その闇をも穿つもの
彼は酷く怯えていた。やつれきった顔に、生気を失った目。彼が何も語らなくても、何があったのかは想像に難くなかった。東京に敗走して行き場所を失った彼は思い出の残り香に絡めとられ、この場所から動くことができない。
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人と話すのはあまり得意ではなかった。得意なふりをしていたのかもしれない。東京に行ってからパーティーの幹事をやってみたり、クラブに行ったりした。就職活動に失敗はしたが東京で自分を試す機会だと、最終的に前向きにとらえることはできていた。成りあがってやる。その思いの発散は、昼を飛び出して夜の街へと向かった。ひとしきりバカ騒ぎして、踊って、吐いて。恋愛経験に乏しかった自分、自信を持てず真理を振った自分、ダサい自分は全部地元に置いてきたつもりだった。俺は日向の人間だと、そう矜持するように夜遊びをした。しかしその生活も長くは続かなかった。そうしてはっちゃけた後、疲れが尾を引くようになったからだ。俺はだんだんと日常生活で人としゃべるのが億劫になっていった。本当は人前に出ることが得意ではないのに、柄にもないことを続けた副作用だと後々痛感した。その副作用は仕事にも影響した。ある日、新規の顧客を獲得するための大事な局面で何も言葉が出てこなかった。その日を境に上司に叱責されることが増えた。俺は家に帰ると口癖のように
「俺は昼も仕事で輝くべきだ。こんな小さな会社だからやる気が出ない。」
とつぶやいた。一年後にはその小さな会社で一番小さな存在になっていた。夜の街に繰り出す元気もなくなり、医者からは鬱症状の診断書が突き付けられた。夜遊びで仲良くなった何人かに連絡をしてみたけれど、誰も返信してくれない。自分を必要としてくれる場所など、もう地球上のどこにもないと思っていた。
「一緒に研究者を目指さない?」
たった一言でも、時に心の闇をも穿つのだ。