良いだけのことだ。 少なくとも、俺はそうする」
「……そうですね。 わたしも雪夜さんに倣って、思い切り楽しもうと思います」
「ふふん! 残念だけど、1番楽しむのはあたしよ! さ~て、けちょんけちょんのボッコボコにしてやるわ!」
雪夜によってケーキたちは、笑顔を取り戻した。
明るく、それでいて真剣に。
もしかしたら、全VRMMORPGプレイヤーで最も楽しんでいるのは、彼らかもしれない。
2人の様子に満足した雪夜は、こっそりと微笑を漏らし、遂にそのときがやって来る。
辺りにサイレン音が鳴り響き、空が赤く染まった。
不気味で不安を駆り立てるような雰囲気だが、雪夜たちが怯むことはない。
すぐさま立ち上がった3人を代表して、雪夜が告げる。
「さぁ、楽しもう。 生き残る為に」
「はい……!」
「張り切っちゃうよ~!」
2人の返事を聞いた雪夜はウィンドウを開き、GENESISクエストを受注した。
その直後、彼らの姿が掻き消えて、決戦のフィールドに飛ばされる。
そしてここから、雪夜たちの生存戦争は、本当の意味で幕を上げた。
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