第50話 『急襲開始』
2025-04-02公開
〔王国歴378年 天陽神月20日〕
「やはり、貴公か! 援護は本当に助かった。あのままでは為す術も無く、全滅を待つだけであった」
元ハールトセン侯爵家嫡男のロバート・クライフ騎士爵が供回りの従士と共に先進型鎧兵5体が造り出した安全地帯に駆け込みながら声を掛けて来た。
多分、新しかったであろう鎧には数多くの傷跡が刻まれ、鎧で覆われていない部分の何カ所かから出血をしている。
いささか疲れてはいたが、戦闘の最中という事も有り、口調もそうだが、以前会った時と違って優し気な雰囲気は無かった。
まさに武人という雰囲気だ。
高位貴族の中には、自らの身体を動かしての荒事を嫌う当主も多い。
貴族教育の一環として剣術を習い、「嗜む程度」で済ます傾向に有る。
まあ、それは開拓段階から発展段階への移行に成功した騎士爵位や、魔獣が大規模に襲って来ない領地を持っている男爵位や子爵位も同じだ。
平素の魔獣狩りは討伐士や配下の従士の仕事になっている。
そんな状況で、侯爵家嫡男から騎士爵家に養子に出されたにも拘らず、腐らずに鍛錬を重ねたであろうロバート・クライフ騎士爵は出来者と言って良いだろう。
なるほど、死なすには惜しい人材だな。
「本当に助かりました。部下の分もお礼を言いますね」
幼く見える弟のジョン・フランセン騎士爵も無事だった。
成人して間もなくいきなり紛争に駆り出された割には元気そうだった。
ただ興味深い事に鎧には傷がついていないし、手傷を負った様子も無い。
その割には身体中が返り血で汚れている。
外見から受ける印象を裏切るくらいに、精神が太い上に強いのだろうか?
「いえいえ、礼には及びませんよ。自分はグスタフソン騎士爵の命令に従っただけですし、これからする事のついでと言えばついでですから」
その俺の言葉にロバート・クライフ騎士爵が反応した。
「前に言っていた件か? 本当にやる気なのか?」
「ええ。無意味な争いをしている場合じゃないですからね。さっさと終わらせたいんですよ」
ロバート・クライフ騎士爵は一瞬だけ自分の従士たちに目をやった後、妙にすっきりした顔で訊いて来た。
「付いて行っても構わんか? 死地を脱したばかりなんだが、おかしなもので英雄譚の脇役でも構わんから心躍る歴史的瞬間に立ち会いたくなったのだが?」
困ったな。グスタフソン騎士爵の頼みを優先するならここで別れて帰還させるべきだが、何となく願いを聞いて上げたくなるな。こういうのを人徳というヤツか?
うん、ここで大きな功績を上げたという事にして、俺の身代わりになって貰おう。
その方がなんか色々と都合が良くなる気がして来た。
「エリアス、儂も一緒に付いて行っても構わんか?」
おっと、ここで叔父さんも参戦か?
面倒だから、叔父さんも一緒に来てもらおう。
下手に別れたら、4人だけの騎士爵部隊なんてあっさりと全滅しかねん。
あまり交流は無かったが従弟のリュドがまだ10歳だからな。父親をきちんと帰して上げる事は良い事だろう、知らんが。
「ええ、分かりました。希望者全員をご招待しましょう。もちろん、ここで別れるのも自由ですが?」
結局、他の生き残ったハールトセン侯爵家麾下の騎士爵部隊全員も参加希望だった。
どうやら、ロバート・クライフ騎士爵に忠誠を誓う集団だった様だ。
まあ、そのせいでポンコツな弟に粛清の為に見捨てられた様なものだが。
そうそう、脱落した従士は1割の方だった。
悲しみは感じているだろうが、死地を切り抜けた自分達に誇りを感じている為に士気が落ちていないのだろう。
とは言え、俺以外は疲労を溜めていたので、水分補給と同時に手持ちの携行糧食を少しだけ齧らせ、同時に手早く武器の手入れを済ませる様にお願いという名の命令を出した。
戦場でそんな暢気な、という声が出るかもしれないが、俺たちの集団に対しては帝国軍も手出しを控えている現状だからな。
帝国軍は明らかに俺たちを警戒して、再度の進撃に備えて迎撃の為の戦列を整えている最中という訳だ。
うん、一息ついてみんなの疲労感も多少は抜けた様だ。
体力の回復に関しては個人差が有るので仕方ない。
さあて、それではバラゴラ帝国遠征軍の中枢を叩きに行くとするか。
「エフ・ワン」
もはや使い慣れたと言って良い風系の魔法を発動した。
お読み頂き、誠に有難うございます。




