ツキガキ レイ、死ね! ~毎晩必ず闇討ちを仕掛けてくるポンコツ暗殺者ちゃんが可愛い。嗚呼、今夜も夜空と月が綺麗ですね~
「──ツキガキ レイ、死ね!」
闇討ちを仕掛ける相手に一声かける馬鹿な奴。
それも一度や二度の話じゃない。
「なっ!?
今の一撃を……躱した、ですって!?」
薄暗い月明かりの下、街外れの一面畑、人の気配と民家の灯りは適度に遠く。
そんな夜道にポツンと一つ、木造平屋でボロボロの掘っ建て小屋。
農具置きのその小屋の上から毎度のごとく飛び降りてきた彼女は、今日も今日とて驚いている。
いい加減、一声かけるの止めれば良いのに。
「やりますね、流石は元勇者。
完全に不意を突いたと思いましたが……!」
彼女は毎晩、決まってこの場所で。
何度も同じ失敗を繰り返す。
けして学習することはない。
「やぁやぁ、どうも今晩は」
人の世に平和をもたらしたはずの俺、槻垣 怜。
どこぞの異世界テンプレよろしく、この世界に召喚された日本人で元勇者。
以前の所へ帰る手段の当てもなく、事が終わった後もこうしてこの世界に居座っているクチだ。
「……挨拶など不要です。
私怨はありませんが、貴方のお命以外は何一つとして要りませんので」
そんな俺を殺すこと。
それが暗殺を生業とする彼女に今回与えられた仕事らしい。
「そんなこと言わないでよ。
今日も一つ、冥土の土産話お願いしたいんだからさ?」
「……今日も? いつもの? 何を言っているのですか?
私と相見えた今宵こそが貴方の最後の時だというのにッ!」
相も変わらず思慮の浅い彼女。
俺のなんとも不自然な台詞にすら大した疑問を抱くことはなく。
「ホントに君は脳筋だよなぁ……」
「──何を知ったような口をッ!」
彼女はいつも通りにその手にかざした短刀を振り上げ、躊躇なく斬り掛かってくる。
「──おっとっと。
まったく今日もツレないのねぇ……」
至近距離で振り回される短刀。
その容赦のない太刀筋を見切ったよう、俺は一太刀ごとに躱す動きを合わせていく。
「くッ! このッ! えぇい、ちょこまかと!
なんで当たらない……!」
彼女の太刀筋の鋭さ、身のこなし。
それだけを見れば凄腕の暗殺者と言えるのだろう。
それだけを見れば。
「まぁ、これでも一応『勇者』なんておだて上げられていた人間なんでね。
……っと、そろそろ頃合いかな?」
「何を狙っている……!?
──まぁ良いッ! その企みごと、叩き斬ってやるッ!!」
空を切る度に苛立つ彼女のモーションは大きくなっていく。
それを待っていた俺は、彼女の動きに息を合わせて隙を晒した。
「……そらよ、っと」
「──隙ありッ!」
狙い通りの大振り、横薙ぎの一閃。
俺の胴体を見事に捉えた一太刀が通り過ぎ、勢いよく赤い飛沫が宙を舞う。
その量たるや、本日も奮発してホーンラビット一匹分。獣の臭い消し処理をお願いした特注品だから、やたらとお高い一品なのだ。
「ぐああ~、や~ら~れ~た~」
取って付けたような三文芝居。
脇腹を抑えながら台詞の棒読み、俺は小屋の壁を背に腰を下ろす。
「──終わりね……」
「ま、待ってくれ……。
最後に、訊きたいことが、ある……!」
毎度のことながら、なんでこんな大根の演技で騙せるのだろうか。
まあ、楽で良いんだけどさ。
「……ふっ、良いでしょう。
冥土の土産にお答えして差し上げますよ」
不思議なことに毎日もらえる冥土の土産話。
彼女なりの仕事の流儀かどうかは定かでないが、俺が追い詰められたフリをすると彼女は一つ質問に答えてくれる。
さてさて、今日は何を教えてもらおうか。
「そうだな……。
やっぱり君の名前は教えてくれない感じ?」
「……なにが『やっぱり』なのかは判りかねますが。
たしかに私は名乗りたくはありませんね、他のことでお願いします」
「ん~? なら、どうしよっかなぁ……?
