第58話 『久しぶりの実家』
2025-04-26公開
〔王国歴378年 天陽神月35日〕
「広く感じるのは分かるけど、こんなに古かったけな?」
思わず独り言が出たのは仕方が無いだろう。
旅立ってから9ヵ月しか経っていないとはいえ、久しぶりに泊まった離れは古びて感じた。
まあ、グスタフソン村では新築の小屋を用意してくれたから、自然と新しい住居を基準にしてしまうからそう感じて当然か。
その代わり、やたら広く感じた。
リリーと一緒に住んでいた時に比べて、幾つか古びていた家具とかが処分されていたからな。
空間が増えた分、隙間が増えた様に感じて当然だ。
勝手知ったる元我が家なので、洗顔とかの朝の支度は迷う事無く終わらせた。
終わらせてから気付いたが、当時使っていたコップなどが残っていた。
一瞬だが持って行こうかと考えたが、新しい物は新居用に買い替えているので、そのまま置いて行く事にする。
「エリクソン男爵様、朝のご用意が出来て御座います」
本宅付きのハウスキーパーが離れまで呼びに来てくれた。
結婚して3人の子供も居る30台後半の女性だが、俺とリリーがここに住んでいた頃はいつも食事を届けてくれていたのでそれなりに顔見知りだ。
だが、今の俺の立場ではどんな顔をしたら良いのだろうな。
なんせ、以前に居た頃は平民として出て行く事が確定していた只の居候だった訳だ。
それが、今では俺もお貴族様だ。
しかも、ずっと騎士爵位だった以前のご主人様よりも上位のお貴族様だ。
ま、爵位を貰ったからと言って、俺の中身が変わる訳では無いので、以前の通りに対応する事にする。
扉を開けながら声を掛けた。
「キャロルさん、わざわざ呼びに来てくれてありがとう」
一瞬、虚を突かれた顔をしたが、なんとか失礼にならない程度の時間で表情を取り繕う事に彼女は成功した。
「勿体無いお言葉です。それと、遅れましたが、戦功による男爵位へのご栄達、誠におめでとうございます」
何故か一瞬だけ懐かしい気持ちになった。
そうだ、この女性は離れに住む様になった俺たち兄妹を蔑む事無く、いつも丁寧な態度をとっていたな。
もし、叔父さんの転封で職を失う様なら、俺の所で雇うのも有りだな。
「祝いの言葉、ありがとう」
一瞬だけ迷った様だが、声を低めて本宅の情報を教えてくれた。
「旦那様は男爵様に大変感謝をされておりました。元は敵地といえども広い領地を与えられ、子爵位まで陞爵出来たのは全て男爵様のおかげだと」
ちょっと意外で、有益な情報だった。
考え様によっては、自分の立ち回りが当たっての陞爵だから、自画自賛しても何もおかしくない。
ふむ、元敵地のジョージカ領を共に治める仲間として考えた場合、そう考えてくれるならやり易いな。
「貴重な情報をありがとう。立ち入った事を訊くけど、叔父さんが新しい領地に行く時に付いて行くの?」
「はい、その積りです。お坊ちゃまも慣れない土地で知らないハウスキーパーに世話されるよりは慣れた私がお世話する方がご苦労されないでしょうから」
「なるほど。リュドも果報者だ」
「勿体無いお言葉です」
そう言って頭を下げた。
追い出される前に何回か本宅に呼ばれた事が有ったが、その時とはかなり雰囲気というか空気が変わっていた。
なんせ、転封なのだからその準備に追われている。
残して行く物、持って行く物の仕分けだけでも大変なのに、仕分けと同時に持って行く物の運搬の段取りを付けなくてはならない。
俺とリリーの様に兄妹2人で暮らしているのとは、規模が違うからな。
キャロルさんに案内された食堂には、叔父さん一家の他に、トーマス・グスタフソン遠境爵、ミカル・レンホルム男爵、ウィッセル騎士爵が席に座っていた。
ヨハン騎士爵はグスタフソン村に先駆けとして先に出立したのだろう。
本来は一番下っ端の俺がすべき役割なんだが、俺が男爵位になったのでそんな役割を担ってくれている訳だ。
今度会ったら、なんかお礼?お詫び?の品でも渡そう。
どうせなら、役に立つちょっとした異世界の道具をエレムに『再現』してもらって、渡すのも良いな。
意図せずお待たせした事に軽くお詫びの言葉を掛けながら席につく。
「待っていたぞ、エリア、いや、失敬、エリクソン男爵」
「今は社交の場では無いですから、今まで通り、エリアスで結構ですよ」
「おお、そうか。それで、ゆっくり出来たかな?」
「ええ。久しぶりに我が家で寝ると、ついついもう少し寝ておきたくなるものだと、今日分かりましたよ」
「なるほど。では、新しい領地に行けば、早く起きる様になる訳だな」
「何かで読みましたが、昔は『早起きは3エニーの得』という言い回しが有ったそうですよ」
まあ、正確には『早起きは三文の得』だがな。
異世界のことわざには、時として使いたくなる魔力が有るな。
「ほう、それは示唆に富んだ言葉だな。では、皆様、朝食を頂くとしましょう。我らが世界を創りし偉大なる神々と、地上で見守りし現世神様に感謝を捧げます」
食事の時に諸神に捧げる祈りの言葉が少し変わっている事はご愛嬌だな。
お読み頂き、誠に有難う御座います。
この作品はその時のノリで書いているので、矛盾を見付けても生温かい目でお見過ごし下さいませ。




