友来る
ある日研究室で作業をしていると、「真理やんいるー?」と背後から明るい声がした。振り返ると卒業生の美林だった。今年で社会人五年目を迎えた彼女は学生時代、可愛く幼い顔をしていたが、もう今は年相応の大人な女性の気品を漂わせていた。
「まさかニュースになるなんて、うちの研究室も偉くなったもんよね」
と美林が言う。学生の頃を思い出したくなって大学に顔を出し、そのついでにお祝いをしにきてくれたのだろう。卒業してから美林が研究室に現れたのはこれが2度目だ。
「真理、結婚と出産おめでとう」
「ありがとう」
「その一方で。聞いてよ、私ね……」
そこから約20分にわたって、美林劇場が繰り広げられた。話をまとめると、どうやら婚活が上手く行っていないらしい。綺麗な顔をしている彼女は昔から人気が高く、研究チームで学祭にたこ焼き屋を出展した時には、出会いを求めて女子大に来ている男子5人ほどから連絡先を貰っていた。でも美林を攻略するのは難しい。基本的に明るい性格なので、デートに行くと男性は高いテンションで話そうとするだろう。でも美林には二面性があり、お酒が入りギアが上がると日常会話では到底耳にしないような語彙を使って人生観を論じ始めるのだ。さっきまで小学生でもできるような会話で楽しい空間が演出されていたはずなのに、いつの間にか哲学者を相手にしているような状況に陥ってしまう。その落差に仰天し、男性が会話についていけなくなると「この人は私を理解してくれない」と切り捨ててしまうらしい。お酒が入って頭が回らなくなっている相手に人生観の議論を強要するのがそもそもどうかと思うが、学生の時から今に至るまで同じことをやって失敗しているのでもう直す気も無いのだろう。
「やっぱり私の理解者は真理やんだけだよ、結婚しよう」
美林が泣きついてくる。実はそんな美林のことが、結構気に入っている。自分から人に話しかけるのが苦手な私にも、明るく接してくれる美林にはいつも助けられていた。おかげで少し、明るくなれた気がする。昴に積極的になれたのも、実は美林のおかげなのかもしれなかった。それに哲学は結構好きだし、お酒が入っていて頭が回っていなくとも自分がこうだと思う主義、信条を持ってきて話をするだけだから難しいことだと思わない。だから話が合うのだ。そんな美林に引いてしまう人が多いという事は、譲れない信念を持っていて、芯がある人間は意外と少数派なのかもしれない。その少数派に、きっと昴もいるのだ。私は大学院生の時に一度、付き合うという行為の意味について考えたことがある。ただの口約束に何か意味があるのだろうか、と。そう思っていたから昴と再会した後はできるだけ、そういう雰囲気を作らないようにしていた。しかしある時夜景デートに行って、景色に見とれていたら間が空いてしまったことがあった。口をまごつかせながら、昴がこっちを見ているのが横目にも分かった。また告白されるのだろうか。私はいったい、どんな返事をするのだろう。しかし彼は「恋人の定義って難しいよな」とそれだけ言って彼は前を向き直った。
彼は私と一緒だ。結局それ以来お互いの口から付き合う、という言葉は一回も出ることが無く、最終的にそのプロセスをスキップして結婚に至ったのだった。運命の人ってこういう人のことを言うのだろうか。
その時研究室の扉が勢いづいて、開く。
「A社がエネルギーチップの大量生産に成功し、国内外問わず注文が殺到しているようです、、、!!!」
「世界が、変わろうとしています」