──そうだ!」
「──君の好きな男のタイプ教えてよ!
ちなみに俺みたいなの、……どう?」
◇
「──ツキガキ レイ、死ね!」
闇討ちを仕掛ける相手に一声かける馬鹿な奴。
今日も今日とて変わらない。
いい加減、一声かけるの止めれば良いのに。
「やりますね、流石は元勇者。
完全に不意を突いたと思いましたが……!」
昨日より明るくなった空の月。
その月明かりに照らされた彼女の髪色が、俺の瞳には実に神秘的に映える。
元々の色素が薄い白寄りの金髪を纏めてひとつ、頭のてっぺんお団子に。
「やぁやぁ、どうも今晩は」
「……挨拶など不要です。
私怨はありませんが、貴方のお命以外は何一つとして要りませんので」
まずその髪形からして俺のどストライクな訳なのだが、そこに加えて跳んで屈んで、その度に視界の端に捉えてしまう綺麗なうなじのチラリズム。
素晴らしい。実に素晴らしい。
「くッ! このッ! えぇい、ちょこまかと!
なんで当たらない……!」
暗殺者として鍛え抜かれた彼女の身体は一見すると小柄でスレンダーながら、その実、しなやかに引き締まっている。
それに合わせたように胸部もなだらか。
大事なことなのでハッキリと言えば、それは起伏の無いAクラスのド貧乳である。
「──ちょっと!
なんでさっきから私の胸ばかり見ているんですかッ!」
「──おっと失礼、つい」
「──~~~ッ!!!
なんで、それで、当たんない……!
このッ、このォッ!!」
彼女の平らなその事実を心の底から喜んでいる様を見れば一目瞭然であろうが、俺は根っからの貧乳過激派だ。
「無ければ無いほど良い。
気にしてコンプレックスなら更に良い。
そして、それを俺の前でだけ気にしないようになったのならば──」
それは、実に素敵なこと。
「──そう、思わないかい?」
「うるさい、黙れ変態ッ!
──その性根から、叩き斬ってやるッ!」
「あれれ? おかしいな……。
君の好きなタイプはズバリ、自分の全てを受け入れてくれる男性、だろ?」
「──何の話ッ!?
それでまた、当たらずとも遠からずなところが腹の立つッ!!」
う~む、貧乳過激派のカミングアウトでイチコロだと思ってたのに。
どうやら何かを間違っていたらしい。
……うん。まぁ、でも。
良い感じに大振りになってきたから、結果オーライだな。
「……そらよ、っと」
「──隙ありッ!」
ここまでついつい彼女の見た目、外見の魅力ばかりを独り言ちてしまったが。
それはそれ。
俺の心の真芯を掴んで離さない、そんな彼女の一番のチャームポイントは外目とは別のところにある。
「ぐああ~、や~ら~れ~た~」
毎晩繰り出す、相も変わらぬ俺の大根演技。
「──終わりね……」
「ま、待ってくれ……。
最後に、訊きたいことが、ある……!」
そんな茶番に騙されて。
いとも簡単に乗せられる、その態度。
「……ふっ、良いでしょう。
冥土の土産にお答えして差し上げますよ」
──コレだよ、コレ、コレェ……ッ!!
チョロい! チョロいんだよ、この娘ッ!
一見して真面目振ってるクセに、このチョロさのポンコツ加減……!
その可愛さたるや……!
