第75話 『酒とジャーキーと鱗と牙と』
2025-06-14公開
〔王国歴378年 主地神月29日〕
『人の子エリアスよ、これほどの戦力が必要なのか? 人の子の身に余る過剰な力は、また神々の怒りに触れかねないぞ』
短い付き合いながら、今では結構仲が良くなった矮竜一族のリーダー、ダド(本当の名前は長過ぎるからこれは愛称みたいなもんだな)が心配そうに念話で語り掛けて来た。
「エレム曰く、これでも少ないらしいぞ。魔脈変動の影響を受ける地域が広過ぎて、魔獣化する野獣の数が正確に予測出来ないそうだ。何千何万という魔獣に囲まれたら、いくら強くとも数の暴力に負けるからな」
俺は模擬戦でフレームが歪んでしまったサンジュウハチゴウに修復の為の魔力を注ぎながら答えた。
矮竜の一族の内、未成竜の中では比較的年上のファッグの突進を中途半端に避けようとして受け損なったせいで、腰と右足と右手のフレームに荷重が掛かり過ぎて歪んでしまったんだ。
未だ子供とは言え、全長10メートル以上、体重は12㌧か13㌧くらいも有る矮竜の突進だ。いくら魔力で強化していてもダメージが入る時は入る。
まあ、ナナゴウとかの一桁ナンバーの先進型鎧兵なら、それでもダメージを受けない様に流し切るか、瞬発的に魔力の出力を上げて耐え切るだろうがな。
豪華なカスタムモデルとでも言うべき一桁ナンバー達と、量産性を重視している二桁ナンバー達にはそれだけのスペック差が有る。
『そう言われればその通りなのだろうがな』
「それはそうと、前にも言ったが、もう少ししたら新しい領地に行くから、訓練の為にここを訪れるのは今日が最後だ。今まで訓練に付き合ってくれて感謝している」
『そうか、もう行くのか。一瞬とも言える短い付き合いだったが、人の子エリアスとの交流は思いの外、楽しかったぞ』
「ああ、俺もだ」
このダンジョンの創造主のゴダンの計らいで、第10層に住んでいる矮竜の一族とは友好的な関係を築いて来た。
矮竜たちが、地上と同じ様に生きて行けるようにゴダンが第10層には独自の生態系を築いているが、ここに棲息していない野獣の加工肉や樽酒を進呈して喜ばれたり、生え変わりで不要になったウロコや爪、牙などを貰ったりした。
また、余り居ないが、超大型の野獣や魔獣と戦う時の参考にする為に模擬戦に付き合って貰ったりもした。
脅威度2級相当の矮竜と実際にお手合わせが出来る機会など滅多に無いから良い経験値を重ねる事が出来た。
まあ、未成竜にとっては万が一普人と戦う事が有った時の為の訓練の一方、楽しい遊びでもあったらしく、結構懐かれたりした。
『そうか、もう酒が飲めなくなるのか・・・ ジャーキーも食べられなくなるのか・・・』
そのボヤキを聞いたのか、訓練に付き合ってくれて、訓練後にのんびりと日向ぼっこをしていた大人の矮竜たちがこっちを見た。
『人の子エリアスよ、今、ダドЙ%#$*@ЖΛ※§が言った事は真か?』
『真の事なのか、人の子エリアスよ?』
『どうなのだ、人の子エリアスよ?』
さっきまでののんびりとした空気はどこにもなく、一族の存亡が懸かっているかの様な必死さが押し寄せて来た。
「うーん、ここ第10層まで辿り着ける討伐士パーティは居ないしな。新しい領主も強いが無理だろう。第9層を突破出来るとは思えんからな」
『それは困る、困るぞ人の子エリアスよ』
『何とかならんか、人の子エリアスよ』
よっぽど楽しみにしていたんだな。
そこまでとは思ってもみなかったので、いきなり言われてもどうしようもないな。
困った時のゴダン頼みだ。
「ゴダン、聞いていたら相談が有るのだが」
その言葉に応じて、ゴダンが姿を現した。
「ここのみんなが、酒とジャーキーを欲しがっているんだが、何か良い方法は無いだろうか? みんなの楽しみみたいだし、何とかして上げたいんだが」
異世界のゴブリンそっくりな容姿の妖精ゴダンが考えに浸り出した。
うーん、何か方法が無いだろうか?
こういう時こそ、異世界の知識が役に立てば良いんだが・・・
「おそなえもの」というのが良いかもしれんな?
確か、神様に献上する、という感じの風習だった筈。
「ごりえき」が有れば、誰かお供えしてくれんかな?
「ゴダン、第8層から第9層に降りる裂け目の前に、ちょっとした祭壇を作れんか? そして、そこに酒やジャーキーを置けば、3日後に矮竜の鱗が代わりに置かれている、って感じで物々交換の場を作れるか?」
「ふむ、それは可能だな。で、何故3日後なのだ? すぐに交換した方が効率が良いであろう?」
「効率が良過ぎると、ズルをしたり、そればっかりになったりして、面白くなくなるぞ。3日後に代わりの鱗が出るなら、一度帰ってまた潜って来る必要が有る。その方がゴダンも楽しめると思わんか?」
「そうだな、確かにその方が楽しめそうだ」
それから、横取り防止策や周知の方法などを決めて行く。
最後に、結論が出たら、矮竜たちが喜びの余り咆哮を上げ始めた。
鼓膜が変になるかと思ったぞ。
お読み頂き、誠に有難う御座います。