66話 初めまして
結局、何も解決しないまま、僕の空腹も満たされないままお昼休みは終わった。
そして、授業も終わり、帰り支度をしていると。
「もう1回ジルに会いに行きたい・・・」
「えっ・・・」
タイミングを考えると寝起きのシュウさんを襲撃してしまいそうな気がする。
「石神くんも手伝ってくれたらなんとかなりそうじゃない?」
「どうだろ・・・」
ジルどうこう以前に1日に2回も家に行くのはどうなんだろう。
「でも、ほら?シュウさんにも都合とかあるだろうし」
「いつでも来てね。って、言ってたもんっ」
言ってたもん。じゃなくて・・・。
なんか子供になってないか?
「いやぁ・・・まだ寝てるんじゃない?」
「もう3時だよ?」
昼前に寝たとしたらショートスリーパーじゃない限りは寝てるだろうなぁ・・・。
「う、うん・・・それに・・・」
「うん?」
「今日は配信でやりたい事あるから直ぐ帰りたいんだよね」
「なにするのっ?」
「えっと・・・あー、うん、内緒」
「なんでー」
「配信をお楽しみに下さい」
「むー・・・分かった」
うん、やっぱり子供になってる。
「ヒントは?ちょっとだけヒントちょうだいっ」
「んー・・・ヒントかぁ」
と、まだここが教室でクラスメイト達の大半がまだ教室に居る事を思い出した。
辺りをバレない様に伺ってみたが僕達の会話は聞かれていないみたいで胸を撫で下ろした。
が・・・ここ最近は伊達さんに連れ出されたり、逆に連れ出したり、屋上で2人っきりで話している所を見られたり、お昼に急に帰って来たと思ったらいきなり泣き出したり。と・・・。
恐らく、クラスで1番ホットな2人だと思う。ゴシップ的な意味で。
落ち着いてもう1度、周りの様子を伺うと・・・こちらの様子を伺う様な視線を感じる。
会話の内容は聞かれていない事を祈るしか無い・・・。
「だ、伊達さんっ」
「うん?」
「そろそろ出よっか」
「うん」
教室から伊達さんを連れ出し逃亡を図った。
「多分、喜んで貰えると思うから。夜の配信楽しみにしててよ」
「うんっ」
「あきなちゅが私の為に配信を・・・」
いや、違うよ?
伊達さんの為に配信する訳じゃないよ?
まぁ・・・否定してまた落ち込まれても困るから放っておこう。
「それじゃ、僕こっちだから」
「うん、また明日ー」
「また明日」
よし、これで配信の準備に集中出来そうだ。
家に帰ると早速シュウさんから借りたASMR用のバイノーラルマイクを専用のジュラルミンケースから取り出しPCに接続していく。
この辺りはネットで検索すれば簡単にやり方が出てくれるので助かる。
ただ、予想していた通り、思っていた音にならない。
予想外の音がノイキャンに引っかかって音が消えたり、音圧が全然足りずにか細い音になってしまったり、設定を少し変えるだけで劇的に状況が変わってしまう。
こんなのはいっぱい触って時間を掛けて慣れなければならない事だろうと思う。
でも、今日の配信に間に合う様に最低ラインには達したい。
コツを掴めなくても、慣れなくてもまぐれで当たりを引ければ、その設定のまま本番に挑める。
そんな気持ちとは裏腹に当たりを引けないまま配信時間を迎えてしまった。
「こんばんは~。本日もご来店頂きありがとうございます!」
結局、当たりを引く事が出来なかったので普段のマイクで配信を開始した。
「調整が上手くいかなくて今日のASMRお試し配信は中止にしようかと思います。すみません・・・」
ピロン───。
設定に必死になりすぎてディスコの通知を切るの忘れてた・・・。
慌てて通知を切ると、ディスコを送ってきたのはシュウさんだった。
[兎合シュウ]あれ?ASMR期待してたのにー
[春夏冬中]すみません。折角貸して貰えたのに設定が難しくて今日は無理っぽいです
[兎合シュウ]あー、難しいよね。ちょっと待ってね
急いで返信はしたけど、何を待つんだ?
「直前まで設定を色々試してたんですけど、思った音にならなくて・・・」
[兎合シュウ]お待たせ。サーバー作るね
ん?サーバー?
するとディスコサーバーに招待が来た。
[兎合シュウ]急にごめんね
[獏枕ゆめ]ヒマしてたんで大丈夫ですよ
[獏枕ゆめ]それで私は何をすれば良いんですか?
[兎合シュウ]あきなちゅにASMR教えてあげてくれない?
[獏枕ゆめ]それは良いんですけど、その人はどのくらいASMRの経験あるんですか?
[兎合シュウ]完全に初心者だから設定とかからお願い
[春夏冬中]春夏冬中です。あきない あたるって読みます。初めまして
[獏枕ゆめ]初めまして!
ここで教えて貰いながら配信して、配信しながらASMRの設定をして。
そして、今日中にASMRをやれって事・・・?