素晴らしい。実に素晴らしい。
「そうだな……。
やっぱり君の名前は教えてくれない感じ?」
「……なにが『やっぱり』なのかは判りかねますが。
たしかに私は名乗りたくはありませんね、他のことでお願いします」
「ん~? じゃあ……──それだ!」
「──君がなんで名乗りたくないかを教えてよ!
ちなみに、キラキラネームって訳じゃないよね?」
◇
「──ツキガキ レイ、死ね!」
闇討ちを仕掛ける相手に一声かける馬鹿な奴。
今日も今日とて、実に可愛らしい。
いい加減、一声かけるの止めれば良いのに。
……と思いはするが、反面、変わらないで居て欲しいって願望も嘘じゃない。
「やりますね、流石は元勇者。
完全に不意を突いたと思いましたが……!」
「……やはり、そういう天然でポンコツなところこそが彼女の魅力であり……、う~む……」
「──隙だらけッ!?」
昨日より更に明るく円形に近づいた空の月。
そろそろ明日は満月だろうか。
「くッ! このッ! えぇい、ちょこまかと!
なんで当たらない……!」
「──おっと、うわっと。
あれ~? なんか今日、展開早くない?」
「何の話だ、ソレはッ!
隙があれば当然斬るに決まっているでしょうにッ!」
「やっぱり君って脳筋なんだなぁ……」
「──何を知ったような口をッ!」
「ああ、勘違いしないでね?
君のそういうトコロにも惚れ込んでるからさ、俺は」
「……な、なッ!? しょ、初対面だろうがぁッ!!
──もう、良いッ! その軟派な心根ごと、叩き斬ってやるッ!」
ああ、もったいない。
本日のうなじチラリズムのサービスタイムは、あっという間に終わってしまったらしい。
仕方ないので、俺は隙を晒す。
「……そらよ、っと」
「──隙ありッ!」
まぁ、良いか。
今日はこの後の答え合わせの方が大事だからな。
「ぐああ~、や~ら~れ~た~」
今夜も必殺、大根演技。
本日もホーンラビット一匹分の血糊飛沫が宙を舞う。
「──終わりね……」
「ま、待ってくれ……。
最後に、訊きたいことが、ある……!」
お待ちかねの冥土の土産話。
今日の質問は決まっている。
「……ふっ、良いでしょう。
冥土の土産にお答えして差し上げますよ」
明日はいよいよ本番になりそうなのだから、その際の反応を見るためにも【この情報】の効果の程は知っておきたい。
「そうだな……。
やっぱり君の名前は教えてくれない感じ?」
「……なにが『やっぱり』なのかは判りかねますが。
たしかに私は名乗りたくはありませんね、他のことでお願いします」
「う~ん。
じゃあ、これが正解かどうかを教えてね?」
「……? いったい何を言っ──」
「──月影の里のヨゾラちゃん。
君の名前、これで合ってる?」
「──あ、貴方は何でその名を知って──」
「──おっと、どうやら正解だね。
なるほど。まぁ、こうなるか……」
俺が独り言ちた先に彼女の姿はすでに無い。
影も形も無く、消えていた。
「ヨゾラちゃんって名前を呼んだ傍から消えちゃうワケか。
こりゃ明日は気を付けなきゃいけないねぇ……」
◇
「──ツキガキ レイ、死ね!」
闇討ちを仕掛ける相手に一声かける馬鹿な奴。
そんなことをしてるから初日にカウンターの一撃KO喰らうハメになるんだよ、ポンコツめ。
「やりますね、流石は元勇者。
完全に不意を突いたと思いましたが……!」
今日の月はまん丸で一段と明るい。
ついに迎える本番、満月の夜である。
「やぁやぁ、どうも今晩は」
「……挨拶など不要です。
私怨はありませんが、貴方のお命以外は何一つとして要りませんので」
背の小さい、金髪お団子の、貧乳スレンダーくノ一真面目ポンコツ美女。
まるで俺の性癖を全て掛け合わせたような理想の女性。
昔、俺がまだ日本にいた頃、怪しげな恋愛ハウツー本で得た知識がある。
曰く──
男は眼に見えるモノ、見た目重視の偏見から入って恋に落ちる。
女は逆に内面重視、資産価値を含めた中身や雰囲気、あるいはフィーリングから安心感を得て恋をする──と。
「今日は一つ、勝負の日だからね。
俺は君を死なせたりは絶対にしない!」
「……今日は勝負? 私が死なないように?
