第97話 『チベタニア領』
2025-10-03
〔王国歴378年 従地神月 27日〕
「思ったより道がしっかりしているのが不思議だわ。山道なのに想像していたよりも揺れないもの」
上り坂が終わりに近付き、チベタニア盆地が眼下に見えるまであと少しという時だった。
モンソン姉妹の姉のエルサが、獣車の窓から俺に話し掛けて来た。
俺も、それは感じていた。
グスタフソン遠境爵領の道を進んでいる時の方が獣車の揺れが大きかった印象だったが、乗っている本人が言うのならその通りなのだろう。
異世界の『にほん』の様に『あすふぁると』や『せめんと』で舗装している訳では無い。
その代わりに小石を敷き詰めているのだが、石の種類と大きさが揃っているし、獣車による轍が思ったよりも細いから、小石の層の下はしっかりとした構造をしているのかもしれない。
その証拠に、道の端には長方形の石が嵌っていて崩れ難くなっている気がする。
まあ、そこまで道の事に詳しい訳では無いので正しいのかは自信は無いが。
うろ覚えだが、『ろーま』とかの王国だか帝国だかは交通を重視して、その当時としては立派な道路網を発達させていたという記述を読んだ記憶が有る。
旧チベタニア民主国も交通網を重視していたのかもしれんな。
「確か、全ての道はろーまに通じる、だったか? 旧チベタニア民主国は文明が進んだ国だったようだな」
「あ、その言葉って、本当は目的を達成する方法は色々有るんだよ、って意味だよ」
「ほう、そんな意味だったか」
「まあ、ローマの道造りが本格的だったから出来た言葉だけどね。そう考えたら、この道も立派だから、同じくらい文明が発達した国だったのかも」
「そうだな」
俺の知識の中の旧チベタニア民主国は、10年ほど前にバラゴラ帝国にあっさりと征服されて、挙句にはジョージカ地方と纏めて1つの行政区画として扱われた小国でしか無かった。
『チベタニアの旋風』というパーティの元リーダーだったディック・テイホフを筆頭従士に据える時にチベタニア地域の事を色々と聞いたが、道の事は何も言っていなかった。
やはり、現地に来ないと分からない事も多いんだな。
だが、改めて周囲を見ると、道の脇は木が伐採されているし、森の奥もある程度伐採しているしで、結構な幅で見通しが確保されている。
魔獣の襲撃が有ったとしても、奇襲を受け難いだろう。
うん、旧チベタニア民主国は侮れないって事だな。
上り坂の頂点に達したのは、それからしばらくしてからだった。
第一印象はそれ程大きな盆地では無いな、というものだ。
ここから見える範囲では、盆地中央を西から東に流れている川に沿って街が1つと村が3つ見える。
それぞれを繋ぐ道も確認出来る。
耕作地らしい区分けされた平原が、盆地を囲っている山地の裾まで広がっている。
ん?
ところところ川沿いに見える構造物は水車じゃ無いか?
舗装された道だけでなく水車まで存在しているとは、抱いていた印象と違うな。
まあ、発展していたとしても、占領していたバラゴラ帝国に搾取されていたせいで、領民の生活が厳しかった事には違いない。
叔父さんのバルト・カールソン子爵から聞いたが、バラゴラ帝国はジョージカ地方で採れる作物の2/3を徴収していたそうだ。
エイディジェイクス王国では、出来て間が無い開拓村を除いて1/3だから、2倍も納めさせていた訳だ。
まさしく搾取だな。
しかも領の受け渡しをした騎士団の話では、バラゴラ帝国の代官が引き上げる際に更に領民から搾り取って行ったそうだ。
その情報を知ったおかげで食料が足りなくなるだろうと分かったので、身銭を切って賄った物資を持って来た訳だ。
俺には、許すまじ、バラゴラ帝国、と言う権利は有るな。
お読み頂き、誠に有難う御座います。
 




