第16話 パーティ
朱里と夕食をともにした雪夜は、19時になる直前にログインした。
いつもなら早めに準備をしておくのだが、今日は彼女との時間を優先したらしい。
そのせいで課題などもろくに終わっていないが、これに関しては寝る前に片付けようと考えている。
そうしてCBOの世界に飛び込んだ彼は、いつも通り町の広場に降り立ったのだが――
「あ! やっと来た! もう、遅いよ雪夜くん~!」
「雪夜さん……。 もう来てくれないのかと思いました……」
美少女2人に出迎えられて、面食らった。
プンスカ怒りながらも嬉しそうなAliceと、胸の前で両手を組んで、瞳を潤ませているケーキ。
タイプの違う2人だが、途轍もない破壊力を秘めているのは共通している。
しかし雪夜は、努めていつも通りを意識して、何でもないように口を開いた。
「すまない、少し用事があってな。 だが、間に合っただろう?」
「そうだけど、結構ドキドキしたんだよ? もし雪夜くんがいない間に、攻められたらどうしようって」
「そのときはAlice、キミがなんとかするんだ」
「え~? あたしには無理だよ~」
「そんなことはない。 むしろ、代わりを任せるとしたら、キミしかいないと思っている」
「そ、そうかな? そこまで言われちゃうと、少しは頑張ろうって思うけど~」
頬に右手を沿えて照れるAlice。
馬場園に言われたこともあってか、昨日までより反応が強い。
そのことを雪夜が不思議に思っていると、憮然としたケーキが控えめに声を発した。
「あの、雪夜さん……レベルが51になりました」
「そうか、早いな」
「……それだけですか?」
「……良く頑張った。 だが、あまり無理をするな。 体を壊したら、元も子もないからな」
「……! はい、有難うございます!」
微かに躊躇いながら雪夜が褒めると、ケーキは幸せそうに破顔した。
相変わらずな彼女を、どうしたものかと思いつつ、雪夜も思わず苦笑している。
そんな2人を見ていたAliceは、不満そうに頬を膨らませていたが、割り込むことはしない。
その代わり、放置もしないが。
「あ、19時になったよ! 2人とも、油断しないでね!」
「いつになくやる気だな、Alice?」
「あたしはいつも、やる気満々だよ!」
「そうか……? 別に構わないが」
そう言って、刀の鞘に手を掛ける雪夜。
彼との時間を邪魔されたように感じたケーキは、内心で不服に思いながらも、しっかり戦闘態勢を取る。
だが、今日もCBO自体は平和で、他ゲームが攻め込んで来る気配はない。
これはCBOが特別と言うよりは、単純に確率の問題だ。
それほど、現代のVRMMORPGは数が多い。
とは言え、ここ暫くでかなり数を減らしている為、いずれは標的にされるはず。
そう考えつつも雪夜は、ウィンドウを開いて、他ゲームが侵攻している配信を眺めた。
どれを観るべきか迷う――こともなく、即座にSCOの配信を選択する。
他の4大タイトルがあれば別だが、今日はSCOのみ。
画面の中では、相変わらずアルドが猛威を振るっていた。
七剣星と呼ばれるだけはあり、他のSCOプレイヤーとは一線を画す力を持っている。
そしてもう1人、彼とは別のベクトルで厄介なプレイヤーがいた。
第七星、カイン。
この2人は常にセットで行動しているが、カインはアルドほど目立たない。
ところが、彼も伊達に七剣星に名を連ねてはいなかった。
大勢を一気に始末するアルドに対して、カインがターゲットにしているのは、敵の主力プレイヤー。
他のプレイヤーを完全に無視して、双剣を用いた連撃を数発当てると、すぐさま別の主力にターゲットを変えている。
一見すると中途半端な攻め方だが、雪夜はそうではないと知っていた。
その情報は既にケーキたちにも共有しており、Aliceが嫌そうに呟く。
「ホント、陰湿だよね。 あんな方法で勝って、楽しいのかな」
「楽しいかどうかは知りませんが、有効なのは認めざるを得ません。 事実として、これまで敵の主力のほとんどが、彼によって無力化されています」
