第102話 『領主として熟せて当然』
2025-10-24公開
〔王国歴378年 従地神月 27日〕
「来年に起こる大魔震災と魔獣の大氾濫の件が最重要課題という事は理解してくれたと思うが、当然ながらそれまでも生きる営みをしなければならん。状況確認に来た騎士団からの報告で、この領地から離れる際、バラゴラ帝国の連中が資産を根こそぎ引き上げたと聞いている。元から搾取されて来た食料の不足が1番深刻で、その他生活に必要な物資も不足していると聞いた。その他にも不足しているモノはあるのだろうか?」
治安維持の為に先遣された騎士団の斥候部隊が様子を見に来た時には、すでにバラゴラ帝国の連中は引き揚げた後だった。引継ぎも無しで慌てて出発したらしい。
自国が負けてエイディジェイクス王国に割譲されると聞かされた時に最も恐れたのは、これまでの圧政で溜まった反帝国感情からの暴動だったのだろう。
それこそ異世界で言う『よにげ』の様に慌てて引き揚げた様だ。
領土だけでなく資本も支配する為に進出していた帝国資本の商会の一部もその時に引き揚げたという。
大きな商会だった様だから、帝国の代官か高官と繋がっていたのだろう。
取り残された個人経営の小規模な商会が幾つか在ったが、略奪に合わずに平和裏に引き揚げたそうだ。
まあ、交換条件で取扱商品の在庫を格安で手放す事を吞まされたが、命あっての物種だ。
それに、商品を持って引き揚げるよりも換金した方が身軽になれるから悪い話では無い。
「まず何をするにも資金が不足しております。予算の当てが無い為に行政サービスが滞っております。食料に関しては内務庁職員だったセレスタから報告があると思いますが、2、3ヵ月で尽きるでしょう」
旧財務庁職員だったラナン・カルセドルが真っ先に発言した。
「なるほど。それに関してはある程度の現金を用意して持って来ているので、優先順位を決めて暫定予算を報告してくれ。まずは住民の動揺と暴発を抑える事を最優先にしてな。それと、地方の状況は把握しているか? ならば、早急に把握する様に。ああ、タンス貯金と言うんだっけ? 各家庭で隠している筈の旧チベタニア民主国通貨、単位はイエンだったか、それを明日から使える様にして、止まった経済を再び回し始めよう。帝国のドッズとイエンと王国のフロウと3つの貨幣が出回る事になるから、こちら側の文官と後ほど『かわせ』、いや貨幣の交換比率の擦り合わせをしてくれ。カレル従士、取り纏め役を頼む。ああ、最初に逃げ出した商会の名はゲッツ商会だったかな? まあ、良いか。その商会が残した商品はもう使っているのだろう? ちゃんと記録に残していつでも支払える様にしておいてくれ。統治上の瑕疵になるし、下らん事で帝国から俺の統治に茶々を入れられるのは敵わん。財務関係はそんなところかな?」
一気に指示を出したが、ラナン・カルセドルがポカンとした顔をしていた。
ん、早口過ぎたか?
他の出席者を見渡すと、同じ様な表情をしている。
「どうした、みんな? 口が半開きだぞ」
フレット・スタール第2従士が返事をしてくれた。
「何と言うか、閣下の指示が予想を超えて多い上に細微に亘っている事に感銘を受けただけですよ」
どうやらみんな同じ事を思っていたのか、頷いている。
「いやいや、これくらいは領主として熟せて当然だろう?」
みんなの顔がポカンとした表情から苦笑に変わった。
仲良しか?
「我らはロスゴル喰らいに苦しめられましたが、最良の領主様をお迎え出来た様です。天陽神様に心からの感謝を」
そう言って、アルジャン・コラル旧代民議会副議長が祈りを捧げた。
旧チベタニア民主国側出席者全員が続いた。
やっぱり仲良しか?
ちなみにロスゴル喰らいと言うのは、バラゴラ帝国人がロスゴルという拳大に成長する虫の幼虫を果実酒で蒸して好んで食べる事から言われる様になった蔑称だ。
異世界で言う『カエル食い』や『エスカルゴ食い』、『カルトッフェル』みたいなもんだな。
アルジャン・コラル旧代民議会副議長の祈りの言葉を聞いて、精霊の存在をまだ知らないんだな、というどうでも良い感想が頭を過ったのは内緒だ。
お読み頂き、誠に有難う御座います。




