第76話 『友誼の実』
2025-06-19公開
〔王国歴378年 主地神月29日〕
『では、くれぐれも「オソナエモノ」の事を広めてくれよ、人の子エリアスよ』
『そうだ、広めよ、人の子エリアスよ』
『ソチなら大陸中に広められるだろ、人の子エリアスよ』
よほど気に入っていたのだろう。矮竜たちは最後まで酒とジャーキーの事を気にしていた。
なにせ、生え変わりで抜け落ちた鱗の他に、量や質に依って、もしくは気紛れでパロムの実も「ゴリエキ」に出すと言い出した位だ。
さすがに俺もドン引きだ。
パロムの樹というのは、矮竜の群れか大翅竜の家族が棲み付いた地域でしか育たない果樹だ。
その実は異世界で言う「スイカ」よりも大きい。
季節に関係なく花が咲いて、果実も年中採れる矮竜の大好物で、紅い巨大な果実が樹にぶら下がっている光景は圧巻だ。
俺もこの第10層に成っている、パロムの実を食べさせて貰った事は有るが、味の方はその巨大さから想像するよりも繊細で、甘さと酸味が程よく混じっていて、普通に美味しい。
ただ、パロムの実の価値は味よりも、薬効の方だ。
そのまま果実を食べても広範囲な滋養強壮の効果が有るし、果汁をそのまま塗っても打ち身・筋肉疲労・外傷に効果が有る。
まあ、大き過ぎて持ち運ぶのにも苦労するから、そのまま果実を使う事は無いが。
パロムの実で本当に薬の原料として価値が有るのは果実中央に存在する種だ。
大きさは成人男性の拳くらいで、硬い上に味も無いので食用に向かない。
だが、それを乾かして粉末にすれば体力回復は勿論、消耗した魔力を回復する効果も有るし、毒にも効くという万能に近い内服薬になる。
まあ、病に対しては慎重に見極めなければ使用は出来ない。
病の種類によっては進行を進めるからだ。
多分だが、異世界で言う癌細胞の活性化みたいな効果が出てしまうのだろう。
そして、その種の乾燥粉末を基本に、ごく普通の薬草を煮た成分をツナギにすれば軟膏になる。
パロムの実から作った軟膏は討伐士垂涎の品だ。
討伐の現場に必要な薬効が1つの軟膏でほぼ得られるからだ。
ただし、パロムの実関連の商品が市場に殆ど出回らないのも現実だ。
何故なら、財力の有るお貴族様が買い占める為だ。
だから、もし新鮮な状態でパロムの実が1つでも手に入るなら、貴重で美味な果実としての価値と、万能に近い薬の原料としての価値と、2つの大きな利益を生むこと間違いなしだ。
「広めるには時間が足りないが、出来るだけの事はしよう。気長に待っていてくれ」
『頼むぞ、人の子エリアスよ』
『良き方法を考えてくれた褒美にこの実をやろう、人の子エリアスよ』
そう言って、矮竜一族のリーダーのダドが1つの実を渡して来た。
一見、ドライフルーツにして萎んだパロムの実に見えるが、真剣に視たら魔力含有量が通常の10倍くらい有りそうだ。
『一番樹から採れるとっておきの実だ。人の子の身で手に入れたのは人の子エリアスが初めての筈だ』
「そんな貴重な実を良いのか?」
『ふむ、我らが親愛の証と思ってくれ。それと、これも渡そう』
そう言って、出して来たのは2つの大きさに別れている8つの魔骸だった。
明らかに剣角魔熊の魔骸よりも大きい。
『昔、外界に住んでいた時に狩った羽附き豹と羽附き獅子の玉だ。人の子はこういうモノを集めていると聞いた事が有って、取っておいたのだ。まあ、その話をした人の子の村は獣共によって滅びたがな』
脅威度3級下位の颯翔魔豹と3級上位の大翔魔獅子の魔骸という事だろう。
魅力的な素材故に強者に狙われる事も多い矮竜の割には人懐っこい群れだと思っていたが、平和的に普人の村と交流をしていた時代も有ったからか。
もし今も村が存続していたら、きっとこのダンジョンに引っ越して来る事も無かったのだろうな。
「貴重で、思い出の品をくれるという好意に最大限の感謝を。そして、滅びたという村の者たちには平穏を」
思わず祈りを捧げた。
『だから、くれぐれも「オソナエモノ」の事を広めてくれよ、人の子エリアスよ』
せっかくの雰囲気が台無しだぞ、ダド。
お読み頂き、誠に有難う御座います。




