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君に出会わなければ

足元で砂がかすかに音を立てた。

昴はゆっくり目を開ける。

潮の匂いがする。

遠くで波が砕ける音が聞こえる。

そこは、あの海岸だった。

夕暮れの光の中で、海面が静かに揺れている。

少し離れた場所に、一人の少女が立っていた。

海を見つめている。

真理だった。

昴は理解した。

時間が巻き戻ったのだ。

俺のやるべきことは一つ。

出会わないこと。

昴は彼女の方を見ないようにして、ゆっくりとその場を離れた。


数日後。

講義の途中で、隣の友人がスマートフォンを差し出した。

「このニュース、お前ん家の近くじゃね?」

画面には短い記事が表示されていた。

海岸で女性の遺体発見。

年齢は二十代前半とみられる。

その文字を見た瞬間、昴の呼吸が止まった。

あの日、彼女は言った。

「黄昏たくて」

夕暮れの海を見つめながら、

どこか遠くを見るような目で、そう言った。

昴は目を閉じた。

俺が話しかけなかったからだ。

もう一度だけ。

もう一度だけ、やり直せるなら。

昴は、ただ静かに願った。


夕暮れの海岸。

潮の匂いと、波の音。

空はゆっくりと色を変え、

海面に赤い光が長く伸びている。

真理は、あの日と同じ場所に立っていた。

昴は知っている。

話しかけなければ、彼女は死ぬ。

話しかければ、世界が壊れる。

しばらくその場に立ち尽くしたあと、

昴はゆっくりと歩き出した。

砂の上に、足跡が一つずつ残る。

そして、彼女の隣で立ち止まった。

「真理」

少女が振り向く。

少し驚いた顔。

それから、泣きそうな笑顔。

「もしさ」

真理は海を見たまま言った。

「人が一人いなくなるだけで、世界が少し長く続くとしたら」

夕陽が水面で揺れている。

「それって、正しいのかな」

昴は答えられなかった。

真理は小さく笑った。

「もし、それでも一緒にいようって言ったらさ」

少しだけこちらを見る。

「後悔するよ」

昴は頷いた。

「する」

「世界、壊れるかもよ」

「壊れる」

真理は少し黙ったあと、聞いた。

「……それでも?」

昴は言った。

「それでも、君と生きたい」

黄昏に手を差し伸べる。

真理は少し迷ってから、その手を取った。

夕暮れの海の向こうで、

ゆっくりと太陽が沈んでいく。

世界はまだ壊れていない。

けれど、

もう戻れない未来が、静かに始まっていた。

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