何を言っているの?」
「……おっと、あらら。
いつもはこの辺は意に介さずのクセに、今日だけ妙に賢いじゃないの」
「まぁ良く分からないので、それは良いです。
なら、とりあえず抵抗せず居てくださいね?
貴方が死んでくだされば、万事丸く収まるのですからッ!」
「──お? 流石の脳筋、たっすかる~!」
本当の初対面は会話の機会すら無かった。
そこから毎晩、初対面の君と話を続けていく中で、君のことを少しづつ知っていって、俺もようやく素の表情で君と対面出来るまでに成長したんだ。
ずっと【お命頂戴】モードの惚れた女の子と笑って話せるまでに成長したんだ。
「今の俺には、君が目を覚ましたときに好きになってもらえる自信がある!」
「──何よ、それッ!
くッ! このッ! えぇい、ちょこまかと!
もう、なんで避けるのッ!」
彼女を死なせない為に。
俺は彼女に現状を把握されることがないままに、なんとか【ホールド】の魔法を成功させねばならない。
「君はまだ彼氏が出来たことないんだろう?」
「──は、はぁッ!?
な、何よ、いきなり! 心理攻撃のつもりかしらッ!」
少しづつだ。少しづつ。
「俺じゃ、駄目かなぁ?
正直な話、一目惚れしちゃったんだよね、君に!」
「──な、なッ! 何を馬鹿なことを……!」
状態異常系の魔法は相手のレベルや状態で、掛かりやすさがまるで違う。
本気と本当を織り交ぜて動揺を誘わない限り、彼女クラスの達人に【ホールド】魔法など成功しないだろう。
「本当なんだ! こんな気持ちになったのも初めてで……!」
「──あ、あ、有り得ないでしょッ!
今! 私は! 貴方を殺す気なのよッ!」
「いや、なら! せめて友達からでも!」
「──ばッ、馬ッ鹿馬鹿しいッ!
命乞いなら、もうちょっと上手にするべきだったわねッ!」
うん、中々効いている。
この手の話題に彼女が弱いのは、前日までの繰り返しで把握済みだ。
ホントなんでプロの暗殺者がこんなので動揺するかね、ポンコツめ。
最高に可愛いじゃねぇか。
「命乞いなんかじゃないよ!
本当の命乞いを君にするなら、もっと有効な情報を俺は持っているからね!」
「ふんッ! デタラメばっかり!
そんな方法があるんなら、今すぐやってみせなさいよ──」
「月影の里、真名の掟」
なるべく彼女の不意を突くように、低く、それでいてハッキリと。
「──……ッ!」
それは短刀を片手に動き回る彼女の耳に、たしかに届き。
──瞬間、あきらかに動揺が見て取れる。
今だッ! 【ホールド】!!
「──あ、しまっ……」
そうして、彼女の動きは止まる。
魔力を纏った手を伸ばし、彼女の存在がそこに微動だにせず在る、ということを確かめる。
何度も何度も。
表層から奥の奥、深くまで状態異常魔法が浸透していることを確認して、ようやく。
「……やったぁ……」
思わず口から溢れた安堵の一言。
目論見が上手くいった俺はそこで張り詰めていた緊急が緩み、心からのその一言を洩らすだけで精一杯だった。
◇
「──ツキガキ レイ、死ね!」
そんな一声と共にヨゾラが怜を襲撃したのは、すでに一ヶ月以上も前のこと。
ヨゾラはたしかに力量だけなら一流の暗殺者であったが、元勇者である怜の咄嗟の危機回避能力に一歩及ばなかった。
その敗因は当たり前に、一声かけて一瞬早く襲撃を気付かれたせい。
怜は初め意味が分からなかった。
その一声になんの意図があったのか。
咄嗟に合わせたカウンターのタイミングはギリギリ。襲撃者が無言であれば怜は為す術なく葬られていただろう。
それだけの実力を持つ暗殺者が何故。
流儀? 侮り? 実は体術特化の素人?
