第11話 告知
生存戦争が本格化して、早くも1週間。
今のところ、CBOは何事もなく過ごせている。
一方で、数多のタイトルが脱落し、サービス終了に追い込まれていた。
元凶となっているのは、やはりSCO。
アルドとカインが率いる大軍が、毎日いくつものタイトルを攻め落とし、恐怖を撒き散らしている。
他の4大タイトルは、さほど激しい動きを見せていないが、MLOとBKOは徐々に撃破タイトル数を伸ばしていた。
唯一、THOだけは防衛に徹しており、自ら侵攻することはない。
まだまだタイトルは残っているものの、いつCBOがターゲットにされるかは不明だ。
それゆえに雪夜たちは気を緩めることが出来ず、緊迫した日々が続いている。
とは言え、それも19時から22時までの3時間のみ。
それ以外の時間は、基本的に今までと何ら変わらず、思い思いに過ごしていた。
しかし、自由にゲームを楽しめる幸せを噛み締めている者が多いようで、以前より時間を大事にしている印象を受ける。
その中でも特に顕著なプレイヤーが、ケーキ。
彼女は防衛時間以外の全てを使って、レベリングに取り組んでいる。
その地道な努力は実を結び、とうとうレベル50に達していた。
ただし、最大レベルの60までは遠い。
ケーキ自身が誰よりもそれをわかっており、一切浮かれることなくレベリングを続行している。
そんな彼女の力になるべく、雪夜も防衛と情報収集を続けているが、現時点では目覚ましい成果はない。
また、彼には現実での悩みもあった。
それは、相変わらず朱里の元気がないことと、宗隆が意気消沈していること。
朱里に関しては、日に日に状態が悪くなっているように感じている。
宗隆はサービス終了直後よりは立ち直りつつあるが、今も引き摺っているのは明らか。
雪夜にとって、最も身近な人物と言っても過言ではない2人を心配に思いながら、何も出来ずに悔しい思いを抱いている。
今日も今日とてクリスタルを守る傍ら、朱里たちの顔を思い浮かべた雪夜は、小さく溜息をついた。
彼は誰にも聞かせないつもりだったが、両隣に立つ少女たちの耳には届いている。
「雪夜さん、どうかされましたか……?」
「大丈夫? 何かあったの?」
胸に手を当てて不安げな表情を作るケーキと、眉を落としながら小首を傾げるAlice。
美少女たちに見つめられた雪夜は、思わずドキリとしたが、軽く咳払いしてから口を開く。
「気にするな。 大したことじゃない」
「ふぅん。 と言うことは、何かはあるんだ?」
「それはそうだろう、Alice。 人間、生きていれば何かしら問題はある」
「うわ、なんか悟ってる風だね~。 お爺ちゃんみたいだよ、雪夜くん?」
「放っておいてくれ。 ……ケーキ、どうした?」
「……いえ、お気になさらず」
暗い面持ちで俯くケーキを前にして、雪夜とAliceは顔を見合わせた。
このときケーキが感じていたのは、疎外感。
反応したのは、雪夜が放った『人間』と言うワード。
彼が深い意味で言ったのではないことは、重々わかっている。
それでもケーキは、自分と雪夜が違う存在だと言うことを、突き付けられた気がした。
自身の恋心が叶う可能性を計算した彼女は、その低さに絶望しそうになっている。
ところが――
「……今日もよろしくお願いしますね、雪夜さん」
「……? あぁ、よろしく頼む」
柔らかく微笑むケーキ。
たとえこのひとときでも、今日でCBOが終わるとしても、雪夜と出会えて幸せだ。
そう考えることで奮い立ったケーキに対して、雪夜は言い知れぬ違和感を覚えたが、正体がわからず内心で首を捻っている。
他方、Aliceは2人に除け者にされたように感じ、頬を膨らませていた。
そうして彼らが、単純なのか複雑なのか微妙な想いを膨らませていると、近くにいたプレイヤーから驚愕した声が聞こえて来る。
「お、おい! これ見ろよ!」
「ここって、SCOだよね!?」
「スゲェ! もしかしたら勝てるんじゃねぇか!?」
その言葉を聞いた雪夜は、すぐさまウィンドウを開いてアプリを立ち上げ、生存戦争関連の配信を検索した。
すると数多くの戦いが繰り広げられているが、その中でも圧倒的な視聴者数を誇るものを見付ける。