「そうだけど……あたしは好きになれないかも。 雪夜くんはどう思う?」
「俺も好きじゃないが、ケーキの言う通り有効だ。 ティルヴィングによって主力を抑え、その間に第六星がレーヴァテインで一掃する……理に適っている」
「まぁね~。 ハメ技みたいで、カッコ悪いけど」
「だからと言って、敵が弱くなる訳じゃない。 もしやり合うことになれば、攻撃を受けないことを優先しろ」
「はい、雪夜さん」
「わかってます~」
素直なケーキの一方で、文句たらたらなAlice。
対照的な両者に雪夜は苦笑を漏らしつつ、ウィンドウに意識を傾けた。
『【呪剣】ティルヴィング』。
攻撃力自体は、他の『レジェンドソード』に比べれば、かなり低めの設定。
ただし、この武器の真価は別にあり、攻撃をヒットさせる度にデバフを与えられるのだ。
1発目が『最大HP30%減少』、2発目が『継続ダメージ』、3発目が『全ステータ30%減少』、4発目が『スキル封印』、5発目が『アーツ使用不可』。
つまり、ティルヴィングで5回斬られたプレイヤーは、弱体化した上でほぼ何も出来なくなる。
ボスモンスターなどには、効果が通じ難いと言う弱点を持つが、PVPでは無類の強さを誇っていた。
何より脅威的なのは、通常の状態異常と違って、カインを倒さない限り効果が永続と言う点。
5発攻撃を受けたら勿論のこと、2発でも相当厳しい。
継続ダメージ自体は、そこまで大したことはないが、永続となると話は別だ。
カインからすれば、最悪2回攻撃を当てて逃げれば勝てる。
Aliceのように、そう言ったプレイングを好まない者がいてもおかしくないが、雪夜も認めている通り強いものは強い。
そうして雪夜が、アルドとカインを同時に相手取った場合の、立ち回りを考えていると――
「それにしても、雪夜さんは物知りですね。 他ゲームのことにも精通しているなんて、凄いです」
ケーキが目を輝かせて、声を掛けて来た。
このとき雪夜は、尻尾をブンブンする小犬を想起させていたが、その考えを忘我の彼方へ投げ捨てて言い放つ。
「『レジェンドソード』は有名だからな。 生存戦争なんてことが起きる前は、今のように情報を隠してもいなかった」
「それにしたって詳し過ぎるけどね。 あたしなんて、CBO以外のゲームのことはからっきしだよ~」
「興味がなければ、調べようと思わないだろう。 Aliceのようなプレイヤーは、少なくない」
「と言うことは……雪夜さんは、CBO以外のゲームにも興味があるのですか……?」
途端に不安げな表情になるケーキ。
どうしたのかと疑問に思った雪夜だが、平然と言い切った。
「過去形だな。 以前はSCO以外にも4大タイトルに興味はあったが、今はCBOだけだ」
「そ、そうですか……。 良かったです……」
「ケーキちゃんは、ホントにCBOが好きだよね~。 ちなみに、どう言うところが気に入ってるの?」
「気に入っているところ……考えたこともありませんね。 わたしにとってCBOは、唯一の居場所……それだけです」
「……ふ~ん」
Aliceからすればちょっとした興味本位だったが、あまりにも真剣な様子のケーキを前に、僅かに気圧されている。
それは雪夜も同じで、何が彼女にそこまでの思いを抱かせているのか、気になっていた。
しかし、ソロを信条とする自分が、他者の事情に踏み込む訳には行かないと言い聞かせ、口を閉ざしている。
そうこうしている間にもSCOの侵攻は続いており、今日も多数のタイトルがサービス終了となった。
その事実に胸が痛まない訳ではないが、どこまで行っても他人事だと考える雪夜。
何はともあれ今日も生き残れたことに、安堵の息をついたが――
「わ!」
「来たか」
サイレン音が響き渡り、驚愕したAliceと真っ直ぐな雪夜の声が重なる。
ケーキは無言で、上空に現れたウィンドウを注視していた。
どうせGENESISクエスト関連の情報だと雪夜は考え、それ自体は合っていたのだが、その内容は彼を大きく動揺させる。
『ジェネシス・タイタン討伐、2人以上のパーティでのみ参加可能』
嘘だろう?
