第46話 『再突入』
2025-03-19公開
〔王国歴378年 天陽神月20日〕
「再突撃に備え、各騎士爵諸卿は準備をされたし! 各自、装備の点検を怠らず、王弟閣下からの命令に備えられたし!」
トーマス・グスタフソン騎士爵が大きな声を上げて、離脱に成功して気持ちが緩んだ各領の部隊の士気をもう一度引き締めようとしていた。
長い間、討伐士パーティを率いた経験が有るだけに、士気の引き締めの重要性に気が付いたんだろう。
まあ、ある意味、騎士爵になって開拓村に取り掛かるまでは闘いの連続だっただろうからな。
そういう意味では、騎士爵の集団の取り纏め役にふさわしい人物と言える。
それと、騎士爵の部隊も相手が魔獣なら、討伐する為の知識と経験の蓄積が有るので、次にどうすれば良いのかが分かるんだろうが、人間を相手にする場合は勝手が違い過ぎて右往左往するのも仕方が無い面が有る。
人間同士の小競り合いをして来た歴史も持つ帝国と、魔獣相手だけに歴史を積み重ねて来た王国では強さの基準が違うからな。
そういう意味では、周囲の小国を併呑して領土を拡大して来た経験を持つバラゴラ帝国の方が軍隊として考えると単純に手強い。
現に、帝国の右側の部隊はかなりの被害が出た筈なのに、逃亡兵も出さずに、まだ組織として纏まっている。
しかも、俺が邪魔したから被害は出なかったが、離脱後にも何回か弓兵による攻撃を仕掛けて来ている。
俺が居なかったら、こちらにも結構な被害が出ていたと思う。
どうやら、グスタフソン騎士爵の檄に促されたのか、散漫になっていた戦意がもう一度騎士爵諸部隊に戻って来た。
弓兵の攻撃に注意を向けつつ、ロバート・クライフ騎士爵とジョン・フランセン騎士爵の兄弟の現在地を探し始めた。
どうせ、ロバート・クライフ騎士爵は例の出来の悪い異母弟によって撤退や転進を封じられているだろうから、もしかすれば死地に向かっている最中かもしれんしな。
うん、やはりそうなるか。
伯爵家以上は各家の紋章を描いた旗を必ず部隊中央に立てているから、動向が分かり易いのですぐに分かったが、ハールトセン侯爵家の部隊は中央寄りの第2列に組み込まれていた様だ。
だが、左右に展開する侯爵家部隊が弱過ぎて、自然と押し出される様に突出しだしている。
第2列に組み込まれている伯爵家部隊も苦戦しているし、突出している分悪目立ちし過ぎだ。
なんとか、ハールトセン侯爵家部隊は衝撃力を維持しようと努力しているが、左右の両侯爵家部隊も含めて友軍の戦意が低過ぎてこのままでは足が止まるのは時間の問題だ。
多分だが、あの辺りの第1陣の突撃も不十分なものだったのだろう。
しかし、2つの侯爵家部隊も含めて懲罰モノの失態だな。
おっかなびっくりな騎獣突撃など、全く意味が無いどころか弊害しかないだろうに。
現に、帝国軍に完全に受け止められて、足を止めた所を周りを囲まれて被害を増やしている。
このままではハールトセン侯爵家も足を止められて集中的に叩かれる未来しか見えない。
げ、ここでそう出るか?
ハールトセン侯爵家の部隊が1/3くらいの位置で、前方に進む部隊とその場で回頭する部隊に別れ始めた。
その意味は明確だ。
「グスタフソン騎士爵、ロバート・クライフ騎士爵様とジョン・フランセン騎士爵様を含むハールトセン侯爵家の部隊がこのままでは深刻な被害を出しかねません。助けに行くついでに帝国の中央を叩いて来ます」
もう許可は貰っているが、これから独断専行を始めると念の為に伝えた。
グスタフソン騎士爵が俺が視ている方向に視線を送り、
「すまんが、頼む」
と返して来た。
「獣車を置いて行きますので、確保をお願いします」
さあて、「ねこをかぶる」だったか、異世界のことわざで言うと。
ここからは、少々目立っても仕方ないと割り切って行く事にする。
さあ、ヨンゴウ・ナナゴウ・サンジュウゴウ・サンジュウイチゴウ・サンジュウニゴウ、窮屈だったろうが、封印していた強者の空気を開放して良いぞ。
一気に周囲の空気が変わった。
5体もの脅威度3級相当の魔獣がいきなり出現して、威嚇の咆哮を上げた様なものだからな。
あちらこちらで騎獣のいななきが一斉に上がった。
何と表現して良いか分からないが、一つ確実なのは恐怖感がこもっているのは確実だな。
そんな中、俺の愛獣もいななきを上げた。
周りと違って、なかなかに楽しそうな鳴き声だった。
うーん、獣にも脳筋と言う言葉が似合うヤツが居るんだな。
先進型鎧兵5体を鏃の形に並べた。
そしてその中に俺が入る形だ。
進路をまっすぐハールトセン侯爵家の部隊に定める。
効率よく辿り着くルートを採りたいところだが、さすが帝国軍と言うべきか、離脱した王国諸部隊の再突入に備えての再編成を終えている。
上層部がどうであれ、帝国軍の現場レベルの指揮官の質はかなり高い。
それだけに勿体ないな。
お読み頂き、誠に有難うございます。
 