配信者は、それなりに知名度の高いゲームのプレイヤーで、場所はSCOの本拠地である城下町に続く草原。
どうやらSCOに攻め込んでいるようだが、普通に考えれば勝てる要素はない。
だが雪夜は、周囲のプレイヤーを驚かせている理由を、すぐに察した。
「組んだのか」
「組んだ?」
「そうだ、Alice。 SCOと言う強大過ぎる敵を倒す為に、複数のタイトルが組んだらしい」
「あ、なるほど! 確かにそれなら、勝てるかもしれないね! なんで気付かなかったんだろう!」
両手を「パン」と合わせたAliceが、嬉しそうに笑う。
しかし――
「浅はかですね」
「え?」
「生存戦争で他のタイトルと手を取り合うのは、簡単ではありません。 共通の敵を倒した直後、裏切られるかもしれないのですから」
「そ、そうだけど、何もせずに負けるより良くない? 少なくとも、SCOの暴走を止めるのは間違ってないと思うけど」
「その通りです。 ですが、生半可な団結では、ろくに連携も取れないでしょう。 何より……」
そこで、ケーキの目がスッと細められる。
あまりにも冷たい眼差しに、雪夜は居住まいを正し、Aliceは固唾を飲んだ。
そんな2人に構わず、ケーキはウィンドウを見据えて告げる。
「あの程度の戦力では、彼らを倒せません」
彼女が言い終わると同時に、ウィンドウから眩い光が発せられた。
周りのプレイヤーやAliceが驚いているのをよそに、雪夜とケーキは動じることなく言葉を紡ぐ。
「エクスカリバーか」
「はい、雪夜さん。 第二星ですね」
彼らの見る先では、ロランが獅子奮迅の勢いで剣を振るっていた。
左手に白金の盾を構え、右手に黄金の剣――『【聖剣】エクスカリバー』を握っている。
どこまでも冷静沈着に、それでいて激しく戦う姿は、雪夜であっても戦慄するほど。
ロラン自身の剣技も第二星に相応しく優れているが、やはり『レジェンドソード』の力が凄まじい。
剣身に力をチャージした彼が、巨大な光の刃を放った。
雪夜の【天衝】に似ているが、攻撃範囲も威力も段違い。
それだけで多数のプレイヤーが戦闘不能に陥り、脱落に追い込まれる。
この1週間でわかったことだが、同じ最高レアリティの装備と言っても、タイトルによって強さは違う。
何故なら、入手難易度が違うからだ。
Aのタイトルの最高レアリティが、Bのタイトルでは楽に手に入るケースもある。
GENESISの言っていた調整は、その辺りも考慮されているらしい。
最高レアリティのロンギヌスを持つ宗隆が、『【魔剣】レーヴァテイン』の使い手であるアルドに瞬殺されたのは、そう言った背景があった。
もっとも、ロランと言えど無傷で済む道理はないだろう。
侵攻側が今回に懸ける気持ちは、それほどまでに強い。
しかし雪夜は、その想いが報われる可能性は低いと思っていた。
「あれって……」
困惑した様子のAlice。
彼女が見ているのは、継続的に自動回復しているロラン。
多少なりとも削れていた彼のHPゲージが、次第に元に戻って行く。
これこそが『【聖剣】エクスカリバー』の、もう1つの能力だ。
自動回復自体は、良くある能力だろう。
だが、これほどまでに強力なものは、数あるタイトルを見渡しても他に存在しない。
ロランとの戦闘を脳内でシミュレートしていた雪夜は、彼を倒すのがいかに難しいかを思い知っていた。
そこに、追い打ちを掛けるように現れたのは、更なる七剣星。
白金の装備で身を包み、白い細剣を鋭く突き出すイヴ。
貫かれたプレイヤーは崩れ落ち、そのまま消え去った。
それを見た他のプレイヤーが、怒りの形相でイヴに同時に襲い掛かったが、彼女の周りには5本の光る剣が浮いており、自動で敵を迎撃する。
威力もかなりのものだが、恐るべきはその速度とオート性能。
『【光剣】フラガラッハ』。
イヴの持つ『レジェンドソード』だ。
5本の剣によって返り討ちにあったプレイヤーが脱落し、イヴは止まることなく次々と敵を仕留めて行く。
ロラン1人なら、侵攻側にも勝つ可能性は微かにあったかもしれないが、彼女もいるとなると絶望的。
それだけではなく、彼らが指揮する大軍の練度は、凄まじく高かった。
