第13話 ハングリー・ケーキ
跳び掛かって来たダーク・ウルフを、【オーバー・スラッシュ】で一刀両断する。
前方に固まっていた集団に、【ツイスト・リッパー】で突撃。
一瞬の無駄もなくチャージする隙を見付け出し、ケーキは的確にモンスターを処理していた。
当然アーツばかり使えばAP切れを起こすが、彼女は絶妙に通常攻撃も混ぜることで、最高効率を実現している。
それにしても殲滅速度が速いが、これには彼女が習得したスキルが影響していた。
【バトル・エリア】。
一定範囲内の敵を引き付け、その間は攻撃力と防御力が20%上昇するアクティブスキル。
効果時間は60秒で、クールタイムは120秒。
これによって大量の敵を自身に集め、纏めて倒すことで一気に経験値を稼いでいた。
ちなみに、ここは町の外の草原でも特殊な場所で、狩場と呼ばれる無限リポップポイント。
当然と言うべきか、他のプレイヤーたちも集まって来るのだが――
「今日もスゲェな、ケーキちゃん……」
「あたしたちが、休憩する前から続けてるよね……?」
「もう100体は余裕で倒してるよな……?」
「当たり前だろ……。 何なら、4桁行ってるんじゃねぇか……?」
「流石はハングリー・ケーキって感じ……」
ケーキの鬼気迫る勢いに、ドン引きしている。
昼夜問わず、休むことなく戦い続ける姿は、戦闘好きが多いCBOプレイヤーから見ても異常だった。
そんな彼女に贈られた異名が、ハングリー・ケーキ。
どれだけモンスターを倒しても満足しない様を、常に腹ペコ状態だと例えられたようだ。
もっとも、ケーキ自身は気にしてもいない。
雪夜以外のプレイヤーの話し声など、雑音でしかないのだから。
ところが最近、そこに変化が起こり始めている。
「ところで……ケーキちゃんとAliceちゃん、どっちが可愛いと思う?」
「おい! それは究極の選択ってやつだぞ!?」
「うーん……悔しいけど、女目線で言っても飛び抜けてるよね。 でも、どっちって言われたら迷っちゃうかも」
「タイプが違うもんね~。 ベルセルクは、どっち派なのかな?」
「ば……!? 滅多なこと言うんじゃねぇよ! 聞こえたらどうすんだ!? あの2人がベルセルクに引っ付いてること、知らねぇ訳じゃねぇだろ!?」
「そ、そうだけど、気になるじゃない! そもそも、恋愛関係なのかな?」
「わ、わかんねぇけど……気にはなるよな……」
「ち、ちょっと聞いて来てよ」
「ふざけんな! 俺に死ねって言ってんのか!?」
コソコソ話しているつもりのようだが、ケーキは聞き逃さない。
基本的にはシャットアウトされる他プレイヤーの声も、雪夜とAliceが絡むと通過するのだ。
尚も内緒話は続いており、それを聞いた彼女の機嫌は急速に傾いて行く。
「あの女狐……。 いつもいつもいつもいつも、雪夜さんに纏わり付いて……万死に値します」
怨嗟の声を漏らしながら、力任せにダーク・ウルフを屠るケーキ。
彼女の視界にはモンスターの群れが映っている訳だが、そこにAliceの姿を重ねていた。
その他大勢を気にしないケーキも、Aliceだけは例外。
今も彼女と雪夜が仲良く――と妄想している――戦っていると思うと、不愉快で仕方なかった。
背後に炎が幻視出来るほど怒り狂っており、今すぐにでもあとを追いたいと思っているが、ギリギリのところで堪えている。
今の自分には、その資格がないと自覚しているからだ。
だからと言って激情が鎮まることはなく、苛立ちは募る一方。
その鬱憤を晴らす意味も込めて、大剣を振り回すケーキ。
暫くそのような時間が続いたが、そこに巨大な影が走り寄って来た。
「お、おい、出たぞ!」
「げ! もうかよ!」
「と、取り敢えず逃げましょ!」
ダーク・ウルフには違いないが、たまに出現する変異体。
狩る側だったプレイヤーを、瞬く間に狩られる側に突き落とす強さを持つ。
それを見たレベリング中のプレイヤーたちは、我先にと逃げ惑っていたが、ケーキだけは違った。
