変わってしまった未来
「人殺し」
ニュースから1週間もたたないうちに、自宅が特定された。郵便受けには人の悪意が溜まっていて、SNSはもはや見る気もしなかった。
エネルギーが循環し、資源戦争が無くなる未来を描いていた。エネルギーチップが話題にのぼらない日はなく、その研究は一般人にまで知れるほどだった。メディアの取材を受けてから、人々は真理を「若き天才」と崇めた。「彼女こそが日本の未来を変える」とまで言い出す人もいるほどだった。
「戦争教唆」「人間兵器」「#死刑を希望します」
昨日までの味方が今日も味方とは限らない。特に情報に扇動される世の中で、人の意見など脆いものだ。
誹謗中傷を受け、自らの研究の結晶が血に汚れ、それでも真理はメディアに出続けた。
「戦争に使われることは想定していなかった」
「それでもいつか必ず、世界を救う技術になる」
しかし世間の反応は変わらなかった。会見での真理の微細な表情の変化を切り取り、こんな状況でも笑っている、やはり悪魔だと騒ぎ立てる連中もいた。どう見ても顔が引きつっただけなのだが、一度悪者になってしまうと何をしても揚げ足をとられる。情報の波に晒され、見えない他者との競争を煽られ疲弊した、心の貧しい人間のなんと多いことだろうか。
ある朝、真理は発狂した。地面に膝をついたまま、うなだれて時折奇声を発し、急に嗚咽したかと思えば次の瞬間冷静さを取り戻して「会見に行かなきゃ」と口にしたりしていた。1時間くらいしてある程度落ち着いた折に「分かっていても立てないの」と、そう言った。
自分も鬱になった時に経験がある。普通、意識せずとも人は立って歩くことができている。でも、地面を踏みしめている、大地と繋がっているって意識を巡らせないと立っていられない時がある。そして、その意識を持っても立っていられず、歩き方が分からなくなる時がある。
真理は精神が壊れる手前まできている。あと1ミクロンでも、心をつなぎ止めているものがずれた時、もう戻れなくなる。しかしこの時どうしようもなく俺はむしゃくしゃしていて、最後の光を求める彼女に冷や水を浴びせてしまった。何と言ったのかは覚えていない。ただ糞みたいな連中にも頭を下げる律義さ、精神崩壊寸前まで逃げなかった強さ、一貫して「真っ直ぐすぎる」彼女に一瞬嫌気が差しただけだった。すぐにごめん、と謝った気はするが、この時にもう、完全に戻れなくなってしまったのだろう。
真理は「座ってても仕方ないよね、会見に行ってくる」とすくっと立ち、手早く着替えを済ませてコートを羽織り、玄関を出た。生放送を見ていたが、朝あんなことがあった割にはきはきと質問に答えている様子だった。会見を済ませ、夕方6時を回ったころに真理は家に帰ってきた。その後は何事もなかったかのように家族で食卓を囲み、星也が最近できるようになったらしい変顔を披露して、真理はくすりと笑った。
翌朝、真理は宙に浮いていた。
「ママ、おかおがあおいよ」
俺は星也の目を力強く覆い隠した。




