第39話 『訪問客』
2025-02-22公開
〔王国歴378年 天陽神月14日〕
「設営も終わったし、昔、お世話になった方に挨拶をして来る。このまま待機しておいてくれ」
トーマス・グスタフソン騎士爵はそう言って、水と専用の餌を食べて機嫌が良くなった騎獣に乗って出掛けて行った。
お供はウィッセル従士だ。
「ああ、なるほど。あの旗はハールトセン侯爵家の派遣部隊か」
その後ろ姿を見送った後に、ヨハンさんが得心が行った表情で呟いた。
「侯爵様とはどういう繋がりで?」
俺が尋ねると、ヨハンさんが説明してくれた。
「リーダーは元々ハールトセン侯爵家に仕える徒士家の出なんだが、討伐士として活躍したのもハールトセン侯爵家が治める領だったんだ。その関係で先代様とは割と親しくして貰っていたんだ」
「なるほど。そりゃあ挨拶の一つもしないといけませんね」
「そうなんだが・・・」
ヨハンさんが言葉を濁した。
「もしかして、御家騒動かなんかでも起こっているんですか?」
「ああ、そう言えば、エリクソン従士も御家騒動に巻き込まれた口だったな」
「まあ、ウチは騎士爵という底辺でしたから、御家騒動と言っても可愛いモノでしたけど」
「ここだけの話、今代様は家督を継いでから下手を打ってな。家中が割れたんだ。その結果、評判の良かった嫡男を外に出さざるを得なかった。で、出来が悪い次男が跡を継ぐ流れになってな。跡を譲った先代様も亡くなられていた事も有って、リーダーは騎士爵の叙爵の打診に乗ったんだ」
なるほど、ありふれた御家騒動だな。
「でも、どっちが来て・・・・」
ヨハンさんが考え込み始めたので、俺はハッグとホッグのブラッシングをする事にした。
異世界では「うま」を世話する際にブラッシングをする事を知っていたので、俺が従士になって急遽買った自分のハッグには良くブラッシングをしていた。
どうやらそれが良かったらしく、通常よりもかなり早く馴染んでくれたらしい。
獣車を引くホッグも、この旅の間に毎日ブラッシングする事で、格段と素直に言う事を聞いてくれる様になった。
ただ、問題は先進型鎧兵がそういう作業に使えない事なんだよな。
デリケートな作業が苦手という弱点に気付けただけ良しとしよう。
すぐに魔素に分解する体温よりも少し高めのぬるま湯を優しく掛けてやり、汗と汚れを流す。
初めてこれをしてやった時は、幸せそうに目を瞑ぶって喜んでくれたものだ。
それ以来、騎乗した日は必ず掛け湯をしてやっている。
次に、「再現」で手に入れた「ぶた」の毛のブラシで優しく毛をほぐす様にブラッシングしてやると、余程嬉しいのか俺に首を押し付けて来た。
野生のハッグは、兎くらいなら狩って食べてしまう野獣で、どちらかと言えば獰猛なんだが、ここまで懐かれると家の中で買う愛玩獣並みだな。
グスタフソン騎士爵が戻って来たが、2人の若い騎士と何人かの従士を連れていた。
騎士の内、1人は明らかに今年成人したばかりに見えて、多分俺よりも若いと思う。
もう1人は20歳を越えたか越えないかだろう。
2人とも防具類は身に付けていないが、結構質の良い上着を着ていて、剣と短剣を腰に佩いている。
まあ、剣と短剣の柄頭で騎士爵と分かるんだが、パッと見た情報からはチグハグな印象を感じる。
「先進型鎧兵を見たいとの希望だが、構わないか?」
「ええ、構いませんよ」
俺の言葉を聞いて、早速1番若い騎士がハッグから滑り降りて、近い場所に居たハチゴウに駆けて行った。
「済まんな、ジョンは初めて見る変わった物に目が無くてな」
騎乗していたハッグから上品に降りながらもう1人の騎士が声を掛けて来た。
正体の目途は付いているので、腰を落としなら返答をした。
「ご配慮有難く」
「俺の名はロバート・クライフ。騎士爵を賜わっている」
「グスタフソン騎士爵家が家臣、従士4位のエリアス・エリクソンで御座います」
「頭を上げてくれ。トムによると前途有望と聞いている。ジョンには同じ年頃の友達が居ないので、仲良くしてくれると嬉しい」
許しが出たので顔を上げて正面から顔を見上げたが(俺より拳1つ分は身長が高いから仕方ない)、端正な顔つきで、思ったよりも柔和な表情をしていた。
「実は自分も同じ年頃の友人は居ませんので、私で宜しければ喜んで」
長い付き合いになるロバート・クライフ騎士爵こと、元ハールトセン侯爵家長男との初めての邂逅だった。
お読み頂き、誠に有難うございます。
 




