第12話 ブラッディ・アリス
ポータル端末を使って雪夜とAliceが転移した先は、険しい岩山の麓だった。
ここはフィールドダンジョンの1つで、鉱石系の素材が大量に手に入る。
ちなみに素材を手に入れる方法は、特定の場所に手を翳すのみ。
そうすれば、その場所に応じた素材が自動で所持品に加わる。
ただし、この岩山には強力なモンスターが出現するので、並のプレイヤーでは命懸けの素材集めになるのだ。
もっとも、雪夜からすればルーチンワークの1種であり、Aliceと一緒なら負ける方が難しい。
そう考えた彼は、何の気負いもなく岩山を登り始め、Aliceもあとに続く。
入口付近にはモンスターがおらず、2人は黙って素材を集めていたが、唐突にAliceが口を開いた。
「ねぇ、雪夜くん。 どこまで本気なの?」
「何の話だ?」
「生存戦争だよ。 本当に勝ち残れると思ってるの?」
「どうだろうな。 GENESISクエストのこともあるし、まだはっきりとは言えない」
「ふぅん。 逆に言えば、少しは勝てる見込みがあると思ってるんだ?」
「可能性は低いが、ゼロじゃないと思っている。 少なくとも装備に関しては、4大タイトルに負けていない」
「まぁ、ね。 CBOのURは、メチャクチャレアだって言われてるし。 あたしは、他のゲームのことは良く知らないけど」
「それで良く、全身UR装備を揃えられたものだ」
「大変だったんだよ~? もう1回やれって言われたら、絶対嫌って感じ」
「その気持ちは、痛いほどわかる」
「あはは、だよね~」
和気藹々と話す、雪夜とAlice。
特にAliceは本当に楽しそうで、鼻歌まで歌い始めていた。
そんな彼女に雪夜はこっそりと苦笑しつつ、素材集めを続行する。
しかし、急に雰囲気を変えたAliceが、少し言い難そうに言葉を紡いだ。
「雪夜くん、聞いても良い?」
「そう言う聞き方をされると、拒否したくなるな」
「むぅ、意地悪だね~」
「冗談だ。 答えられるかわからないが、構わない」
「ふふ、有難う。 ……ケーキちゃんのこと、どう思ってるの?」
「どうと言われてもな……。 まだ大した付き合いじゃないし、何とも言い難い」
「でも、少しくらい思うことはあるでしょ? 今まで誰とも一緒に行動しなかったのに、許してる訳だし」
「それは、彼女があまりにも必死だったからだ。 俺の根本的な考えは変わっていないし、パーティを組む気もない」
「……あたしだって、何回も誘ったのに」
「Alice?」
「何でもありません~。 あ~あ、あたしもケーキちゃんみたいに可愛かったら、雪夜くんに構ってもらえたのかな~」
自分より先に雪夜に同行を認められたケーキに、Aliceは大きな嫉妬心を抱いていた。
今の言葉はそこから来ている訳だが、それを聞いた雪夜は眉根を寄せて、心底不思議そうに声を発する。
「何を言っているんだ? Aliceだって可愛いだろう」
「へ!?」
「確かにケーキの外見も飛び抜けているとは思うが、Aliceだって引けを取っていない」
「ほ、本当にそう思ってる……? 嘘じゃなくて……?」
「当たり前だろう。 むしろ、どうして嘘だと思うのかわからない」
「そ、そうなんだ……。 えへへ……」
雪夜の真っ直ぐな言葉を聞いて、Aliceは顔をだらしなく緩ませた。
両手を頬に当てて、幸せそうに体をくねらせている。
だが残念ながら、雪夜にそう言う意図はなかった。
彼が可愛いと言ったのは、あくまでもアバターの話。
そこに余計な感情はなく、ただ単純に思ったことを言っただけだ。
ある意味で罪深いのが、雪夜と言う少年。
そして気の毒なのが、Aliceと言う少女。
2人の間には悲しいほどの温度差があったものの、共通していることもある。
「……! Alice」
「うん、来たね」
ほぼ同時に振り向いて、戦闘態勢を取る雪夜たち。
どれだけのんびりして見えても、彼らが油断することはない。
2人の前方、上空から飛翔して来たのは、2体のワイバーン系モンスター。
ただし、通常種より2回りは巨大で、鱗の色は青。
モンスター名、ブリザード・ワイバーン。
レベルは、なんと60。
