第88話 『スタール子爵』
2025-08-05公開
〔王国歴378年 従地神月 19日〕
「エリクソン卿と妹君の訪問、このヘミング・スタール、心より歓迎しますぞ」
フレットとカレル兄弟の父親、現スタール子爵が子爵邸の玄関前で迎え入れてくれた。
両手を広げて歓迎の意を表しているのは、貴族礼式としては軽い歓迎、まあフランクな歓迎と言い換えれるが、わざわざ玄関で、しかも家族総出で出迎えてくれるという事はかなり異例と言えるだろう。
「スタール閣下、わざわざの御出迎えに対し心より感謝を申し上げます。また、御家族揃っての歓迎を受け、このエリアス・エリクソン、感激に堪えません」
「スタール閣下、御家族の皆様、エリアスの妹のリリーで御座います。厚い歓迎に心からの感謝を」
当然だが、爵位が下のこちらはちゃんとしたお礼の言葉とボウ・アンド・スクレープとカーテシーで返礼をする。
「玄関ではなんだし、歓迎の席を用意しているので2人ともこちらへ。供のみんなの席も別に用意しているので、当家の執事が案内しよう。トムス、頼むぞ」
「はい、旦那様」
子爵邸の応接間に案内されたが、そこに至るまでの廊下はスタール子爵家の権勢を反映して立派な装飾品が飾ってあった。
廊下の絨毯も新しく、更に手入れも行き届いている事が分かる。
このレベルを維持するには人手も費用も必要で、家計が苦しい貴族家の場合は隠しても滲み出てしまう個所だったりする。どうしても人が行き来する部分は擦り切れたりし易いし、汚れやほころびを潰すには常時人手が掛るからな。
応接間で改めてスタール一家の紹介を受けてから、やっとソファに腰を落ち着けた。
フレットとカレルの双子の兄弟は俺とリリーが座るソファの後ろに立っている。
俺とリリーに相対する様に2つの大きなソファが横並びで配置されており、スタール子爵家の家族の内の大人が座っている。
スタール子爵とアネリーゼ夫人で1台、嫡男のカール・スタール氏と次男のルカス・スタール氏で1台だ。
紹介されるまで居た子供たちは、応接室まで案内してくれた執事のトムスに連れられて、別室に引っ込んだ。
まあ、大人の話に付き合える程成長していないからな。
あ、いや、リリーと大して違わない年齢に見えたが、そこはリリーが成熟しているという事だ、きっと。
「これは最初に言っておきたいのだが、エリクソン卿には本当に助けられた。これ、この通りだ」
そう言ってヘミング・スタール子爵が頭を下げた。
打ち合わせをしていたのか、他の3人とソファの後ろに控えているスタール子爵家家令のロイも頭を下げている。
後ろに控えているフレットとカレル兄弟も頭を下げている気配がする。
「感謝は受け取りましたので、どうか頭を上げて下さい、閣下」
俺は特に驚きは無かったのですぐに平常通りの声で応えたが、リリーは心底驚いているな。
「受け取って貰って助かったぞ」
「いえ、当然の事をしたまでですから」
ちょっと話の展開についていけていないリリーの為に、種明かしをする。
「アルマとエッサの2人に、帰郷の際に寄り道して貰ったんだ。用件は閣下にある程度の情報を伝えるというお使いだな」
「おかげで助かった。実はあの時は誼を通じていた帝国の中等爵当主が大怪我をしていて、帝国の情報が中々集まらなくて困っていたんだ。辛うじて陛下から及第点を貰える程度しか探れなかったからな」
「ああ、アレは仮病ですよ。どうも出征前に粛清の気配がしたらしく、やり過ごす為の芝居です」
「やはりそうか。大怪我の割には復帰が早かったから怪しいと思っていたんだ」
最初こそスタール子爵は半信半疑だっただろうが、俺が流した情報の幾つかを有効活用をした。
最たるものはルクナ村が襲撃される可能性が高い事と、襲撃されても撃退するだろう事、その結果、予想よりも遅く戦場に姿を現すだろう事、しかも士気が下がっている事、などだ。
その情報を下に監視体制を再構築出来た。
おかげで、スタール家の面子は保たれたし、莫大な褒賞にもあり付けた。
そして、フレットとカレルの兄弟が従士面接の際に真っ先に礼を言って来たのは、その事を知って居たからだ。
あの場には討伐士協会の職員が居たから、何に対しての礼かをぼかす為に曖昧な表現になったけどな。
お読み頂き、誠に有難う御座います
 




