権力!権力!悪役令嬢!権力!
悪役令嬢もの読んでると正ヒロインの権力欲とかに感銘を受けることが多いので、なんか自分もそういうの書いてみようかなって感じだったんですが、猛烈女女恋愛ものになりそうです
「王太子、並びに王家は次期国王夫人としてわたしをお選びになるそうです」
直々の密談だった。女が二人。位あるもの、それを見上げる者。しかし勝ち誇る女と黙る女。
高い紅茶を用意した甲斐があった。
夜更けの影は暗く、蝋燭に灯りももう乏しい。仄かな光が照らす女たちの顔は傷つくこともなく、しかし喜ぶこともない。
暫しの沈黙は腹の探り合いに等しい。しかし焦っている側は明白だ。
「……アンネリーゼ様、御許しくださいませ、殿下の寵愛を賜る者はただ一人。それがどちらかである限り、必ずどちらかは負けるが宿命。お互い随分手を汚しました。手を引きましょう。これきりで」
恐ろしい女だった。マグダレナは自分が狡猾な嘘つきであることをこれほど幸いに思ったことはない。
そうだ。ずいぶんやりあったのだ。もう十分だろう。
奪うのは好きではない。しかし手段だ。スラムで見た上を、過去を捨ててでも掴むべき藁をようやく手にした!ついに先日!
あの王子は見る目がなかった。この女は国のためイエのため貴族のためずいぶんと仕立て上げられてきたというのに…あえてこの身に染みついた市井の香りを匂わすのは十分過ぎたのかもしれない。
高貴な女より庶民が好きか___生憎だがマグダレナは王宮の教育はこなすつもりだった。王家は離婚が禁じられている。哀れな男。どちらにせよ高慢な女に弄ばれる道は避けられなかったようだ。
まあ、動かしやすければそれでいいのだが。
……だからわたしの勝ちなのだ。哀れな令嬢には悪いけれども。
それでも目の前の表情は揺るがない。頬の緩んだ、奇妙な微笑みだった。負けず嫌いの女には理解ができない。負けても笑っていられるのは恐ろしい。恋敵が、ましてやあらゆる手段でその身を貶めたものが目の前で高笑っているというのに?
「この後のつても用意することはできます。全ては内密に終わらせましょう。あなたが録音魔術を仕掛けていないことも知っている。……今宵の一夜は全て無かったことになる。なんなら今ここで私を叩いてスッキリしてもいい。無礼講____とでも思えばいいのですよ。この紅茶の味にかけて」
「ええ。でもあなたはそれで良いのですか?」
「……とは?」
「たりないでしょう。それでは」
「何が言いたいのです」
「ご令嬢。断言しましょうか。この勝利で、私から奪ったあの男で、あなたが満足することはないでしょう。私には分かりますよ」
アンネリーゼの鋭い目が漸く大きく開き、乙女を射抜いた。銀糸の髪、金の瞳。見透かされるようで居心地が悪い。勝ったのは自分だというのに、無性に追い詰められているようだ。
「……何故です。“成り上がり”は誰もが夢見るもの。それはわたしが踏み躙ったあなたですら理解しているではないですか。もう戦う必要はないのです、我々は……」
「殿下では不十分です。」
「……アンネリーゼ様」
「分かっているはずですよ」
「まさかでしょう」
「あなたが欲しいのは天、そして国であり、高貴な男の横に立つ程度の誉れではない」
「貴女は本気で仰っているんですの」
「男爵令嬢マグダレナ。あなたは王女で満足する程度のものではない。器はそこに相応しくない。はっきり言いましょうか、私がしたのは敗北ではなく一目惚れ」
「あなたの上昇欲、その才能、その容姿その佇まいその獰猛さ。十分ではないですか、あなたには資格がある______この国の王座を奪いませんか。この私と共に」
「な、」
「歴史の上の女たちにずいぶん温められてきたあの妃の椅子よりずっとずっと高いあの玉座__彼処に座るのです。貴女は。どうですか」
「……しょ、正気ですの」
呆然も呆然だ。
恨み言を聞き届ける覚悟こそあったが、こんな国家転覆にも近しい言葉を聞くためにライバルを呼んだのではない。
マグダレーナはたまらず声をあげたが、アンネリーゼが止まることはなかった。
「王宮の血が挿げ代わるのは古くからあったこと。何を恐れることがあります?」
「冗談じゃない……!一歩間違えたら死刑ですよ!?」
「私を陥れるため毒すら飲んだその身で言うのですか?貴女には覚悟がある……ハッタリの能力も申し分ない」
「わ___わたしの素性くらいお調べになっているはず」
「家と出自がなんだというのです。恐ろしければ偽ればいいのです。そして偽らなくともいい。美しい女につきまとう昏い過去、哀れな姿…上は憎めど、あなたは民に慕われるだろう。健気で賢く、しかし誰にも振り落とされない狡猾さを持つ限り」
「殿下は」
「あらゆる方法がありますわ。フリだとしても、一度愛した男を失うのは惜しいかしら 生かす道も考えてあげなくはない 頭を使うのが好きなんです。私」
「……わたしにふさわしいと仰いますの、王が…この国が」
「口説かれるのには慣れていないのですか?ククク…かわいらしいこと」
「いいえ、そういうわけでは、……」
「……まあ、断ってくれてもいい。収まるところに収まりたいのならば、私は大人しく隠居でもいたしましょう つまらないものでも幸福は幸福です お守り役から解放してくれた恩もありますしねえ」
マグダレナはあからさまにしょぼくれ、わざとらしく引き留められるのを待つ女の顔を見た。子供のようだ。しかしその目は自分を見ている。
成り上がりの男爵令嬢などでもなく、スラムの女などでもなく、ましてや王女でもなく。
悪党令嬢マグダレナとして、何度も争いあったこの悪い女はわたしを見据えている。
恐ろしい。だからつかまれたのだろう。心臓を。
「…待ちなさい」
結局のところ、やはりマグダレナは力を愛していた。
力を…誰も寄り付けさせない権力を。
「アンネリーゼ、様。そうと言うには本気なのですね」
紛れもなく、アンネリーゼは本気だった。このかよわい背中に張り付いてどうするつもりなのかは分からない。でもこの女はわたしが玉座に座る姿を見ている。識っている。
「どうです?マグダレナ嬢」
「わたしもタダでは信頼ができない。禁忌を誓いましょう。我々は一蓮托生、どちらかがしくじったらどちらも終わり」
「素晴らしい……宜しうございますわ」
「……アンネリーゼ嬢。お茶会はこれきり、というのはやめにしましょう」
「ええまた後日。次は私が良いお茶を用意しましょうか」
レースでくるまれた女の指先は熱い。握りあって___暫く離さなかった。性根の悪い女の手も温かいものだ。