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サークル

初めてのサークル活動は、飲み会だった。

天体観測という名前から想像していたのは、夜空の下で黙々と星を眺める集まりだった。実際に案内されたのは、駅前の雑居ビルに入った居酒屋だった。

「新入生? いや院生か。まあいいや、飲めるよね?」

ジョッキが目の前に置かれ、断る間もなく乾杯が始まった。

隣に座った男に話しかけてみる。

「天体のことお詳しいんですか?」

「あーいや、俺飲み会が好きなんだよね」

彼の頬はすでに紅潮していて、呂律も多少回っていない。

「天体観測サークルって聞いたんですけど」

「名前だけ名前だけ!だいたいは飲み会だよ」

星の話はそれで終わった。

「君さ、彼女いる?」

唐突な質問だった。

「あんま興味ない」

「……もしかして出来たことない? 何歳?」

「23です」

「俺より年上じゃん!その年齢=彼女いない歴はやばい」

周囲がどっと笑う。笑われているのに、誰もこちらを見ていない。

そこからは初めて付き合った彼女や元カノの人数の話で盛り上がっていった。俺はすっかり輪から外れて端に追いやられ、同じように端に追いやられたおつまみを無言で食べる以外に存在意義を失った。油っこくて、あまり味がしなかった。

男という生き物は、女性の経験値という尺度で男を値踏みする傾向にある。経験値が多い男は強く、魅力があり、価値が高いと思われる。一方で経験値が少ない男は弱く、嘲笑の対象となる。

そんなことを考えていると、長身の男が俺の前に立った。

「俺も昔は根暗だったんよな。けど上京してから変わったんだよね」

彼はスマートフォンを差し出す。画面には、度の強い眼鏡をかけ、短髪でニキビ肌の男性が写っていた。今目の前にいる彼とは、まるで別人だ。

Instagramの画面をスクロールするたびに、彼は洗練されていく。最新の投稿には、「かっこいい」「憧れます」といったコメントが並んでいた。フォロワーの数は3000人を超えている。

その価値基準は、画面の向こうから絶え間なく流れ込んでくる。誰かの恋愛自慢、誰かの成功体験、誰かの充実した日常。手元で世界とつながっている以上競争は終わらず、どこにも安息の地はない。人々の心は豊かになるどころか貧しくなっていき、焦燥は悪意に代わり、それは時に人を殺す。

「おい絡んでやんなって!!」

友達に呼ばれて彼は席に戻っていった。

俺は彼の初めての投稿を思い出していた。ニキビ肌で控えめにピースしていた彼は、決して不幸そうには見えなかった。彼は過去を否定し続けることで、今を肯定しているように見えた。

俺にはそれが必要ないと思った。

成長することは人生の選択肢を広げる手段であって、それに囚われすぎるのは寧ろ選択肢を狭めることになる。父も上京したことがあると言っていた。柄にもないことを続けた副作用で、人と話すことが億劫になったと。

父はどんな事を考えながら東京で生きていたのだろうか。

しばらくすると彼は戻ってきて、「おにーさん大学どこなの?」と聞いてきた。

正直に答えると、「うわあ、絶対話聞きながら俺らのこと見下してたタイプのやつやん」と笑い、そのままトイレに消えた。

見下した覚えはなかった。ただ、分からなかっただけだ。

ーその「決めつけ」で不幸になる人がいる。

程なくして俺は居酒屋を出た。

夜風がやけに冷たかった。スマートフォンを開くと、母の論文を保存したフォルダが目に入る。

空を見上げる。星は、今日は見えなかった。

それでも、やるべきことは分かっている。

俺は必ずやり遂げなければならない。

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