この言葉が、雪夜の頭を駆け巡った。
だが、既にウィンドウは消え去っており、訂正する素振りもない。
まさかの事態に思考を停止させていた雪夜だが、彼女たちがそれを許さなかった。
「雪夜く~ん、聞いた~? パーティ単位だって! しかも、2人以上の! これじゃあ、いくら強くてもソロクリアは無理だね~」
「雪夜さん……」
心の底から嬉しそうな笑顔を浮かべるAliceと、静かながら熱い想いを持って訴え掛けて来るケーキ。
ある種、予想通りの展開に見舞われた雪夜は、思い切り渋い顔になった。
もっとも、いくら渋ろうが現実は何も変わらない。
盛大に嘆息した彼は、全てを諦めたように告げる。
「……生存戦争の間、必要なときだけだ」
「やった~!」
「全身全霊を賭して、戦います……!」
雪夜の言葉を聞いて、バンザイしながら飛び跳ねるAlice。
それに比してケーキは大人しかったが、瞳の奥に強い光を灯していた。
甚だ不本意ではあるものの、雪夜はどこかでこの状況を楽しんでいる自分がいることを自覚している。
それではいけないと思いながら、ルールなのだから致し方ない。
その免罪符を盾に、なんとか自分を納得させた彼は、疲れ果てた様子で声を絞り出した。
「ケーキ、レベリングは良いのか?」
「あ……! そうでした、すぐに行って来ます」
「俺から言っておいて何だが、本当に無理はするな。 はっきり言って、キミのペースは異常だ。 少しは休みながらにしろ」
「で、ですが、わたしも早く雪夜さんと一緒に……」
「それでもだ。 生存戦争は、いつまで続くかわからない。 今からそんな調子では、最後までもたないぞ?」
「……わかりました」
ケーキとしては1日でも早くレベリングを終わらせたかったが、雪夜に強く止められて、止む無く受け入れた。
見るからにしょんぼりしている彼女を目にした雪夜は、微妙に視線を逸らしながら、ポツリと呟きを漏らす。
「……心配しなくて良い」
「え……?」
「キミが追い付くまでは、俺がCBOを守ると約束する。 だから、あまり頑張り過ぎるな」
「……! はい、信じています! では、無理せず行って来ます!」
一転して笑顔になったケーキが、手を振りながら走り去った。
そんな彼女に雪夜が苦笑していると、隣から低い声が投げ掛けられる。
「雪夜くん、ケーキちゃんには甘いんだね。 ケーキだけに」
「……面白いな」
「面白くないよ! む~! な~んか、ズルい! あたしには、全然優しくしてくれないくせに!」
「別に、差別しているつもりはない。 単に彼女のレベリング速度が速過ぎるから、注意しただけだ」
「確かにそうだけど……。 う~、納得出来ない~!」
「そもそも、俺に優しくされて嬉しいのか?」
「へ!? べ、別にそう言う訳じゃないけど……」
「だったら、文句を言わなくて良いだろう。 それより俺は、また素材集めに行くつもりだ。 Aliceはどうする?」
「……付いてく」
「わかった」
その言葉を最後に、雪夜はスタスタと歩き出した。
彼の背中を不満げに見やりつつ、Aliceも足を踏み出す。
このとき彼女は、猛烈に後悔していた。
もし自分が優しくして欲しいと言っていたら、雪夜はどうしたのだろう。
そう考えたAliceは、何度も聞こうとしてはやめると言う行為を繰り返していたが――
「そう言えば……」
不意にそんな声を落とした雪夜が、足を止めてAliceに振り向いた。
突然のことに彼女は目を見張り、挙動不審になっている。
しかし彼は気にせず凝視し続け、やがて満足そうに頷いてから口を開いた。
「やはり、似ている」
「へ……?」
「いや、気にしなくて良い。 ただ、知っている人物に似ていると思っただけだ」
「あたしが……?」
「厳密に言うと、キミのアバターがだ」
「それって……もしかして、アイドルのアリス……ちゃん?」
「知っているのか?」
「ま、まぁね? あの子、結構有名だし?」
「そのようだな。 と言うことは、彼女をモデルにしているのか?」
「そ、そんな感じかな。 あたし、アリスちゃんの……フ、ファンだから!」
「なるほど。 それにしても似ている。 まるで本人のようだ」
「そ……そんな訳ないじゃない~。 アイドルが、こんなところにいるはずないでしょ~?」
「それもそうだ。 どちらにせよ、聞き出すつもりなんてない。 変なことを言ったな、悪かった」
「う、ううん、大丈夫だよ!」
雪夜に正体がバレたかと思ったアリスは、心臓が飛び出る思いだった。