憂さ晴らしにちょうど良いとばかりに、大剣と盾を構え、真っ向から迎え撃つ。
そんな彼女に向かって変異体は、疾走の勢いをそのままに、前足を振り下ろした。
威力も攻撃範囲も通常種より上だが、何より攻撃速度が相当速い。
一般的なプレイヤーでは避けるのはおろか、ガードも間に合うかどうかと言ったところ。
しかし言うまでもなく、ケーキはそのような次元にはいなかった。
「温いですね」
前足が彼女の体に触れる直前、完璧なタイミングで盾によるガードを成功させる。
辺りに甲高い音が鳴り響き、変異体の攻撃を完全に受け止めた。
これはジャストガードと言う技術で、通常のガードと違い、ダメージをゼロに出来る。
ただし、タイミングがシビア過ぎて、狙って引き起こすのは難しい。
そう言う意味では、ガード版のカウンターのようなものだ。
また、レベル差が10を超えると使えないと言う仕様もある。
だが、レベル50のケーキは全ての敵に対してジャストガードを発動可能であり、彼女の実力があれば事実上、1対1なら無敵。
とは言え、守ってばかりでは勝てないが――
「がら空きです」
弾かれた変異体が体勢を崩し、そこに大剣を叩き込むケーキ。
これがジャストガードの、もう1つの恩恵だ。
ダメージを受けないだけではなく、相手に隙を作る。
その効果を利用したケーキは、変異体に痛打を与えたものの、まだ倒すには至らない。
伊達に強敵とは言われておらず、ケーキは一旦距離を取った。
そこで立ち直った変異体は、巨大な口を開いて力を溜め始める。
ダーク・ウルフのアーツである、闇のブレス。
通常種でも中々の威力を誇るが、変異体の場合だとまさに必殺技。
雪夜やAliceであれば何とでも出来るとは言え、基本的には発動前に妨害するのがセオリー。
ところがケーキは、迷わず迎撃態勢を取った。
黒い炎を口腔から漏らしている変異体を前に、姿勢を低くして備える。
すると、準備を終えた変異体がブレスを吐き出したが、やはりケーキを超えることは出来ない。
冷ややかな眼差しでブレスを見据え、ジャストガードを成功させた。
それによって体勢を崩した変異体に向かって、ケーキは全速力で接近し、即座にチャージしたアーツを解き放つ。
「はぁッ……!」
低い位置から跳躍しつつ、大剣で斬り上げるケーキ。
【ジャンピング・スラスト】。
性能は見たままだが、射程が短い反面で威力が高い。
そしてこのアーツの真価は、チャージすることで発揮される。
「ふッ……!」
空中にあったケーキの体が重力を無視して急降下し、その勢いを利用した斬り下ろしに派生した。
これが【ジャンピング・スラスト】のチャージ効果で、斬り上げから斬り下ろしへの連撃に変化する。
高威力の2連斬を、弱点部位である額にヒットさせたケーキは、見事に変異体を撃破した。
大量の経験値と素材、それなりにレア度の高い装備が手に入ったが、彼女の表情は晴れない。
この程度では、まだまだ雪夜たちの場所には行けないからだ。
リポップまでの僅かなインターバルに入ったのを確認したケーキは、ウィンドウを開いて次のレベルまでの経験値を確認したが、先が長いことを改めて思い知る。
いっそのこと、全てのダーク・ウルフが変異体になってくれれば――などとすら考え始めていた。
しかし、その可能性が限りなく低いことを知っている彼女は、溜息をついてから新たに現れたモンスターの群れを眺める。
これを全て倒したところで、必要経験値には到底足りない。
だとしても――
「……諦めません」
CBOを存続させる為に、Aliceに負けない為に、そして――雪夜とともにある為に。
冷たい顔の裏で、誰よりも熱い闘志を燃やしたケーキは、大剣を握って駆け出す。
その後も、ハングリー・ケーキの名のままに、経験値を貪り続けた彼女だが、この日にレベルが上がることはなかった。
ここまで有難うございます。
面白かったら、押せるところだけ(ブックマーク/☆評価/リアクション)で充分に嬉しいです。
気に入ったセリフがあれば一言感想だけでも、とても励みになります。