第72話 『真眼【小】』
2025-06-07公開
〔王国歴378年 主地神月9日〕
「なるほど、そういう理由なら納得だ」
俺の言葉に一番反応したのは立ち合いを務めている討伐士組合の組合員だった。
男爵位というのは貴族としては大した地位では無いが、平民階級から見れば雲の上の存在だ。
それが発した質問の意味は重い。
下手に答えた場合、『社会秩序を乱した』という貴族側の強弁で、平民が不利益を被る事は日常茶飯事とは言えないが偶に聞く話だ。
それなのに、俺が自分自身の質問に続けて答えたという事は、平民が貴族からの質問に答えていない訳だからな。
「俺が以前にここに来た時に視たんだな」
「はい、その通りです、エリクソン閣下」
「参考までにどんな感じで視えるんだ?」
「人形サイズの光り輝く人の形をした神聖なる存在、という感じです」
ここでやっと、組合員の顔に納得の色が浮かんだ。
後でこの組合員本人から聞いて分かった事だが、討伐士組合連合会経由でグスタフソン領の討伐士組合には、俺が戦勝記念パーティーで起こした騒動の概略が伝わっていたらしい。
そのパーティの場で顕現したエレムの事も当然伝わって来ていた。
とは言え、実際に目にした事が無いので(本当は色々な姿で目撃されているんだが)、エレムの存在は半信半疑という所だったらしい。
だが、このやり取りを聞いて、やはり実在している事は事実だと分かったそうだ。
「なるほど、恩寵は視覚関係か。双子とは言え、同じ恩寵というのは珍しい気もするが」
双子は賢明にも無言を貫いた。
貴族様の独り言に反応した場合、ごく稀な確率で叱責を受けるらしい。
理不尽だが、それだけ貴族の相手は大変だという事だ。
「答えなくても構わないが、恩寵は真眼か、貫眼か、どっちだろう?」
双子はどちらも驚いた顔をした。
相手の感情が分かったり、発言の嘘や誠が分かったり、温度が分かったり、健康状態が分かったり、魔力量が分かったりなど、視覚系の恩寵は意外と種類が多い。
エレムの存在を視る事が出来るなら、アルマとエッサの様に精霊から加護を与えられているか、言葉にした2つの恩寵しかない。
「『真眼【小】』を賜って御座います」
「良い恩寵を賜ったな」
「有難き御言葉、恐悦至極」
まあ、本音だろう。
便利と言えば便利だが、それは人の世界の話。
地上に自然発生した「矮神」か「準神」か「亜神」とも言うべき存在の精霊を視てしまえば、一気に神々しい恩寵に格上げだ。
誓人ならともかく、普人では本当にごく一部にしか視えないんだからな。
「話は変わるが、組合長が記した2人の経歴と討伐士としての記録を読ませてもらった。実家の子爵家の家名を名乗っているという事は今も良好な関係を保っているのだろうか?」
この兄弟は双子という事も有り、3男と4男になる。
当然だが、家を継ぐ役目でなく、貴族としての常識から予備の予備として子供を作った、要するに保険の意味合いが大きかった筈だ。
偶に夫婦仲が良好でウッカリ、というのも有るが。
ここで問題が発生している。
視覚系の恩寵は貴族としては当たりだ。
人物を見極める事に大きな力を発揮するから、恩寵の中身を欺いて社交で用いれば広範な応用力を持つ。
で、そんな恩寵を賜ったのが3男と4男だ。
貴族家によっては将来のお家騒動を防ぐ為に闇に葬る所も有るだろう。
それなのに、実家の家名を名乗る事を許されているのなら、なんらかの理由が有る筈だ。
俺自身が貴族から外れた時に母親の家名に切り替えた様に、貴族子息が実家を離れる際に家名を名乗れなくなる事はよく有る。
下手すれば家名を失う事も有る。
その際に用いられるのは、平民の様に出身地の村なり町なりの名前を弄って家名にする手法だ。
例えば、アルマとエッサの2人の場合、出身の村の名はルクナ村で、家名はルクニアムという具合だ。
だから平民の家名を聞けば、どこの村の出身かが分かる事が多い。
「はい、今も定期的に連絡を取っていますし、必要とあれば少額なら援助も受けています」
「なるほど。政治的なセンスも貴族出身らしく、高いレベルを持っていると判断しても良いのかな?」
「閣下の仰る通りです」
回りくどいやり取りだが、何が言いたいかと言えば、この兄弟を雇えば、2人の実家のスタール子爵家と縁を結べるという事だ。
スタール子爵家は2人を使って、他領なり、世情なり、の情報を収集して、尚且つ交友関係を築いていたのだろう。
かなり重宝していただろうし、しかも家名を背負っているから対貴族にも大きな効力を発揮しただろうな。
起こるかどうか分からないお家騒動よりも実利を採ったと言える。
援助もするというならば、貴族家としては多大な成果を得ていた最良の選択だった訳だ。
ここ、グスタフソン領に居るのも偶然では無いだろう。
最も新しく発見されたダンジョン絡みの利権も視野に入れていたんだろう。
上手くすれば、吹けば飛ぶ様な騎士爵位を翻弄して、バラゴラ帝国への輸出に一口食い込めるかもしれないと踏んでいたかもしれんな。
そう、スタール子爵家の領地はバラゴラ帝国から賠償として分捕ったジョージカ領に近い。
トーマス・グスタフソン遠境爵、バルト・カールソン子爵、そして、俺の3人が拝領したジョージカ地方と、今居るこの国、エイディジェイクス王国の王都に至る道が通っているんだ。
だから、スタール子爵家が流通の分断を目論めば、ちょっとばかし厄介な事になる。
まあ、王国の部隊がジョージカ地方に先行して駐屯しているから、そんな事は国王が赦さないだろう。
だが、それでも潜在的な危険性は有る。
「それと、2人とも結婚して間が無いが、奥方を連れていく積りだろうか? 拝領したジョージカ領は、はっきりと言って荒れているという報告は届いている」
「ご心配頂き有難う御座います。妻たちも一緒に行く心積りをしています。幸いにもまだ懐妊していないので身軽ですし、元討伐士だったのでそれなりに自分の身は自分で守れますので」
本人たちの事では無かったので等級までは書いていなかったが、2人とも先月、今年の天陽神月に討伐士の女性(しかも姉妹だ)と合同結婚式を上げたばかりだ。
まあ、結婚も従士に応募する理由だろうな。
そろそろ根を降ろしたくなったという事だろう。
いや、やはりエレムが1番の理由だな。
エレム自身は双子に関心が無いのか、いつもの様に浮遊しているが。
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