その答えは何度考えても見出せなかった。
思わず反撃して倒してしまったその襲撃者の見た目は、あらためて見ればもの凄く怜好みの女性だった。
カウンターが余程上手く決まったのだろう。
その肉体を回復魔法で修復してみても、すでに魂は剥がれてしまっていた。
怜は元勇者の杵柄、旧知の高位魔術師を頼る。
その魔術師の術により、ひとまずヨゾラの肉体は仮死状態で封印されることになった。
更には降霊術の応用で肉体から剥がれ落ち、辺りを彷徨っていたヨゾラの魂の引き寄せにも成功する。
しかし、魔術師は失敗だと言った。
その魔術師の言葉通りに、この際に使用された術のせいなのか。
それは怜には判断が出来なかったが、たしかに呼び戻した魂が仮死状態の肉体に定着することはなかったのだ。
そして、その魂は定着しないまま奇妙な行動を始める。
魂が剥がれ落ちた、その日の行動。
一日を通して、それを反復していく。
魂だけになって徘徊するようになった彼女の姿は、剥がれる原因となった怜と引き寄せた魔術師の二人にしか見えなくなっていた。
魔術師曰く、不安定な状態の魂に魔力で直接触れたのが自分達以外に居ないせいだという。
一人、魂だけで徘徊を始めたヨゾラの魂はすでに魔術師の手からも離れていて、再度の引き寄せにも応じない。
だから二人には昼間はそれこそ何処に行ったのか、検討も付かなくなった。
しかし、夜。
怜はヨゾラに会うことが出来る。
あの場所に彼女は必ずやってくる。
「──ツキガキ レイ、死ね!」
闇討ちを仕掛ける相手に一声かける馬鹿な奴。
当初の怜の思惑は、何故そんな一声を発したのか? その動機の解明が一つ。
加えて、誰が何故自分に襲撃者を差し向けたのか? その動機の解明が一つ。
この二点の謎を解明するべく、怜は毎晩ヨゾラの元へ襲われる為だけに足を運んでいた。
襲われる怜に危険はない。
相手は魂、幻と変わりないようなもの。
幻の短刀が何度となく怜の身体をすり抜けようとも、怪我をする道理がない。
そうして毎晩ヨゾラの相手を続けていくと、いくつが判明していったことがあった。
まず最初に判明したのは、ヨゾラのポンコツ具合。
怜は「あ、こいつ。ただの馬鹿だ」と悟った。
あの一声に意味なんてない。おそらくない。
そう分かった頃には、すでに時遅し。
性癖とは恐ろしいもので、ヨゾラに追加された『新たなポンコツ属性』に怜はメロメロに魅了されてしまったのだ。
続いて判明したのは、デイリーボーナス呼びすることになる冥土の土産話の存在。
上手くヨゾラを乗せてポンコツ誘導すると、かなり際どい質問にすら答えてくれる。
ヨゾラが気持ち良くなる一撃を受け、大量に血を流すのがポイントだ。
これにより怜は自分が襲撃を受けた理由を知った。
他国による、元勇者の戦力が潜在的に召喚国に眠っていることへの不安。実にくだらない。
結果的に、その怜暗殺を企てた国は眠れる獅子をいたずらに揺り起こし、高い代償を負うこととなった。
ヨゾラの寄り元、月影の里も同様である。
その頃にはすでにヨゾラに骨抜きになっていた怜は、里への賠償として『ヨゾラそのもの』を求めた。
その要請はヨゾラ本人が知る由もないところで受理されて、今やヨゾラは怜のものになっている。
そうなって、ようやく怜はヨゾラの救出へと集中できるようになった。
救出とは何も大袈裟な表現ではない。
