第65話 『集会』
2025-05-22公開
〔王国歴378年 主地神月5日〕
「昨日の出迎え、改めてありがとうと言わせてくれ。嬉しさのあまり思わず、ジジイの涙を見せる所だったぞ。そんなのはみんな見たくないだろうから、我慢したがな」
トーマス・グスタフソン遠境爵が騎士爵邸前の広場で、集まった住民に笑顔を浮かべながら言葉を掛けた。
昨日の凱旋時にも軽く触れたが、移封に関しての声明をみんなに伝える為に、朝食が終わって仕事に出る時間帯を狙って開拓村の住人に集まって貰っていた。
「畏れ多くも、陛下はこの度の戦での儂の功績を評価して下さり、更には統治能力をも信用して下さり、余人では統治が難しい領地を主に任せると仰られた。儂は全力でその恩に報いる積りだ」
住人から期せずして拍手が起こった。
出来たばかりの開拓村と言う事も有り、領主と住民の距離が近かったが故の、温かい拍手だ。
「そして、ここへの道中で話していて分かったが、儂の後任のミカル・レンホルム卿は立派な領主になってくれるだろう。彼の様な良き人材にこの村を託す事が出来て、益々陛下に感謝の気持ちが湧く事よ」
ここで一瞬だけ言葉を止めて、レンホルム男爵をお立ち台に呼んだ。
「さて、昨日も少しは言葉を交わした者も居るだろうが、改めて挨拶をして貰おうか」
グスタフソン遠境爵の隣に立ったレンホルム男爵が自己紹介から挨拶を始めた。
普段の会話ではそれ程気にならなかったが、こういう大きな声を出す場では、部隊を率いて来た武人らしい銅鑼声が広場に広がった。
「今、グスタフソン遠境爵閣下から御紹介に与ったミカル・レンホルムだ。陛下から男爵位を賜っている。この領地の統治を任される前は、王国軍の魔獣討伐遊撃隊の隊長を任されていた。そういう意味では魔獣の討伐にも慣れているので安心して欲しい。でなければ、経験豊かな討伐士だったグスタフソン遠境爵閣下の跡を任されなかったと思う」
住人の反応は好意が籠った『おおぉ』という感嘆詞だった。
そりゃあ、討伐士3級から騎士爵に叙爵されたばかりのグスタフソン騎士爵について来た人たちだ。
魔獣を討伐出来る『武』が無いヒョロイ貴族が来た場合、例えば王府に蔓延っている様な能吏が領主面でやって来たら、例え苦労すると分かっていてもグスタフソン遠境爵の後を追って、新領に行きかねないからな。
「グスタフソン遠境爵閣下が新領に向かうまでの間、この周辺に生息している魔獣の討伐がてら地理を覚えて行く予定だ。その他にも色々な事を覚えなければならんだろうから、みなも自分が話し掛けた時はよろしく頼む」
そう言葉を結び、グスタフソン遠境爵に頷いた。
グスタフソン遠境爵が頷き返した後で、俺に向かって「こっちに来る様に」とばかりに手招きをした。
打ち合わせには無かったが、呼ばれたからには行くしかない。
「それと、儂の第4従士だったエリアス・エリクソン卿も戦での功績大と言う事で男爵位を叙爵した。この様な飛び級と言って良い叙爵は記録に無いそうだ。それだけ活躍したと言えるが、皆には悪いが彼も新たな領の統治を任されておる」
何と言うか、嫌な予感がした。
「だから、皆も親しんで来た先進型鎧兵も連れて行く事になるだろう。では、エリクソン卿、挨拶を頼む」
いきなりの無茶振りだが、それほど話したい事なんかは無いから適当に話して終わりで良いだろう。
ただなあ、先進型鎧兵に関してはまだ決めていないんだよな。
「トーマス・グスタフソン遠境爵閣下から挨拶しろと言われたから挨拶するけど、おはよう、みんな」
村のみんながポカンとした表情を浮かべた。
これは異世界で言う「滑った」というヤツか?
仕方ない、何食わぬ顔でそのまま話を続けよう。
「今、村には農作業用に4体、警備用に8体の先進型鎧兵が居るけど、置いて行って欲しい人は手を挙げて」
うわ、全員が挙げている。
両手を挙げている村人が5人も居る。
まあ、そりゃあ、導入前と導入後とでは苦労が全然違うからな。
「そう言う事で、合わせて12体の先進型鎧兵を置いて行くから、これからも可愛がって欲しい」
俺の言葉に対する返事は歓声だった。
お読み頂き、誠に有難う御座います。