PVP推奨のSCOでは、大規模なギルドやチームのような集団は珍しいが、ロランたちは例外。
少なくとも寄せ集めタイトルの群れとは、比べ物にならないレベル。
そのことにも脅威を感じた雪夜は、溜息交じりに結論を下した。
「ここまでか」
「そのようです」
「う~ん……。 行けるかと思ったんだけどな~」
平然とした雪夜。
淡々と同意するケーキ。
ガックリと肩を落とすAlice。
3人の声が聞こえた訳ではないだろうが、突然配信が途切れた。
どうやら、配信者が脱落したらしい。
近辺からも無念そうな声が聞こえて来たが、雪夜は既に頭を切り替えている。
SCOの戦いに意識を持って行かれていたが、この瞬間にCBOが攻め込まれる可能性もあるのだ。
雪夜が集中し直したのを感じたケーキとAliceも、再び迎撃態勢を取っている。
その場に沈黙が落ちたが、考えを纏める意味も込めて、雪夜が口を開いた。
「SCOを落とすのは、容易くない。 侵攻は第六星と第七星、防衛は第二星と第三星がメインのようだが、まだ第四星と第五星、トップの第一星が控えている。 底知れない強さだ」
「だね~。 やっぱり、生き残るのは無理――」
「無理ではありません」
「……ケーキちゃん、ブレないね」
「貴女の方こそ、すぐに諦めますね」
「あたしは、客観的な事実を言ってるつもりだよ?」
「だとしたら、分析力を磨くことをお勧めします」
「……ケーキちゃんこそ、現実を見たらどうかな」
雪夜を挟んで、睨み合う美少女たち。
当初はフレンドリーだったAliceも、あまりにも塩対応なケーキに対して、いつの間にか当たりが厳しくなって来ていた。
どちらに非があるかは別として、何にせよ面倒だと思った雪夜だが、22時を迎えたことを伝えようとして――サイレン音が鳴り響く。
反射的に顔を振り上げた雪夜と、目を丸くするケーキとAlice。
彼らの視線の先には、例の如く巨大なウィンドウが浮かんでいた。
表示されているのは、いつものマーク。
つまり、GENESIS。
今度は何事かと雪夜たちが身構えていると、聞こえて来たのは代表の声――ではなかった。
『第1回、GENESISクエスト告知。 1週間後。 19時スタート。 クエストタイプ、ボスモンスター討伐。 続報を待て』
男性とも女性とも判別付かない機械音声が流れ、ウィンドウが閉じる。
突然の事態に、プレイヤーたちは驚きを通り越して呆然としていた。
しかし、雪夜たちは違う。
「そろそろかと思っていたが、このタイミングとはな」
「そうですね、雪夜さん。 まだ詳細は不明ですが、続報を待てと言うことは……」
「開始が近付くにつれて、少しずつ情報を解禁するんだろうね」
「俺もそう思う。 プレイヤーは情報を元に準備を進め、クリアを目指す……そんなところだろう」
「現時点では、ボスモンスター討伐ってこと以外はわからないし、出来ることはないかな~」
「無理に深読みして、失敗するのも避けたい。 とにかく、今は待つしかないと思う」
「はい……。 では、わたしはレベリングをして来ます」
「それが良い。 どんなクエストだろうと、レベルが高いに越したことはないからな」
GENESISクエストに関する話を終わらせた雪夜は、ケーキを促して、この場を解散しようとした――のだが――
「うんうん! ケーキちゃん、行ってらっしゃい! 雪夜くんは? どうするの?」
「俺は今のうちに、素材集めでも……」
「じゃあ、あたしも一緒に行こうかな! 付いて行くだけなら良いんだよね? ケーキちゃんは良くて、あたしは駄目だなんて、言わないよね?」
「……あぁ」
「わ~い!」
ニコニコと擬音が聞こえて来そうなほど、満面の笑みを浮かべるAlice。
それに比して雪夜は憮然としており、ケーキに至っては殺意すら感じさせる冷たい視線を、彼女に突き刺していた。
だが、Aliceは完全にスルーして、撤回する気は毛ほどもない。
既に彼女には、雪夜がケーキと結んだ関係を知られていた。
それゆえに拒否出来ない彼は、嘆息しつつ歩み出し、Aliceはスキップしながら付いて行く。
2人の後ろ姿を、ケーキは黙って見送ることしか出来なかった。