それと同時に、彼がアイドルとしての自分を認識してくれている事実に、ニヤニヤしてしまう。
一方の雪夜は話に見切りを付けており、歩みを再開させようとしていた。
だが、そこにAliceが思い切って、どうしても聞きたかったことを尋ねる。
「せ、雪夜くんは、アリスちゃんをどう思う?」
「そうだな……。 人柄とかは知らないんだが、少なくとも歌やダンスはハイレベルで、顔も可愛いと思う。 アイドルに詳しくない俺も、彼女は魅力的だと思った」
「ほ、本当!?」
「嘘をついてどうする」
「そ、そうだね! じ、じゃあ……も、もしアリスちゃんと付き合えるなら……付き合いたいって思う……?」
雪夜から手放しで褒められたAlice――いや、アリスは喜びでいっぱいだった。
それゆえに、更に踏み込んで聞いてしまったのだが――
「いや、それはない」
「え……? ど、どうして……?」
「確かに魅力的だが、俺は彼女のことを何も知らない。 それに、アイドルと付き合うのは大変そうだ。 仮にいつか恋愛するとしても、一般の人の方が良いと思う」
「……そっか」
「Alice……?」
「何でもない、行こう。 まずは岩山?」
「……あぁ」
「わかった」
雪夜を追い抜いて、ポータル端末に向かうAlice。
豹変した彼女に雪夜は戸惑ったが、ひとまず背中を追う。
だからこそ、気付かなかった。
Aliceが今にも、泣きそうな顔をしていることに。
自身の感情をコントロール出来ず、頭の中がグチャグチャなまま転移した彼女は、雪夜を無視してモンスターを惨殺し始めた。
Aliceの様子を怪訝に思いつつ、雪夜も自身の戦いに集中する。
その後、順調に素材は集まったものの、2人が会話をすることはなかった。
そんな少年少女たちにお構いなく、GENESISクエストの日が迫る。
薄暗い部屋に、1人の男性と4つのモニター。
ここが、言うならばGENESISの拠点。
物音1つしない静かな空間だったが、席に着いた男性――通称、代表が淡々と口を開く。
「定例会議を始める。 一、資産家たちの様子はどうだ?」
『特に問題はない。 生存戦争を舞台にした、大規模なギャンブルに夢中だ。 お陰で邪魔をさせないよう、結託して外部に圧力を掛けてくれているのだから、感謝しなければな』
一と呼ばれたのは、年齢を感じさせる低い男性の声。
言葉では感謝を述べているが、どちらかと言うと呆れているようにも聞こえる。
報告を聞いた代表は特に反応を見せず、続いて声を発した。
「二、政府や警察の動きはどうだ?」
『こちらも問題はないわ。 かなり細部に渡って調べているけれど、今すぐ生存戦争を止めるつもりはなさそうね。 この調子なら、最後まで見届けてくれるでしょう』
二と呼ばれたのは、艶やかな女性の声。
彼女の報告にも代表は何も言わず、先に進ませる。
「三、四、プレイヤーたちの状況は?」
『相変わらず、4大タイトルが頭1つ以上抜けてるね。 特に今は、SCOの勢いが凄いよ』
『他のタイトルは、ほとんどが諦めているようです。 4大タイトルに狙われないことを、ひたすら祈っている状況ですね』
三と呼ばれたのが爽やかな青年を思わせる声で、四と呼ばれたのが感情を窺わせない女性の声。
2人からも話を聞いた代表は、1つ大きく息をついて言葉を連ねる。
「想定通りだな。 このまま、4大タイトルには突き進んでもらおう」
『4大タイトルだけが生き残ってからが、本番だからな』
『そうだね、一。 まずはそこを目指そう。 まぁ、僕らが何かしなくても、勝手にそうなりそうだけど』
『油断しないで、三。 どこにダークホースが潜んでいるのか、わからないのだから』
『当然だよ、二。 僕だって、生存戦争に全てを懸けているんだ。 油断なんてとんでもない』
『とにかく、現時点では様子見するしかないでしょう。 そろそろ、最初のGENESISクエストが始まります。 そこで、どれだけ生き残れるかですね』
「四の言う通りだ。 彼らには、わたしたちが用意したクエストを、存分に楽しんでもらおう。 では、今日はここまでにする。 各々、今後もよろしく頼む」
代表の言葉を最後に、モニターの電源が落ちる。
1人残った代表は、しばし虚空を眺めていたが、やがて腰を上げた。
室内の明かりが落ちて、完全なる闇が満ちる。
こうしてGENESISは、着々と終着点に向けて進んで行った。
ここまで有難うございます。
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