第29話 『エレムからのプレゼント』
2025-01-28公開
〔王国歴377年 従地神月25日〕
「お兄様、お待たせしました」
そう言って、玄関に現れたリリーはお気に入りのワンピースの上に、薄い上着を羽織っていた。
各季節用の服はそれぞれ何着か持って来ていたが、夏用に新しい服も買って上げても良い気がする。
夏はまだ先とは言え、徐々に暑くなるしな。
「今度、隊商が来たら、夏用に新しい服を買ったらどうだい? 暑くなってから買うより今から買っておいた方が慌てなくて済むからね」
ちょっと考える素振りを見せた後で、にこりと笑いながら
「服よりもお料理に使う調味料を幾つか手に入れたいのです。構いませんか?」
8歳というまだまだ子供の内から苦労を掛けている事に一瞬だけ意識が行った事に気付いたのだろう。
「まだ試していない料理が有るのですが、理由が調味料が村では手に入らないからなんです」
と慌てて言い募ったが、何気に追い打ちを受けてしまった。
こちらに来る時に俺が用意した物資の中には調味料など1つも無かったのだ。
胸が痛いが、リリーの好きな様にお金を使って貰う方が喜びそうなので、笑顔で答えた。
「ああ、好きなだけ買うと良いよ。リリーが楽しいと思うと俺も嬉しいからな」
「妹に甘々なお兄ちゃんが現実に存在しているなんて・・・」
「世の中は広いって実感する今日この頃だぜ」
先に小屋を出ていたアルマとエッサが後ろから茶化して来た。
その後ろにはゼロゴウが鈍く光りながら立っている。
うん、こうして見ると、改装したゼロゴウの異質感が凄いな。
これも異世界を追体験したせいなのか、魔骸種と言うよりも、「ろぼっと」という言葉がどうしても頭を過ってしまう。
それはそうと、何を訳の分からない事を言っているのだろうか、この吸血虫たちは?
むしろ問いたい。
リリーに優しくしないヤツが存在するのか? と。
「もう! アルマさんもエッサさんも変な事を言っていると、もうお食事を作って上げませんよ?」
「リリー様、引き続きご加護を哀れな我らに賜ります様に伏してお願い申し上げまする」
「なにとぞ、なにとぞ」
リリーも本気で言っている訳では無いので、あっさりと2人を許した。
「分かりましたから、家の前でそんな事しないで下さい」
その言葉に後ろを振り返ったら、2人とも両膝を付いて拝む様な格好をしていた。
どんだけなんだ?
「さて、そろそろ行こうか?」
俺がそう言うと、アルマとエッサは何事も無かったかのように立ち上がった。
「しかし、エリクソン様じゃないけど、リリーちゃんが楽しそうにしているとこっちも嬉しくなるからねえ。いくらでも買って良いよ」
「SoSo、エリクソン様は元々稼いでいたのに、この村に来てからもかなり稼いでるっス」
まあ、確かになんだかんだで稼いではいる。
とは言え、鏖殺魔猿の集落殲滅とダンジョン調査と狩った野獣の肉を卸した以外の稼ぎは、まだ手元には入って来ていないんだよな。
狩った魔獣の魔骸は、照明魔道具作成用に手元に置いている分を除いて、グスタフソン騎士爵に預けている。
隊商が来た時に纏めて買い取ってもらう事になっているからだ。
まあ、その売り上げから4人分の村民共済積み立て金と2軒分の家賃を抜いてもらう事にしているからな。開拓村でなかったら更にそれなりの村民税も掛かるから、この村は少しは楽と言える。
「だから、リリーは気にせずに調味料も服も買って良いんだぞ」
「うーん、分かりました。でも、気に入る服が無かったら、買わないですからね」
隊商のみんな、責任重大だぞ。
「それはそうと、本当にもらってしまって良かったのでしょうか?」
「エレムが良いって言っているから大丈夫だよ」
「エレムちゃん、本当にありがとうございます」
そう言って、リリーは空中に向かって貴族令嬢の礼をしたが、エレムは全然違う方向でフヨフヨと漂っている。
アルマとエッサは噴き出すのを堪えた。
御褒美に吸血虫から羽虫に格上げしてやろう。
リリーが貰った物とは、エレムが「再現」で造り出したガラスペンと小さな壺に入ったインクと紙だ。
昨夜、リリーが今日からグスタフソン騎士爵家の子供たちに文字を教えると言ったら、エレムが造り出してくれたのだ。
その時にもリリーはお礼を言ったのだが、見た事も聞いた事も無い綺麗なペンを5本も渡されたら、さすがに気にするよな。
グスタフソン騎士爵家に4本のガラスペンが渡る事になるが、値段が付けられない品だけに受け取って貰えるかも心配だ。
下手したら、ちょっとした家宝扱いされかねないな。
しかし、エレムは俺が忘れていた様な記憶をよくもまあ、拾い上げられるものだ。
最初、何を造り出したか分からなかったぞ。
異世界で触れた出来事が有った事を思い出したのは、リリーがエレムにお礼を言った時だった。
完全に俺よりも「再現」を使いこなしている。
悔しいと言うよりもむしろ感心しか出て来ないな。
お読み頂き、誠にありがとうございます。
 




