第70話 『働く先進型鎧兵』
2025-06-04公開
〔王国歴378年 主地神月5日〕
「先ずは名前を訊いて良いかな?」
「ニジュウニゴウデス サー」
打てば響く様な返事に、ミカル・レンホルム男爵は言葉が詰まった。
きっと事前に訊く事を考えていたと思う。
だが、思ったよりも普通に答えられたので、次の質問がとっさに出なくなった様だ。
「あ、ニジュウニゴウだ。ねえねえ、いつものやつやってー」
「あ、ほんとだ」
「やって、やって」
「くるくるひゅーん、やってぇ」
レンホルム男爵が言葉が詰まった瞬間に、ニジュウニゴウの背中側から男の子や女の子の声が聞こえた。
うん、この声は開拓村の子供たちだ。年の近い3人がそれぞれ弟や妹を連れている。
多分、ニジュウニゴウの後姿を見付けたから声を掛けたんだろうが、そのニジュウニゴウが相手をしている俺たちの姿は意識の外なんだろう。
まあ、子供ってそういうものだしな。
「サー コドモタチノ アイテヲ シテモ カマイマセンカ?」
「ああ、構わない」
「サンキューサー」
そう言って、頭を少し下げてから、ニジュウニゴウはその場で旋回をした。
こっちでは誰かがしている姿を一度も見た事が無いが、異世界では何回か見た動きだ。
片足を後ろに半歩引いて、その場でクルっと半回転して、後ろ足に合せる様に身体を引く。
たったこれだけだが、動作が洗練されているので優雅に見える。体幹がしっかりしているから、動作がきれいに決まるんだよな。
うん、エレム、どれだけ動作関連の命令を魂殻に書き込んでいるんだ?
いや、どこを目指しているんだ?
更に、ニジュウニゴウは右手に持っている自分の身長と同じ長さの棍を持ち直して、両手でクルクルと回し始めた。
アルミ製人形に過ぎないにも拘らず、指使いと手首の返しで人間以上に器用に回している。
と思ったら、今度は身長の2倍ほどの高さに放り上げて、落ちて来た棍の1/3くらいの位置を右手で掴んだ後に最初の姿勢に戻った。
確か異世界で見た動きだ。
「ばとんとわらー」とかいう競技だったか?
「やっぱすげー」
「クルッて回すところまではできるんだけどなぁ」
「でも、何回も回せないんだよなぁ」
「ねー」
などと口々に言っていたが、ニジュウニゴウの後ろに居る俺たち大人に子供たちがやっと気付いた。
「あ、リーダーだ」
「ちがうよ、今はダンシャク様だよ」
「そうだった! ダンシャク様、こんにちは!」
「こんにちは、ダンシャク様」
「うん、こんにちは。今日の採取はどうだった? 沢山採れたかい?」
「はい、たくさんとれました」
「とれたよー」
「それは良かった。家に帰ったら、ちゃんと手を洗うんだよ」
「はーい」
「わかったー」
「ニジュウニゴウもまたね」
子供たちが帰り道を歩きながら、振り返って手を振って来るのに合わせて、俺も手を振り返す。
ニジュウニゴウは空いている左手で小さく振り返していた。
「いや、驚いた。本当に驚いた、エリクソン卿!」
何故か興奮した声でレンホルム男爵が呼び掛けて来た。
「子供の相手をあれだけ上手く熟すのは、並大抵じゃない。なんせ、子供は遠慮が無いからな」
「まあ、確かに」
「今の光景を見たら、もっと賃貸料を払っても良い気がして来たんだが、みんなはどう思う?」
そう言ってレンホルム男爵が従士のみんなに訊いた。
今回の話し合いでは、配備済みの先進型鎧兵をそれぞれ中位の従士の人件費並みの金額で貸し出す事で合意に至っていた。
開墾の主力というだけでなく、いざとなれば4級相当の脅威度を誇る先進型鎧兵は、領の警備と討伐士区画の治安維持の要だ。
討伐士組合の組合長に残留の要望が届くらいだから、住人にも受け入れられている。
もちろん、レンホルム男爵が連れて来た9人の従士で置き換える事は可能だろう。
だが、そうする事で折角上手く行っている治安維持が揺らぐ事になってしまう危険性も出て来る。
それならば、先進型鎧兵にこのまま任せてしまって、従士たちは領全体の発展に取り掛かった方が何倍も有意義だ。
「想像以上に馴染んでいましたね。個々の賃貸料を上げるよりも増員してもらうのはどうでしょうか?」
「おう、それも良いな。エリクソン卿、増員は可能だろうか?」
「厳しいですね。新領に連れて行く分も必要ですからね」
「うーん、それは残念だ。まあ、余裕が出来ればで良いので、今から予約しておきたいな」
「約束は出来ませんが、留意しておきます」
レンホルム男爵は満足気に頷いた後で、討伐士区画の光景を感慨深く見回した。
そして、思わずと言う風に呟いた。
「本当にここを貰って良かったんだろうか? 豊作間違い無しの農園をタダで手に入れた気分だ」
その思いは従士のみんなも同じ様だった。
「そう思って頂けるレンホルム卿なら、領民を大事にしてくれると信じています。グスタフソン閣下も同じ思いだと思いますよ」
チラッとニジュウニゴウを見た後で、レンホルム男爵に向けて願い事を告げた。
「先進型鎧兵も大事にして下さる事を願っております」
レンホルム男爵もニジュウニゴウを見た後で答えた。
「エリクソン卿の願い、確かに承った」
何気にニジュウニゴウがホッとした様な意識になり、それを反映した空気を纏った事に気付いたのは俺だけだろう。
まあ、子供たち登場の時の方がもっと感情が溢れていたがな。
うん、用途別量産型も個性化が進んでいる。
何年かして、大氾濫が落ち着いたら、みんなのメンテナンスをする為も有るが、個性化がどうなったかを確かめに戻って来よう。
きっと、楽しいだろうな。
お読み頂き、誠に有難う御座います。
 




