第51話 『戦場に吹く風』
2025-04-04公開
〔王国歴378年 天陽神月20日〕
「え? 今、なんか、魔法を使いました?」
ジョン・フランセン騎士爵がちょっと驚いた声で訊いて来た。
たった今発動した魔法を感知出来たという事は、魔法の適性がかなり高いと言える。
もしかしたら魔法系の恩寵を賜っているのかもしれない。
まあ、それを訊く事はマナー違反なので、さらっと流す事にする。
「よく気付きましたね。どんな魔法かは見ていれば分かりますよ」
鏖殺魔猿の集落を壊滅させた、俺が独自に改良した風系上級魔法は発動直後は大きな動きを見せない。
10歩ほど離れた所くらいから空気が動き始め、100歩くらい離れた所で嵐そのものの烈風となる。
その威力は大木の幹を折ってしまう程の猛威を揮う。
身長が普人の半分ほどしかない鏖殺魔猿なら体重が軽い為に吹き飛ばされるが、鏖殺魔猿の8倍以上重い体重の上に、防具武具を装備している帝国軍の兵士は簡単に飛ばされる事は無い。
それでも、前触れもなく突然襲った烈風に吹き飛ばされそうになったり、たまたま盾の角度が風をもろに受ける様に持っていた盾兵が盾を強風に攫われて他の兵に当たって二次被害を起こしたりと、パニックを引き起こすには十分だった。
風に煽られて飛んでいる10枚以上の盾が妙に非現実感を誘う。
「凄い・・・」
ジョン・フランセン騎士爵は一言だけ呟いて、じっと敵の中枢部の辺りを見詰めていた。
「これは現実なのか?」
一方、兄のロバート・クライフ騎士爵は呆然と空を舞っている盾を目で追っていた。
まあ、相手が油断していただけだ。
戦いの冒頭に横撃しようとした帝国軍の騎獣部隊の出鼻を挫く為に使ったから、報告が伝わっていれば多少は頭に有ったとは思うが、実際に自分で経験しなければ本当の意味で警戒は出来ていなかっただろうからな。
それに、俺の狙いは人間よりも騎獣のハッグだ。
自身の毛を魔法で硬化させて物理的な攻撃から身を守るハッグは、その代わりに他者からの攻撃魔法に意外と敏感だ。
突如起こった烈風が魔法で引き起こされたとすぐに感じ取って、人間以上に過剰反応をしてしまう個体が出易い。
帝国軍の騎獣部隊があっさりと出鼻を挫かれた理由でもある。
うん、帝国軍の上層部が集まっている一帯で起こった混乱は鎮火する事無く燃え広がっている。
前線を支えている優秀な指揮官たちが権限を持って、指揮を執ればここまでの無様を晒さないだろうが、上層部が素人同然の指揮能力しか持たないのならば当然の醜態だろう。
そして、中枢の混乱は前線の動揺を誘った。
自分達には魔法による被害が無かったにも拘わらず、浮足立ったのだ。
後方が支えてくれるという当然の前提が崩れた影響は大きかった。
俺は帝国軍の前線の意識が後方に向いた瞬間を捉えて突撃を開始した。
興味深い事に俺の愛獣は俺の合図を待つ事無く、ドンピシャのタイミングで駆け出した。
もの凄く賢いのか? それとも俺の意識を読み取っているのか?
この戦いの後で時間が出来たら大好きな湯浴みとブラッシングを好きなだけしてやろう。
当然だが、俺たちが突撃に移った事はすぐにバレたが、一度集中力を切らした状態から回復する前に帝国軍の戦列の第1列と接触した。
やはり軽い。
先進型鎧兵5体が造り出す圧力に抵抗出来ずに、あっさりと第1列と第2列の盾兵の戦列は崩壊した。
それでもなんとか1体当たり数本の槍を突いて来た第3列の槍兵は流石帝国軍と言えるだろう。
魔力を纏った先進型鎧兵のボディには全く傷が付かなかったが。
鏃の隊形で突き進む5体の先進型鎧兵を先頭に、俺たちは帝国軍の中枢に深く喰い込んで行った。
あと50歩まで迫った時に、敵の中枢に新たな動きが現れた。
愛獣の耳がピクッと動いた。
いい反応だ。
何故なら、30人ほどの魔法士が一斉に魔法の術式を展開したからだ。
魔法士部隊に全然遭遇しないので不思議だったが、奥の手として温存して来たのだろう。
術式展開とほぼ同時に、魔法士部隊と俺たちの間に居た帝国兵が一斉に伏せた。
誘い込まれたという訳では無いが、偶然なのかそれとも息を合わせたのか、意味も無く帝国軍の意地を見た思いだ。
魔力の流れと展開された術式から、火系の中級攻撃魔法ばかりの様だ。
命中すれば継続的に被害を与えられる事が理由だろう。
攻撃魔法を放たれる直前に、前線から後ろに下がっていた弓兵部隊から矢が飛んで来た。
うん、帝国軍はこの瞬間は完璧な連携を成し遂げたと言って良いと思う。
だが、残念ながら、それだけでは俺と先進型鎧兵を食い止めるには足りない。
弓矢対策の為に障壁として使っていた風系の魔法を瞬時に水系の魔法に切り替える。
「有り得ない・・・」
ジョン・フランセン騎士爵の声が聞こえた気がするが、きっと空耳だろう。
お読み頂き、誠に有難うございます。
 




