61話 あっちこっちそっち
「にゃーん。にゃーん」
ゴロゴロゴロゴロ───。
「にゃーん。にゃー・・・ずるい・・・」
膝の上ではジルが気持ち良さそうにゴロゴロいっているけど、横にはジルにガン無視されて涙目の伊達さんが僕を睨んでいる。
「人懐っこいんじゃ・・・?」
「自分から行く分には良いけど、あんまり構われるのは好きじゃないかも?」
「それを先に言っといてあげて下さいよ・・・」
「それか、ジルも女の子だからかも?」
女の子だから・・・?
「オフコラボで私ん家に来た子達が構いまくるから、それで女の子苦手なのかも?」
「それはあるかもですね」
って、やっぱりオフコラボで人を招いてるのか。
「ここ半年は誰も来てないけど。あれ?1年?ん?2年くらい来てないかも」
来てなかった。
「あ、そういえば。配信環境って見せて貰えたりするんですか?」
「うん、良いよー」
「ジールー。石神君から降りようねー」
そう言ってシュウさんはジルを抱きかかえた。
「お・・・おぉ・・・重くなったね・・・腰にくる・・・」
持ち上げる時、どこまでも伸びていって「へー、猫って伸びるんだー」と謎な感想を抱いた。
「はい。ここが配信部屋」
「「おぉー」」
部屋の中にバカでかい防音室があった。
「これってサイズいくつですか?」
「3.7畳かな?たしか」
「中、見ても良いですか?」
「良いよー」
3.7畳もあると天井が低い分で多少の閉塞感はあるけど、普通の部屋と大差無く感じた。
そして、良い匂いがする。
「おぉー・・・モニター3枚!良いなぁ」
「良い感じだよ」
PCデスクの横には棚があり、そこには新旧ありとあらゆるゲームのハードが並んでいる。
「2PCですか?」
「うん」
「にしては配線めっちゃキレイですね」
「あ、業者さんにやって貰ったから」
「へー、そんなのもやってくれるんですね」
「有料だけどね・・・」
「高いけどねー」
「な、なるほど・・・」
後で調べたら3万円~が相場っぽくて、僕が依頼出来るとしたら遥か未来になるだろうと思った。
「でも、PCは2台共防音室の外で色々面倒くさいお願いしたから仕方ないんだけどね」
「やっぱり外の方が良いんですか?」
「冬は良いんだけど、夏がね・・・」
「あぁ、排熱がヤバいですよね・・・」
「それと、私には関係無いけどASMRの時はファンの音拾うみたいだから」
「言いますよね」
「うん、プロは全裸らしいしね」
「なにがですか?」
「ASMRの配信の時」
「え?全裸で配信するんですか?」
「静電気とか衣擦れの音対策で脱ぐらしいよ?」
「へー・・・流石プロは違いますね」
「と!言う訳でっ!」
「!?」
いきなり防音室を出たと思ったら防音室と壁の間に積み上げられたダンボールを漁り。
「あったあった」
と、ASMR用のマイクを取り出した。
「全裸らしいよ」
「なんでマイク渡しながら言うんですか・・・」
「紹介しよっか?」
「誰をですか・・・」
「ウチの箱にも何人かASMRのプロが居るから」
「それは嬉しいですけど・・・前の文脈の所為で受け入れ辛いです・・・」
「コラボASMRの時まで脱がないみたいだけどねー」
「いや、コラボASMRまでする気は無いですよ?」
というか・・・なんで僕がASMR配信をする事になったんだ・・・?
良く分からない内に言い包められて、良く分からない内にマイクを受け取る事になって・・・今、ここに居る。
「ってか、伊達さんは・・・?」
「居ないね」
居ないね。じゃない・・・。
大先輩の家で何勝手に動いてんだ?と思いリビングに戻ると・・・。
「ジールー。にゃーん。ジールー」
と、キャットタワーの最上段に退避したジルに手を伸ばしていた。
「あれ?伊達さんは?」
「いや、アレはたぶん病気なんで放っておきましょう・・・」
「そ、そう?」
伊達さんの意外な一面に驚きつつも呆れの方が大きく。その事を報告した時の僕は死んだ魚の様な目をしていたかもしれない。
「これで目的は達成されちゃったけど。もう帰っちゃう?」
「アイスがまだですよ」
まだ帰って欲しくないという空気がヒシヒシと伝わってくる。
そういう心の機微に疎い僕でも分かるくらいに。
「そうだねっ」
「それに・・・」
「それに?」
「伊達さんの目的は達成されてない気がします・・・」
そうしてリビングに戻るとキャットタワーに片足を掛け、必死に手を伸ばす伊達さんが居た。
「ジールー。降りて来てよー。ジールー」
「ちょっ・・・」「伊達さんっ!」
「え?」
「壊れるっ!」「パンツ見えちゃう!」
「「「え?」」」
そっちかー。




