第96話 『カールソン子爵邸到着』
2025-09-27公開
〔王国歴378年 従地神月 25日〕
「うーん、ここも寂れているなぁ・・・・・」
モンソン姉妹の内の姉のエルサが、獣車の窓から外を見てポツリと漏らした。
なんか既視感に見舞われたが、昨日聞いたばかりの言葉に近いからだな。
「とは言え、よく考えたら、ここまで強盗団に襲われなかったって事は、思ったよりも平和?」
「先行して駐屯している騎士団がこまめに巡回しているからな。そのおかげだろう」
「なるほど。騎士団に感謝感激雨あられ」
「いつの時代だ」
思わず突っ込みを入れたが、よく考えたらエルサも俺もよくもまあ、余り使わない様な異世界の言葉をすんなりと思い出せたな。
異世界の言葉には使いたくなる魔法が掛けられているかもしれん。
「それよりもそろそろグリーの町が見えて来る頃だ。準備をしておく様に」
「はーい」
王国を横断する旅路の中で、モンソン姉妹との距離は確実に近付いた。
まあ、向こうは「異世界知識【小】」の影響で『にほん』からの『てんせいしゃ』という自我が確立しているし、俺も「異世界知識【微】」の影響を多少は受けているから、王国の常識では有り得ない距離感になっている自覚は有る。
なんせ、貴族と使用人とは思えない会話を平気でするからな。
とは言え、特に改めさせようという気は全く無い。
トーマス・グスタフソン遠境爵ではないが、気楽な付き合いの方が楽だからな。
第一、俺は討伐士として平民で一生を終える積りだったんだ。
偶々戦功を上げたから男爵なんてお貴族様にされてしまったが、貴族の見栄とか誇りとかを大事に思えないんだよな。
それに、恩寵では無いが、姉妹は『くうきをよむ』という特殊能力を身に付けているから、人目の有る所では上手く『ねこをかぶっ』ている。
「じゃあ、リリーちゃん、身だしなみ『ちぇっく』するよー」
モンソン姉妹との距離が近いのはリリーも一緒だ。
リリーとエルサは同い年だが、エルサが『にほん』では『おーえる』という仕事をしていた事になっているらしく、妹のクラーラ(こっちは『しょうがくせい』だったらしい)と合わせて3姉妹の様な関係だ。
兄としては複雑なところも有るが、リリーに寂しい思いをさせずに済むから有難いという面が大きいな。
グリーの町が見えて来たのはそれからすぐだった。
「おお、エリアス、いや、戦鬼卿、元気だったか?」
クイーンから降りて俺が挨拶する前に叔父さん、バルト・カールソン子爵が大きな声で呼び掛けて来た。
子爵邸前に揃って待っていた叔父さん一家はみんな元気そうだ。
従弟のリュドが滅茶苦茶笑顔だ。
あ、そう言えば、新領が落ち着いたら新造の先進型鎧兵を1騎贈ろうと思っていた事を忘れていたな。
今度こそ忘れない様にしよう。
で、叔父さん一家の後ろには騎士爵位の制服を着た1名(昔からカールソン家に仕えて来た筆頭従士で家中の重鎮だ)、真新しい制服を着た従士が18名(何人かは見知った顔だ)、その他にも使用人が何名か並んでいる。
これはアレだな。
『戦鬼男爵』という特級の戦力と仲が良いという事を周囲に知らしめる為の小芝居だ。
現に、新たに登用したと思われる従士たちの顔に一瞬だが驚きの表情が浮かんだ。
武名(一部には悪名だが)名高い『戦鬼男爵』が、実際にはこんな若いヤツと知らなかったのだろう。
まあ、すぐに思い知る事になる。
わざわざ俺1人が先行してやって来たからな。
後続の従士達は揃いの外套「さーこーと」を着用しているから、並みの男爵家では出せない規律と迫力を見る者に与える。
次に現れるのはイヌとネコの金属人形の隊列だ。
敢えてこの順番にした。
一種の中休み的な扱いだが、見る者が見たら愛嬌だけでは無いと気付くだろう。
そう、整然と行進する姿から、人間の命令を守る賢さと有能さが分かる筈だ。
そして、そこまで理解したら、狩りや討伐に役立つ事が推測出来る筈だ。
イヌとネコの金属人形の事を評価していると、3種類の戦衣を着用した先進型鎧兵が22騎も続くんだ。
5騎でさえ大きな戦功を上げたのに、22騎も居るなんて、どこの王都を攻めるんだよ? と言われかねんな。
ついでに言うと、王家が用立ててくれた人員用の立派な獣車を筆頭に、14台の人員・貨物両用の獣車が続く。
下手すれば子爵の叔父さんが用立てた車列よりも多いくらいだろう。
それだけの物資が必要なくらい荒れた領地だろうと思って準備をした訳だが、見方を変えると財源が豊富だとなる。
わざわざ言わないが、追加の物資を運ぶ第2便の手配も終わっている。
うん、成金過ぎてなんか申し訳なくなって来たな。
お読み頂き、誠に有難う御座います。
 




