姉さん
真理の死から 20年が経った。星也はすっかり成長し、今年から大学院に進学するそうだ。
俺の時間はまだ止まったままだ。
*「昼飯行こうぜ」「悪い、学会の資料がまだできてないんだ」
大学院進学を機に上京してきた俺は、来月韓国で行われる学会の準備に追われていた。母の死後、屍のようになった父親と、当時3歳児だった俺を心配して母の研究室の友達だった美林さんが俺の面倒を見てくれるようになった。いつしか俺は彼女を「姉さん(本当はおばさんと呼んでいたが、まだ私はおばさんと言われる齢じゃない、と怒られた)」と呼ぶようになり、姉さんは母親代わりになって本当に色んなことを教えてくれた。社会人をやる傍らよく他人の手にこんなに尽くしてくれたものだと思う。いつか姉さんは言っていた。
「これは真理に対する贖罪でもあるの」
母さんがしんどい時期に、親友なのに傍にいてあげられなかった自責の念が離れないのだという。俺を育てることでその思いを消化していっているのだと、今ではなんとなく理解できた。
姉さんの明るい性格もあってか、父もだんだんと元気を取り戻していった。婚活は明るくなかったらしいが、40手前で何とか社内の1個上の先輩を捕まえてゴールインした。姉さんが結婚してから父は社会復帰し、土日も懸命に仕事に精を出している。ただふいに虚空を見つめて悲しそうな顔をする父の姿には、時間が解決できないこともあると教えられているようだった。
「人は思い出を忘れることで生きていける。だが、決して忘れてはならないこともある。」
いつか見たアニメの、ある一節を今日はやけに思い出す。
姉さんは教育熱心な人で、科学の絵本をよく買ってきてくれていた。その影響もあってか、大学受験こそ不本意な結果に終わったものの、学部生の時から母の遺した研究論文を読み漁り、院試で最高学府に合格し遥々上京してきたのだ。
「折角上京したんだし、遊びなよ」
姉さんの勧めでサークルに入ることにした。星を眺めるのが好きだった俺が選んだのは、天体観測のインカレサークルだった。




