guilty
店内に入るとジャズが流れており、薄暗い照明と相まって雰囲気を醸し出していた。
「いらっしゃいませ」
と低い声色で迎えてくれたのは髭面だが清潔感がある40歳ほどの男性で、この場所以外で会って職業を予想しても3回以内に当てられるな、と思った。男性のバックには3段にわたってお酒が並んでいる。置かれ方は無造作に見えて、きっと初めからそこにあって、そこにないと違和感を覚えてしまうのだろうなと、ふと思う。ここは自分が内定式後でスーツを着ていること、会ったらお酒を飲みたいことを伝えると相手が提案してくれたバーだ。{authenticな}という表現がとてもよく似合う正統派で格式の高いバーだと思う。
「今はリフレッシュしたい気分なんです、おすすめはありますか?」
「ええ、ございますよ」
男性が柑橘系の果実を取り出した。かと思えば銀の容器に氷を入れ、シャカシャカと心地よい音を刻みながら腕を振る。カタカナが多くて名前を覚えられなかったが、果肉をたっぷり含み美味しそうなカクテルが出てきた。乾杯してからようやく彼女の本名を知る。一口飲んでみると、甘い中に鼻を抜ける爽快感があり、大変美味だ。その感動と引き換えに俺は彼女の名前を忘れてしまう。マッチングアプリでの出会いなんてそんなものだろう。就活がうまくいかず、真理と距離を置くようになった。ずっと二人でいたから、いざ会わなくなると心にぽっかり穴が開いたような気分になる。その穴を埋めるようにマッチングアプリに手を出した。つくづく俺はどうしようもない人間だな、と思う。二時間後店を出て、かなり酔いが回っていることを自覚する。時刻は22時半を回っており、もう一軒飲みに行くと終電に間に合わなくなる可能性が高い。
そこからはあまり覚えていない。次の記憶はホテルの一室で、求めてくる女性の隣で天井を見上げながら涙を流している記憶だ。真理は自分にはもったいないほどの彼女だと思う。就職活動に失敗した腹いせに今、そんな真理を裏切って浮気をしている。落ちるところまで落ちたなと自分に呆れ返り、あまりに自分に失望すると涙が出ることを知る。ふと海岸が思い浮かぶ。…初めて出会った場所。告白を考えた場所。
帰ろう、真理のもとへ。