高難易度で有名なCBOの中でも、特に手強い相手の1体で、その辺のパーティでは太刀打ち出来ない。
とは言え――
「さ~て、どうやって料理しようかな!」
「食べるのか?」
「そんな訳ないでしょ!?」
「冗談だ」
「雪夜くん、今日は冗談が多いね……?」
「気のせいだ。 そんなことより、片方は任せるぞ」
「なんか釈然としないけど……お任せあれ!」
彼らを恐れさせるには、到底足りない。
真剣な面持ちの雪夜と、勝気な笑みを湛えたAlice。
そんな2人に向かってブリザード・ワイバーンたちは、強烈な冷気のブレスを吐き出した。
かなりの威力を秘めており、当たれば全身UR装備でも、無視出来ないダメージになる。
しかし、それを予見していた雪夜たちは跳躍して躱し、即座に反撃に出た。
「落ちろ」
冷淡に言い放つと同時に抜刀し、【天衝】を繰り出す雪夜。
宙を走った真空刃が、狙い違わずブリザード・ワイバーンの翼を捉えた。
これはワイバーン系モンスターと戦う際のセオリーで、まずは翼を狙って墜落させる。
その後、地上戦で決着を付けると言う流れだ。
だが、翼を攻撃するのは難しく、撃墜させる前に敗北するプレイヤーも多い。
付け加えるなら、仮に攻撃を当てられても、耐久力の高いワイバーン系を墜落させるには、時間が掛かる――はずだった。
「うわ~。 相変わらず、火力モリモリだね~」
若干引き気味なAliceの見る先で、【天衝】を受けたブリザード・ワイバーンが墜落する。
改めて言うが、ブリザード・ワイバーンは相当な強敵で、耐久力が高く、墜落させるのは至難。
それにもかかわらず雪夜が一撃で落とせた理由は、装備とスキルの構成にあった。
UR武器、『無命』。
特殊能力は、『攻撃力30%上昇』、『アーツ威力30%上昇』、『会心率30%上昇』、『攻撃速度10%上昇』。
これだけでも馬鹿げた強さを誇るが、ブリザード・ワイバーンを落とすには至らない。
だが、そこで重要になっているのがスキル。
雪夜が習得しているスキルのうち3つはパッシブで、『狂戦士の魂』、『会心の極意』、『不退転』。
『狂戦士の魂』は、被ダメージが20%増加する代わりに、攻撃力が20%上昇する。
わかり易い、ハイリスクハイリターンな効果。
『会心の極意』は、非会心時のダメージが25%減少する代わりに、会心率が50%上昇する。
これと『無命』の特殊能力によって、雪夜の会心率はなんと80%。
ただし、20%の確率で低威力の攻撃になる為、安定性には欠ける。
『不退転』は、敵の正面から攻撃する際に攻撃力が20%上昇し、背後から攻撃する際に攻撃力が20%減少する。
以上のように、『影桜』や『滅龍』も含め、様々なデメリットを負う代わりに、どこまでも火力を追及していた。
これらが組み合わさった結果が、先ほどの一幕。
敵の攻撃が苛烈なCBOでは、普通は耐久系のスキルも取るのだが、雪夜は顔色1つ変えることがない。
そんな彼に苦笑しつつ、Aliceも負けじとアーツを放った。
「あたしは地道に行くからね!」
そう叫びながらUR武器――『クリスタル・ロッド』を掲げると、もう1体のブリザード・ワイバーンを数多の風の刃が襲った。
鱗に無数の傷が刻まれ、翼がズタズタに斬り裂かれる。
Aliceは雪夜ほど火力に特化している訳ではない為、1度で落とすことは叶わなかったが、それでも充分な威力だ。
【ウィンド・スライサー】。
前方広範囲にカマイタチを発生させる魔法系アーツで、一定確率で10秒間『沈黙』の状態異常を付与する。
『沈黙』状態になるとアーツが使用不可になるので、相手からすればかなり厄介。
更に彼女は、パッシブスキル『魔の神髄』によって、状態異常付与率を25%上昇させていた。
『沈黙』状態になったブリザード・ワイバーンは、ブレスを吐くことも出来ず、Aliceに一方的に嬲られている。
他にも羽ばたきによる突風などの攻撃手段も持っているのだが、それもアーツ扱いの為に使えない。
尻尾を叩き付ける通常攻撃はして来るものの、それ一択がAliceに通用する訳はなく、余裕を持って避けていた。
その様子を横目で見ていた雪夜は、呆れたように言い捨てる。
「流石はブラッディ・アリスだ。 惨い」
「あ~! 酷い! その呼び名、嫌いなのに~!」
