第82話 『阿鼻叫喚の聖都』
2025-07-08公開
〔王国歴378年 従地神月 7日〕
「我が国に、普人に友好的な現世神様が2柱も居られるとは、全く想像しておりませんでした」
王様が本音を滲ませた声音でエレムに話し掛けた。
確かにエレムも、ルクナ村を庇護しているルクナマクス様も珍しく普人に友好的だ。
本来なら精霊に仕える事を種族の存在意義にしている誓人にこそ親和性が高いんだが、変わり種はどこの世界にも居るって事だろう。
『我がここに居るは、我が童がここに居る故。気にするな』
いや、エレム、気にしているのではなく、感謝しているんだぞ。
こういった些細なすれ違いは普人とは感性が違うから当然な気もするが。
「なるほど、現世神様の友たる聖徒エリアス・エリクソン様が居たおかげですか」
そう言って、王様がこちらに頭を下げた。
「いえ、お気になさらずに。今まで通りただの男爵位扱いで結構です。自分が偉いのでなくエレムが偉いだけですから」
そう、何度も死にかけるなどという苦労を掛けさせられたが、俺自身が精霊な訳では無い。
という事は、俺自身が偉い訳では無い。
「ふむ、本当にエリクソン男爵が真面な人物で良かったと思うぞ。現世神様の友だから特権を寄越せという事を言い出しそうな人間に心当たりが有り過ぎるからな。しかも下手すれば王権まで奪おうとしかねんからな」
確かに。
ノルドマン侯爵なんかだと、絶対に言い出しそうだ。
おっと、リリーとエルサが固まっている。
クラーラ?
当然だが、「白猫」姿のエレムを撫でている。
大人の話よりも大切な事なんだろう。
考えたら、子供に撫でられる神様の図、って希少なんだろうが、クラーラを見てると自然過ぎて異常さに気付きにくいな。
この場を後世に伝える事が有れば是非とも、クラーラの描写を加えて欲しいな。
「エリクソン男爵に確認なんだが、来年の魔震災は乗り切れそうか?」
ここで王弟殿下がズバリと斬り込んで来た。
今回の謁見の目的は、新領に赴く貴族達の魔震災に対する準備に関する確認が主なところだろう。
ジョージカ領のトーマス・グスタフソン遠境爵、バルト・カールソン子爵、チベタニア盆地の俺。
アラルカ領のロバート・クライフ遠境伯、ジョン・フランセン子爵、グフタフ・アーケソン男爵、ヘンリク・ベントソン男爵、ヨルゲン・マルメル男爵。
全員が先の戦で功績を上げた武門だ。
で、その功で新領を賜ったが、実際の目的は魔脈変動に伴うバラゴラ帝国内で発生する魔獣の大氾濫に対する防波堤だ。
戦勝記念式典が行われた当時はその事は公になっていなかったせいも有り、既存の貴族社会や宮廷貴族から冷たくあしらわれたものだが、今はどうなんだろう?
宿泊している宿には会いたいという申し込みは、新領仲間以外は全て断る様に言っているから、今一分からないな。
「確実に乗り切れるとは言えません。予想では短期的には一番厳しくなる土地ですから。それでも言える事は、自分以外の誰かが担当したら、飲み込まれてしまう可能性の方が高いと思われます」
今月の一日に諸神教の本拠地、俗に言う聖都で教伝主の名で重大発表が行われた。
主な発表項目は3点。
まず最初の点は、現世神の存在を聖典に加える事。
その存在は天陽神様も認めていて、主地神様の下で動いている事。
2点目は、諸神教の起こりを現世神からの教えだったと改める事
開祖の立場はそのままで、天啓に導かれたという部分を、現世神から教えられた、とするものだ。
3点目は、今年は西の大地、来年は北の大地、2年後にこの国と3度の地震が有る事。
地震の被害も大きいが、本当の災害は魔脈の変動の影響で魔獣の大氾濫が発生する事。
王様が疲れているのは、その発表の場に招かれていて、異世界で言う弾丸ツアー並みの往復で肉体的に辛い事や、聖都でも心労で精神的に大変だったことだ。
いや、まあ、各国の最上層には事前に話は行っていた。
バラゴラ帝国の暴挙を止める為に、伝える必要が有ったからな。
知っていても実際に暴走を止めなかったバラゴラ帝国に対する風当たりは強かっただろうな。
どうでも良い事だが、バラゴラ帝国を代表して聖都に行ったのは後継者争いには加わらなかった第三王女だったらしい。
諸神教に深く帰依していたらしいが、還俗して、新たな帝として立つ羽目になったらしい。
発表の場で、エレムとルクナマクス様、それと諸神教の開祖に天陽神様の神意を伝えたグランダクス様、それとあと2柱ほどの精霊が顕現したらしい。
さぞかし、阿鼻叫喚、いや、喜びに満ちた空間になった事だろう。
すまん、嘘だ。
せめて、地獄絵図で無かった事を祈るばかりだ。
お読み頂き、誠に有難う御座います。
 




