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それぞれの道

「昴さぁ、理系出身なんだよね?す、う、じ、大事だよね?」「申し訳ありません課長」「契約とるまで今日は帰ってこなくていいから」「はい」

今までかかった大きな病気は無し―最近困っていることは?―朝どうしても起きられず、ぎりぎりの電車に乗って出社しようにも途中で吐き気を催し会社の3,4駅手前で降りる。1時間遅れで会社に着くと上司からの叱責が待ち構えていて、23時まで残業しないと終わらない業務量を与えられ、それでも終わらないので家に帰って3時まで作業、翌朝はまた起きられない…

「うつ症状が出ています。今すぐにでも仕事を辞めたられたほうがよろしいかと。ご自分で言い出すのがしんどいと感じるのであれば退職代行などもありますが」

アラサーに突入するのとほぼ同時期、俺は職を失った。残ったのはスキルでも経験でもなく、精神疾患だった。俺は地元に帰り、ぼうっと海を眺める日が増えた。

「修論書き始めてる?」「やばい!全然!真理やんは?」「データは集まってきてるけど精度が良くないから、来月のドイツで改めて取り直そうと思うの」「流石ドクター志望、しっっかりしてるぅ!」「やめてよ~」

ドクターの道を選んだことに後悔はないけれど、周りが内定先や内定者旅行の話で盛り上がっていると少し混ざりたくなるし、みんな来年には社会人になってお金を稼ぐんだと思うと少し羨ましい。隣の芝は青く見えるというけれど、本当にその通りだなと溜息をつく。

「このあとカラオケ行こうよ〜」とムードメーカーの美林が提案する。本当はあと2試料ほど成形したかったけれど、来年から滅多に会えないかもしれない友達からの誘いは無視できない。「わかった」と作業を切り上げ、駅に向かう。電車に揺られながらぼうっと窓の外の景色を見る。果てしなく続く、海。津波の心配はあるけれど、海の近くの大学にしといて良かったと、何となく思う。ふと、とある思い出の海岸にさしかかる。

「あ、みんなごめん、私ここで降りるわ」「ええ、カラオケは?真理やんの『わたしの一番かわいいところ』無いとカラオケ始まんないよ」「ごめん、また今度!」

友人の制止を振り切って駅を降りる。心拍数が上がってゆくのを感じる。その鼓動に比例するように急ぎ足になり、気づけば全力で駆け出していた。

そこに一人佇んでいた男の後姿は今でも鮮明に思い出すことができる。夏も終わりにさしかかった夕暮れ時、どこからか聞こえるヒグラシのなく声が哀愁を感じさせ、言い知れぬ寂しさを覚えて男に話しかけたのが始まりだった。

「久しぶり、昴」

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