「そうなのか。 悪かったから、続けてくれ」
「もう! 今度、何かで埋め合わせしてよね!」
プンスカ怒るAlice。
そして、当たり散らされるブリザード・ワイバーン。
説明しておくと、ブラッディ・アリスとは、可愛らしい見た目でモンスターを惨殺する彼女に、畏怖を込めて付けられた異名だ。
雪夜のベルセルクと似たようなものだが、こちらはまだ好意的に思われている。
もっとも、本人は不本意極まりないようだが。
尚も怒り心頭なAliceから視線を外した雪夜は、墜落して呻いているブリザード・ワイバーンに向き直る。
そのときには意識を切り替えており、鋭く目を研ぎ澄ませてアーツを発動した。
ブリザード・ワイバーンとの距離を埋め、そのまま斬撃を繰り出す。
威力はどちらかと言うと控えめだが、特筆すべきはその機動力だ。
アーツ名、【瞬影】。
文字通り、一瞬にして間合いを詰めながら、攻撃することが可能。
メイン火力と言うよりは初動として使われることが多く、今回も本命は次だった。
「はッ……!」
いつの間にか納刀していた雪夜が、【閃裂】を放ち――ブリザード・ワイバーンの首を落とす。
あっと言う間に強敵――のはず――を仕留めた雪夜が振り向くと、Aliceは現在進行形で残りの1体を斬り刻みながら、苦笑気味に口を開いた。
「相変わらず、雪夜くんのそれは凄いね~。 まさに神業って感じ!」
「普通に【瞬影】から【閃裂】に繋げているだけだが」
「あ、それって嫌味だよ? 他の『侍』には出来ないんだから」
「そうなのか?」
「これだからソロは……。 良い? 確かに【瞬影】と【閃裂】のコンボは一般的だけど、雪夜くんほどスムーズに出来る人はいないの。 ほとんどタイムラグないでしょ? 普通はもっと、タイミングがズレるの」
「自分の動きは見えないからな……知らなかった」
「言っておくけど、他にもいろいろあるからね? 雪夜くんのおかしなところ。 まぁ、だからこそ剣姫をソロ撃破なんて、意味不明なことが出来るんだろうけど」
「何と言うか、褒められている気がしないんだが、気のせいか?」
「気のせいじゃないですか~?」
「気のせいじゃないようだ」
「あはは。 でも、本当に凄いとは思ってるよ。 あたしが今まで見た、誰よりも凄い」
「手のひらを反すな」
「む~、本音なのに~」
「わかったから、そろそろ終わらせてくれ」
「はいはい。 これで……終わり!」
話しながらも【ウィンド・スライサー】を続けていたAliceは、最後までブリザード・ワイバーンを『沈黙』させ続けた。
本来なら、ここまで連続で『沈黙』を付与することは出来ないが、彼女にはUR腕防具、『神秘の腕輪』がある。
この装備の特殊能力の1つは、『状態異常付与率25%上昇』。
『魔の神髄』と合わせて付与率が50%上がっている、彼女ならではの戦法だ。
結果としてほとんど何も出来ず、最後は小間切れにされるブリザード・ワイバーン。
その光景を見ていた雪夜の脳裏には、再びブラッディ・アリスの異名が過ぎっていた。
しかし、その思いに蓋をした彼は、素知らぬ顔で告げる。
「行こう」
「は~い! 次は何が出て来るかな~」
「目的は素材集めだってことを、忘れていないか?」
「そ、そんなことないよ? でも、モンスターと戦うのも楽しいじゃない! 何かドロップするかもしれないし!」
「まぁ、それに関しては否定しない。 Aliceと一緒なら、楽だしな」
「じ、じゃあ、これからはパーティを組んで……」
「それは断る」
「う~、意地悪~」
「何とでも言ってくれ。 行くぞ」
「はいは~い」
サッサと足を踏み出す雪夜。
そんな彼を恨めしく見つつ、あとを付いて行くAlice。
だが、すぐに笑顔になった彼女は、足を速めて雪夜に並んだ。
パーティを組めないのは残念だが、今だけは自分が彼のパートナー。
そう思ったAliceは上機嫌になり、雪夜は不思議そうにしている。
それからも2人は順調に岩山を踏破し、素材を回収しつつモンスターを蹴散らした。
大した収穫があった訳ではないが、雪夜は満足し、Aliceも彼と遊べて喜んでいる。
一方その頃、ケーキも自身の成すべきことに精を出していた。