魂とは肉体という器の中に居ない限り、必ず摩耗して劣化していくのだ。
なんとしてもいち早く、ヨゾラの魂を彼女の肉体の元へ戻さなくてはならない。
そんな折、魔術師がとある秘術を見つけてきた。満月の魔力を使った降霊術である。
魔術師は言う。
満月の夜にヨゾラの魂を捉えることが出来れば自分が必ず彼女の肉体に戻してみせる、と。
ただし、それを行えるチャンスは1回。
何故なら次の満月を逃した後、その次の満月までヨゾラの魂が摩耗しきらない保証がないからだ。
それからヨゾラを捉えるべく、作戦の準備が始まった。
まず、すでに分かっていて気を付けねばいけないこと。
それは怜を襲撃中のヨゾラに不審感を持たせない、その一点に尽きる。
それというのも襲撃中はイレギュラーな時間帯なのだ。
本来は魂の剥離が始まっていた時間であり、【当日の行動を繰り返しているだけのヨゾラの定められた動き】、それが唯一変動してしまう可能性を持っている。
例えば短刀に好きに切られても無傷でいたり、お前は魂だけの存在だから等と教えようものなら。
いくらヨゾラがポンコツだといえ、流石に不審がられて逃げ出してしまう。
ヨゾラに不審感を抱かすことなく、【ホールド】の魔法が通じるまでに動揺を誘うシチュエーションや言葉をデイリーボーナスも使って探り出していく。
怜が行っていた作戦の為の準備とは、つまりそういう作業だった。
そして、ついに──。
◇
「──ツキガキ レイ!? 死ね!」
闇討ちじゃなくても起き抜けに襲ってくるヤベぇ奴。
この人、一ヶ月以上眠ってはずなのに元気過ぎない?
「ちょ~っと、俺の話を聞いてくれないかな?
──ヨゾラちゃん?」
「──……ッ!
な、貴方ッ! ……なんで私の真名を……」
彼女が唯一教えることを拒み続けた本名、真名。
「自身の真名を知るものを殺すことは罷り成らん。
月影の里の鉄の掟なんだってね?」
「──……くうッ! しかし、ならばッ!
第2、第3の里の刺客が貴方を襲うことでしょうッ!」
「いやいやッ! 物騒な地元だな、オイ!?」
冗談はさておき、いくら元気そうに見えても彼女には休養をとってもらわなければならない。
まだ魂が肉体に再定着したばかり。
肉体という器の中で摩耗した魂そのものの回復を図る。
そのことも考えていかなければなんだから。
「──は? わ、私が貴方の所有物?」
「里は? 長は? 抜け忍の掟は?」
「え? え? 私、これからどうなっちゃうの?」
良かれと思い、彼女に現状の把握をしてもらおうと。
俺は一気に話し過ぎたのだろうか?
かえって起き抜けの彼女がその頭を抱える要素を増やしてしまったようだ。
「まぁ、なるようになるって!
それに、これからは俺が君を護って──」
「──……ハッ! 里を抜けたのなら……?
私は真名の掟にも、縛られない……?」
「……え? ほらほら、ヨゾラちゃん?
窓から見てごらん、今夜は月が──」
「……貴方を殺せばッ! 私は自由ッ!」
「──……え? ヨゾラちゃん?
ほらほら、今ちょうど晴れて──」
「今夜は月が綺麗ですね、って──ぐはぁッ!」
「──ツキガキ レイ、死ねッ!!」
-終-
最後の一撃で怜は殺されていないよ、たぶん。
だって、その後の二人はなんやかんやあっても末永く一緒に暮らしていってくれたはずだもん、たぶん。