第99話 『謁見の間』
2025-10-11公開
〔王国歴378年 従地神月 27日〕
「ああ、カレル・スタール第3従士、そんな高い席に座る趣味は無い。すぐにテーブルと椅子が用意出来ないなら、胡坐で座っても構わんぞ。それと喉が渇いたので飲み物も頼む」
行政府庁舎は荘厳な造りをしていた。
旧チベタニア民主国の国庫から予算を出し、バラゴラ帝国国内から技術者を呼び、支配者の帝国がどれほど偉大かを思い知らせる為に造られたと言っても良いからな。
当然の様に謁見の間も有った。
カレル・スタール第3従士はその謁見の間の主、すなわち支配者が座る一番高い椅子に俺を座らせようとしたが、俺は芝居っ気を出しながら断った。
さすがだな。
打ち合わせもしていないが、俺が断ると読んでいたのだろう。
俺の言葉に答えて、すぐに用意していた大きなテーブルと椅子を謁見の間に運ばせた。
いやあ、改めて思ったが、フレット・スタール第2従士とカレル・スタール第3従士の兄弟は凄く良い拾い物だったな。
そりゃあ、スタール子爵家が勢力を伸ばす訳だ。
しかもカレル・スタール第3従士は円卓を用意していた。
異世界の記憶に或る建国王の物語が有った。
その物語で知ったが円卓には結構役立つ効果が有る。
広い範囲の相手に会話がし易いし、上位者だとか下位者だとかが出来にくいからな。
取り敢えずという事で上座という意味で俺が一番奥、要は謁見者としての位置に座り、左右を7人の従士で固め、残りの席に旧チベタニア民主国側の出席者(10人が座り、10人がその後ろに立っている。元々居た残りの10人強は持って来た物資の搬入の為に席を外している)が着席した。
旧チベタニア民主国で広く飲まれている香茶が各自の前に用意された。
ちなみに香茶の名は事前に知っていたが、作法は分からなかった。
ただ、実際に実物を目の前にしたら、飲み方は明白だった。
どう考えても『にほん』で言う『こうちゃ』そのものだ。
誰も動かないので、俺はさっさと小さな壺の蓋を開けて、『かくさとう』を用意されていた道具で摘まみ、1つだけ『てぃーかっぷ』に入れてスプーンでかき混ぜた。
そして徐に『てぃーかっぷ』の取っ手を摘まみ、香茶に浮いている見慣れない小さな白い花の香りを楽しんだ後で、音を立てずに一口飲んだ。
「初めて飲んだが、香りも楽しめるし、味わいも好みだな。カレル・スタール第3従士、これからは飲み物はこれを用意してくれ」
息を詰めて俺の行動を見詰めていた旧チベタニア民主国の連中は明らかにホッとした表情を浮かべていた。
多分だが、バラゴラ帝国が派遣した総督だか行政長だかは、自国の飲み物を至上の物として香茶を無視したのだろう。
まあ、支配者としての演技も有るんだろうが、毒を盛られる事を心配しての振る舞いだった可能性も捨てがたい。
その点、俺はスタール兄弟という、フィルターを持っているから怪しい動きが無かった事を知っている。
「みんなも香茶を楽しんでくれ」
俺の部下は俺の真似をして1つだけ『かくさとう』を入れたが、旧チベタニア民主国の連中はそれぞれの好みで1つだったり、2つだったり、3つだったりと入れていた。
この世界には『とうにょうびょう』という言葉が無いからな。
「あ、美味しい」
思わず声を上げたのは従士の末席のアニタ・ケーリス第7従士だ。
なるほど、若い女性には受けが良くて当たり前か。
「もっと甘い方が良ければ、もう1つ入れても良いかもしれないぞ。ただ、あまり多く入れて飲み過ぎると筋肉以外のモノが身に付いてしまうから気を付けろよ」
「は、はい、気を付けます」
俺の遠回しの言い方でも意味が伝わった様だ。
「先程、エリクソン閣下は初めて飲まれたと仰られましたが、その割には自然な作法でした。寡聞にして知らないのですが、エイディジェイクス王国には香茶に似た飲み物が有るのでしょうか?」
旧チベタニア民主国側の出席者で1番年かさの男性が尋ねて来た。
身分や名前は知らない。
なんせ、まだ挨拶も自己紹介も済んでないからな。
「いや、無いな。飲み物に砂糖を用いる事も無いしな」
そう、エイディジェイクス王国では『はーぶてぃー』もしくは果実水が多い。
南の地方の特産品で独自の技術で乾燥させた果実を使うのが高級な果実水で、香草茶は各家で配合が異なる程だ。
そういう意味では、専門の道具やトッピングする習慣が在る分、旧チベタニア民主国の方がお茶を嗜む文化としては洗練されているかもしれないな。
お読み頂き、誠に有難う御座います。




